魔王の弟パールオレンジ登場

 今夜は花火が打ち上げられるらしい。

 城の周りは発射装置がグルリと置かれている。鋭利な三角形で槍のように見える。

 花火を見るのは初めてだ。レッドと一緒に見れるかな。


 魔王城の一階は病院になってる。

 いつも静かなのに今は大騒ぎだ。きゃあきゃあ騒ぐ女性たちの声が怖くて、中に入れずに居た。

 おっぱいとお尻が大きい医者狸族のポコナが気付いてこっちに来た。


「おかえりィ、すっごい人が来てるのよォ」


 女性たちに囲まれながら、頭ひとつ飛び抜けたガタイのいい男の人。浅黒い肌に明るいオレンジの髪を真ん中分けにしている。胸元をはだけさせてワイルドな雰囲気だ。

 手の平から水を出してそれを拳銃の形にした。


「俺に撃たれたい子はいるかい?」


 あまりにも激しい絶叫を聞いて、男性の入院患者たちはみんな呆れ返ってハシビロコウみたいな顔になってる。


「魔王ネイビー様の弟君、パールオレンジ様よォ。クールビューティーなネイビー様も素敵だけどォ、ポコ的にはァ、魔海上保安庁長官のパール様の方がァ、グッと来る的なァ」


 唇に指を当てながらくねくねと腰を動かすポコナの説明を聞いて、改めてよく見てみる。周囲の女性の腰に手を回す軽薄そうな感じ、苦手だなあ。


「おう、レッドぐらいの子がいるなあ」


 視線に気付かれたのか、オレンジ頭がズンズン近づいてきて、目の前で屈んだ。近くで見ると更に大きい。クマみたいだからクマ男って呼ぼう。


「どうして片目を隠しているんだ?」


 長い前髪に向かって伸ばされた太い指が、直前で止まる。不思議に思っていると大きい体にほぼ隠れているが、燃えるような赤い髪が見えた。


「叔父上、ようこそいらっしゃいました。お迎えに、上がりました」


「よおレッド。それはいいが、なんで肘にしがみついているんだ。甘えるなら背中にしておけよ」


 レッドは肘から手を離して、ぼくを背中に隠すように立つ。目の傷を見られないように守ってくれたんだ。うれしいな。


「叔父上、この子はトリリオンといいます。縁あって養育しております。言葉も視力も不自由でして、至らぬところもあるかと思いますが何卒よろしくお願いします」


「子供が子供を育てるとは笑えるな」


「トリィ、我が叔父パールオレンジ殿だ。挨拶を」


 深々と頭を下げた。クマ男は顎に指を当てて「ふーむ」と唸ると、熱い視線を向けてくる女性たちに甘い微笑みを返して腰砕けにし、階段を上がっていく。周りに人の気配がなくなってから。


「それで、アニキはどんな状態だ」


 スッと真面目な顔をして尋ねた。魔王様はずっと元気がないから、心配して来たみたいだ。


「良くありません。最近は寝たきりです」


「……そうか、魔王の姿を見ないと海でも騒ぎになってな。栄養たっぷりな海産物を毎月送ってんだけどな」


「いつもありがとうございます。高級な虹色サザエまで。父上も喜んでおりました」


「レッドも食べたのか」


「父上がお前にはまだ早いと。三つ目うなぎは頂きました。非常に美味しかったです」


「そうか、良かった」


「叔父上が来てくださって本当に嬉しいです。城の者たちの雰囲気も明るくなります」


「まあ、アニキ程じゃねえが、モテるからな」


「叔父上が結婚する際は女性たちの涙で海が一つ増えると言われる程ですからね」


「はは、誰が考えたか分かんねー例え話だよ」


「そうなると、やはり花嫁選びは難儀なのですか?必ずカドが立ちますからね」


「結婚しようと思っていた子はいたよ」


 クマ男は手の平から水を出してハープ弾きの少女の姿を作り出す。あまりに精巧で、ポロンポロンと音まで聞こえるみたいだ。


「人魚姫みたいに可愛い子だった。だから泡になって消えちまった。残された王子は一人でいるしかないのさ」



 レッドが魔王様の部屋をノックすると、中から慌てた様子で拒絶された。「絶対に開けるな」と。レッドが困っているとクマ男が無遠慮にドアを豪快に開けた。


「よおアニキ! 来てやったぞ!」


 申し訳なさそうに部屋を覗きこんだレッドは、氷魔法を食らったみたいに固まった。ぼくも隙間から覗く。ピンクのウェーブのかかった髪の女性が魔王様の上に乗っている。スイカのような胸はポロンとこぼれて、腰にコルセットが巻かれていて、背中にコウモリタイプの羽が生えている。


「な、な、な、な、な、な」


 レッドは一気に耳まで真っ赤にすると、ぼくの目を塞いだ。教育上良くないってやつなんだと思う。クマ男のからからとした笑い声が聞こえる。


「はは、ウブだな。オレもアニキもレッドの年にゃあ女が五人は─―」


「……パール。彼女に、どいてもらってくれ」


 魔王様がそう言うと、甘い香水の匂いが横切って行った。レッドが手を離す。


「落ちぶれたもんだなアニキ。とびっきりの女を土産にしたのに。来る者拒まずワンナイトラブ百人斬りの男がよお」


「レッドの前でそんな話をするな!」


「はん、さんざん女を食い散らかした軽薄な男が、いざ本命が出来たら良い夫、良い父親ヅラか?ヘドが出る」


 あれ、思ったより仲が悪いみたい?険悪な雰囲気にレッドがオロオロしている。


「しかし……ひでえ顔色だな」


「ああ、ここ一年で急速にな……マリアンヌを亡くしてから元気とは程遠かったんだが……皆に、迷惑をかけているな」


「だからよ。俺、魔海上保安庁やめてきたわ」


「はっ!? 長官だろうが」


「目をかけていた部下が結婚したんでな、ビックリするようなブスとだぜ、まあ女の趣味は悪いが腕は確かだ。長官の座をプレゼントしてきた。俺にはそれよりも大事な仕事があるしな」


「大事な仕事?」


「俺がここに住んで魔王レッドを全力でサポートする。だから引退していいぜ」


「叔父上!?」


「ガキの魔王には、口うるさいオッサンがついててやらねえとな。道を踏み外したら殴ってでも止めてやるよ」


 クマ男に殴られたら骨折では済まなそうなので、できたらやめて欲しい。強そうだから頼りになると思うけど。

 その時、ノックの音が響いた。


「失礼します。魔王様、レッド様がこちらに来ておりませんか。まだパーティーの打ち合わせがあるのに見つからず」


「……レッド、行ってきなさい」


「はい! 父上、失礼します。叔父上! 大変ありがとうございます! これからよろしくお願いします!」

「おう、よろしくな」


 レッドと共に部屋から出て、レッドの後ろからついていく。ドアの向こうからかすかに声が聞こえた。静かで不気味な声だ。


「安心しろ、レッドは悪いようにはしないから」

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