魔海上保安庁
捜査に訪れた魔海上保安庁で、大歓迎された。
夕飯時なのもあり、広い食堂の一角で、屈強な海の男たちが寄ってたかって食べ物をどんどん並べてくれた。サクサクの魚のカツが乗ったカレーも美味しいし、新鮮な海の幸がたっぷりのサラダも美味しい。貝の串焼きに野菜のキッシュ。デザートもたくさんある。
「君は、いつも美味しそうに食べるな。見ていて気持ちがいい」
レッドはそう言って笑うけど、ぼくに『美味しい』を教えてくれたのはレッドだ。乾いたパンと花の蜜しか知らなかった味覚は、お城に来て随分と肥えたように思う。
「あの、我が叔父パールオレンジについて聞きたいのですが」
「いいぞー素手で鯨を倒した話か?」
「暴れ水龍を天まで打ち上げた話がいいか?」
海の男たちは豪快に笑っている。
「いえあの、我が父ネイビーとトラブルなどはありませんでしたか?」
「それならイリーナの話だな。百戦錬磨の長官が、かわいすぎて手を出せなかった娘だよ。酒場でハープを弾いていてな」
「あだ名は人魚姫。内気で話し下手だから長官がそう呼んでいたんだ」
「プロのハープ奏者になりたいって彼女の夢をあの手この手で応援してたよ。自分の誕生日パーティーにも演者として呼んでたんだ。王族の誕生日にはお偉いさんも来るからな」
「あっ、もしや……」
「予想がついたか? 長官の誕生日だってのにさ、イリーナはネイビー様に惚れてしまった。夜中に部屋に押しかけるほどにな」
「そんな…」
「長官の怒りは凄まじく、浮気者のイリーナを厳しく罵って捨てた。その翌日──彼女は水死体で発見された」
クマ男が『泡になって消えてしまった』と言っていた人だろう。大好きな人に捨てられて、フラフラと海に落ちて溺れてしまったのかな。
「長官の落ち込みようときたら……しばらく休暇をとったぐらいだ。休暇が明けたら今度は尋常じゃないぐらいに女遊びを始めた。食い散らかす感じでな。忘れたかったんだろう」
「そうでしたか……」
「俺たち魔海上保安官はさ、水死体を見慣れてる。それが家族であっては欲しくないと常に思ってる。長官はモロに見てしまった。心が壊れてもおかしくないさ」
チャイムが鳴り響き、協力してくれた職員たちは持ち場に帰って行った。ポツンと残されたぼく達もお皿を片付けて帰ろうと思った時──。
「お待ちください、魔王様」
静かな声に引き留められた。肌は浅黒いものの健康的な雰囲気はない。冷たい顔立ちのメガネのオールバックの男の人だ。イメージはカマキリだからカマキリ男と呼ぼう。
「ネイビー様のご冥福をお祈りします」
「心遣い感謝する。あなたは察するに現在の魔海上保安庁長官殿ですね」
「いかにも。ディアブロと申します」
「お邪魔しております」
「失礼ながら盗み聞きしておりました。ネイビー様が亡くなり、レッド様がボスの噂を聞きにくる、となれば……ボスは容疑者という訳ですね」
「理解が早くて助かります」
「ボスの動機と思しきものは把握しております。イリーナ嬢の件とは別の物を、ですが……簡単にはお話しできません」
「それは何故でしょうか」
「ボスは恩人です。真面目しか取り柄の無い自分を認めてくれて、様々な仕事を任せてくれて、長官の座まで。感謝してもしきれない。
ですから、まずボスを疑う理由をお聞きします」
クマ男は意外といい上司だったみたいだ。
「はい。父上の死体を調べましたが、凶器は魔法で作られた物です。焦げ跡が無かった事と雨が降っていた事から、おそらく」
「水魔法で作られたものだと。それだけですか」
「殺害現場は魔王城の屋上です」
「入れるのは今やレッド様とボスのみ。たしかに怪しい。ですが、魔王様と一緒に登れば誰にも犯行が可能なのでは?」
「城内の者達はみな二人以上で行動していた事が分かっています」
「レッド様のアリバイもお聞きしましょう」
レッドまで疑われるの!?
「はい。最後に生きている父上と話した時は、叔父上とトリィ……こちらの者です。と一緒でした。その後はメイド長ほか二名と打ち合わせを」
「ふむ、トリィ様はレッド様が養育されていて、目を離した時間がある。犯行が可能なのでは?」
「なっ、トリィはそんな!」
「近しい者だからといって容疑から外してはいけません。それとも根拠でもおありですか」
「トリィはまだ魔法が使えないのです」
「使えない、というのは証明が難しいものです。使えないフリをしているのかも」
「いい加減にして頂きたい」
「ならば試しましょう……お時間を頂きます」
カマキリ男が右手をかざしてきた。すると白い霧が出てきて、彼の後ろから巨大なカマキリが姿を現した。ギラギラの鎌とギョロッとした目がこっちを見ている。
すごく怖い。見たくない。
「──もう結構です。どうやら本当に魔法が使えないようですね」
肩に手を置かれて、カマキリの気配は消えた。
「長官殿、いったい何を?」
「自分は幻覚魔法使いです。今のは魔海上保安官の適正テストで使われているものです。恐怖を感じるものが見えた時にどうするかを見ます」
「頭を抱えて怯えていた場合は……」
「攻撃系の魔法が使えるなら攻撃するはず。シロと言って差し支えないでしょう。失礼しました」
「長官殿、我にも同じテストをお願いする」
「何故ですか」
「トリィだけが怖い想いをしたのでは不公平です。同じ気持ちを味わいます」
レッドは周りをキョロキョロしてから床をじっと見る。その目が恐怖に染まり、涙が浮かんでいる。いてもたってもいられずに肩に手を置いた。
「……はあ、はあ……トリィ?」
「ふむ。可哀想になって邪魔をした、といったところでしょうか。これはただの好奇心なので答えなくてもいいですが、どのような幻覚を?」
「父上と母上が、
「それは恐ろしかったですね、ちなみに
大きな木の下からボコボコと現れて登ってきたオバケの姿を思い出してゾッとする。あんなお父さんとお母さんは誰だって見たくない。僕は震えるレッドをぎゅっと抱きしめた。
「分かりました。お話を聞く限り、ボスが最も怪しいのは間違いないですね」
カマキリ男は懐から取り出した封筒をレッドに手渡す。それを読んでレッドは嫌そうな表情を浮かべた。ぼくも覗きこんだけど文字がビッシリで内容が分からない。
「長官殿、大変ありがとうございました。我らはこのあたりで失礼します」
「魔王様、お待ちを」
カマキリ男は二つセットになっている音魔石を取り出し、片方をレッドに手渡した。たしか離れていてもお互いの声が聞こえる石だ。
「ボスは強いです。もし逆上されたら殺されてしまうでしょう。自分も話を聞いていますので、いざとなったらコレを握り潰してください。すぐに駆けつけます。倒せませんが、安全な場所に逃がすぐらいなら出来ますから」
「助かります」
「レッド様は慈愛に満ちた魔王になることでしょう。死なれては困ります」
レッドは深く感謝を述べ、ぼくも頭を下げた。カマキリ男は意外といい魔族だ。カマキリさんと呼ぶことにしよう。
ジェノサイドテールに乗って魔王城へと帰る。クマ男との対決のために。
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