第14話 せめて騎士として

「ぎゃぁああああ!!!」


「痛い痛い痛いよ!!」


「何これ、腕から花が?! うわ、ああああ!!」


「お母さん起きてぇ!花が、痛いぁ」


「ぎぎぎぎぎぎ」


 断末魔が、花の根を伝って直接脳内に流れくる悪夢のような感覚。


「……ぁあ」


 ぼんやりとした視界。

 魔術の最大解放。それにより、自分自身の身体からも小さな花が咲きつつあった。


「あ」


 拒否する意識とは裏腹に、地獄の様な光景が鮮明となる。


「わ、ああ」


 子供をかばいうずくまった母親。子供から咲いた黄色い花に腹を貫かれ、彼女自身は水色の花に埋め尽くされていた。


「ぁああ」


 横たわる老夫婦に、小さな真っ白い花がいていた。


「ああああああ」


 ヴィオラと同じ赤い髪の女の子。苦悶くもんに歪められた表情、その口から薄桃色の花が咲いていた。


「目をらすな」


 聞き覚えのある、低い声。


「お前がやった事だろう」


 声のした方向へ振り向くと、満身創痍のガンジャがいた。顔の左半分を花におかされ、左手はもう完全に花化している。


「団長、動かないで! 死にますよ!!」


 花化してない兵士や騎士が何人かいる。


 すごいな。

 この人はこんなになっても、まだ誰かを守ろうとするのか。街全てを飲み込むような花の魔術から、数人とはいえ守り切ったというのか。


「お前達は逃げろ。生存者がいれば救出、王にこのことを伝えろ」


 身体を引きずるように前に進み、大槍に巻き付けられた軍旗が解かれる。


「俺はここで、アイツを倒す」


「でもそれじゃ団長が!」


 一人だけいた女性の兵士が必死に彼も連れて行こうとしている。


「ごめんな。命令だ」


「……分かり、ました」


 その女性兵士だけじゃない。

 屈強そうな騎士も、老兵も、みな泣きじゃくりながら彼からの命令を果たそうと去って行った。


「さて、二人きりだ」


 ため息をつくように、彼は座った。


「ジグムント。お前、こんなの騎士じゃねえぞ?」


 分かってる。

 そんなの、自分が一番分かってる!


「民間人巻き込んで、女子供こんなに殺して、しかもこんな不意打ちみたいな形で」


 もう、やめてくれ!!


「なんてな。お前のは、なんとなく分かってる」


 …………。


 なぜか、彼は微笑んでいた。


「あのババア。まさかとは思ったが、俺を殺すためにここまでやるか」


 …………。


 なんで。


「あ? まぁ、一応な。お前の国の文化、政治状況も把握してるさ」


 …………。


 そう、なのか。


「……ジグムント。お前、もうしゃべれないんだろ?」


 …………。


 自分の口は、さっきからおぞましい言葉を繰り返し発しているだけで。そこの僕の意思はない。


「お前は騎士の誇りを踏みにじられ、仲間かヴィオラを人質にとられてここに来た。違うか?」


 …………否定。


 違わない。

 罵られると思ってた、許されないと思ってた。


「だが、民間人を巻き込んだのはダメだ」


 …………肯定。


 少なくとも、彼に理解されて救われた。こんな罪を犯したというのに。


「けじめはつけなくちゃ、いけねえ。だから」


 彼は大槍を構える。


「せめて、騎士として。終わらせてやる」


 …………。


 優しすぎる人だった。


「まだ少しは動けるんだろ? かかって来い」


 花に侵されつつある身体は、言うことを聞かない。でも……


「…………」


 剣を抜き杖を手にして、目の前の騎士に最大限の敬意を払う。


「やろうか」


 彼の言葉を合図に、踏み出す。

 魔術の光彩と剣戟けんげきの火花が、もう誰もいない街に響いていた。


 


 


 

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