第7話 鈍鉄の制騎士

 特に何があるというワケでも無く。

 私は真新しいふかふかのベットになじめず、早くに目を覚ましていた。


「ん?」


 部屋の扉の方、数回のノック音。


「起きてます?」


「起きてるよ。おはよ、ジグ」


 薄金の髪を後ろにまとめ上げたジグが部屋に入ってくる。


「おやようございます。ヴ、ヴィオラ」


「まだ、ぎこちないねぇ」


 昨日からずっと『ヴィオラと呼んでいい』と言ってるのに。


「な、慣れていくのでご勘弁を」


「仕方ないなぁ」


 この子供じみた関係が、私には心地よかったりする。


「あ、朝食の準備ができてます。食べましょう」


「へぇ、使用人さんたちも早いのね」


「え?」


「へ?」


 何か噛み合ってない会話。


「ぁあ、この家には使用人はいませんよ?」


「そうなんだ」


 騎士として清貧に生きているといくことだろうか。私の転生先の実家みたいだな。


 ジグにうながされるまま、食卓のあった部屋へ向かう。


「おォ、すごい」


 最近、野戦食ばかりでまともな食ベ物を口にして無かったせいだろうか。


 かごに入れられたパン。葉物野菜を炒めたもの、干し肉。豆のスープ。最高の朝食が並んでいた。


「すごい。これ全部、ジグが作ったの?」


「パンは表通りの店で、それ以外は作りました」


「は、ハイスペック・イケメン……」


 どうしよう、私の女子力ゲージがもう残って無い。


「はいす、何です?」


「何でも無い。食べよう」


 椅子に座り、『味はどうだ?』としゅうとめみたいないびりを考えてる。いざ口に運んだ豆のスープは……


「……お、美味しい」


「そうですか!? 良かったぁ~」


 じんわりと染み渡るような旨みが口の中に広がってゆく。


 しばし、食事に集中しているとジグから今日の予定についての話を振られていた。


「今日、副団長のところに行く用事があるので一緒に来ますか?」


「え?」


 街を歩いてみたい気持ちはある。

 でも、


「副団長ってどんな人だっけ?」


「ほら、黒い毛の狼みたいな獣人がいませんでした?」


「あぁ~」


 たしかアシュレイお爺ちゃんと仲良くなってた人だ。


「鎧とか剣が好きな典型的オトコの子なヤツでして……」


「いや、使用魔術が『鉄』の属性なだけだからな?」


「お?」


 食卓から少し離れた玄関に、たたずむ人影。


「よ、ジグ。用意できたから早めに済まそうと思って来ちまった」


 背の高い、つややかな黒い毛皮を持った狼の獣人。鎧を着ていた時は見えなかった目は、随分と優しげだ。


 なんかお日様のにおいがする……


「朝食中、失礼。異国の騎士殿よ。アレハンドロと申します」


 黒い狼が、私の前にひざまずく。


「こちらこそ、捕虜の身分にありながらこの様な歓待、感謝してもしきれない……」


 今、少し言葉選びを間違えた気がする。


「「…………」」


「はははは! そうか、感謝してもしたりないか!」


 牙を剥きだし、破顔するアレハンドロ。


「礼節は苦手なんだ」


 バツが悪くて、口をとがらせ目を逸らしてしまう。


「ふふっ、これは団長がれるワケだ」


「おまっ、そういうこと言うなよォ!」


「団長。あんた、もうちょっと感情を隠せるようになれよ」


 部下からめちゃくちゃ言われてるジグ。彼らの言葉に、その距離感の近さを感じる。


「今日は、『ヴィオラ殿の鎧の修繕しゅうぜんをしてやってくれないか』と団長に言われてましてね」


 そう言いながら、アレハンドロは手にした工具箱を見せる。


「別にいいのに」


「いやぁ、それは……」


 歯切れ悪く、ジグはちらっとアレハンドロの方を見る。


「ヴィオラ殿、命を預ける道具を軽視しちゃいかん」


 スンッと真面目な顔(?)になったアレハンドロに詰め寄られてる。


「あんた、例えば戦場で剣が折れたらどうすんだ?」


「え? 剣を持ってるヤツ殺して奪う」


「おっと、思ったより蛮族思考なんだが」


 私たちのやりとりを見て、こらえるような笑い声を上げるジグ。


「で、でも素手で剣を持ってるヤツに勝つのはバスガル家のあんたでも簡単じゃ無いだろ?」


「素手で武器持ってるフル装備の騎士ぶっ殺せるように実家で訓練受けたし……」


「「バスガル家スゲ-」」


 ジグとアレハンドロの声がかぶる。


「まぁ、でもなんだ。物は大切にしないとだろ?」


「それは確かに」


 武器の重要性を説くことを諦めたアレハンドロは倫理的は話題にシフトチェンジ。


「これなんだけど……」


 私もこれ以上の遠慮は失礼かと思い、自分の鎧を見せる。鎧は昨日のうちにジグが鎧用の木箱を用意してくれていた。


「おォ、これはこれは……なっ?!!」


 私の鎧を見た瞬間、固まるアレハンドロ。彼の毛が逆立っていることから、かなりの衝撃を受けてるみたいだ。


「どしたの?」


「いや……この手甲ガントレット、超希少鉱石が使われてる?!」


「へ~、それ兄さんが私の騎士叙勲じょくんの祝いでくれたヤツなの」


 なんか兄さん、あの時だいぶ奮発したらしいとは聞いてたけど。


「さすが、バスガル家。いやぁ、これは……」


「具体的にどうすごいんだ?」


 よく分かってないジグからの質問。


「あぁ、この手甲。普通なら手甲の五本指全部を鱗状にすると耐久度が下がるんだが超硬い鉱石を使う事で耐久度を確保。なのに意匠もこだわり抜かれている……芸術だぞ、これは」


「ふーん。アレハンドロ君、もしかして……」


「はい、こういうヤツです」


 オタク君だったのかぁ。


「手甲単体で武器としても使えそうな程だ! ほら、剣をはじいたり……」


「あ、手甲それで殴り殺したりしてるよ~」


「選ばれたのは単純な暴力でした……」


 アレハンドロの耳がシュンとしたのを見て、ジグが爆笑していた。







 

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