動機と結末、これからの願い


「おかしな事を言うにゃね、マリアンヌ様が転落された時、あたしはクリニックで診察中だったにゃよ?」


「それはトリックだ。まず我と父上が仕事に出かける。母上はクッキーを用意して待つ。紅茶は注いであった。あなたとティータイムをしていたんだ」


「ふんふん」


「あなたは医者だ。気づかれないように眠り薬を入れられるでしょう。眠らせた母上をベランダに運ぶ。手すりにカーテンを引っ張って置き、その上に母上を乗せればいい。

 目を覚ました母上はカーテンに滑り、落下してしまう。

 あなたは自分が使用したティーカップを砕いて庭に埋めて証拠を隠滅し、何食わぬ顔でクリニックに戻ってアリバイを作る」


「証拠がないのに犯人呼ばわりはダメにゃよ」


「まだ気づいていないようだ……もうその首にはロープがかかっていることを」


 テーブルの下の土を掘り起こして見つけた決定的な証拠品。ハンカチに包んだそれを突きつけた。


「庭に埋められていたティーカップのかけら。砕いてあるが、確認できる柄は黒ネコ。母上があなたのために買ったものだ!」


 ミーニャは笑いながらダンスを始めた。逆上する可能性を考えていたので驚く。


「マリアンヌ様の歌で踊った日を忘れないにゃ、誰よりも美しい女神様……」


「いったい何故、母上を!」


「マリアンヌ様の声がかすれて、目尻にシワが出来たからにゃ」


「……はっ?」


「人間はダメにゃ。すぐ劣化する。早く時間を止めないと! あたしの女神がこの世から消えてしまう! そう思ったのにゃ」


「そんなくだらぬ理由で!」


「でも変にゃね、ずっと疑われなかってたのに、なんで急にバレたのにゃ?」


「今日、閉ざされた庭園が開かれた時に記憶が蘇った。ずっと忘れていたが、母上はいつも白いドレスを着ていた。何故、あなたの診察室には赤いドレスで描かれているのか?」


「血に濡れたマリアンヌ様が美しかったからにゃ。絶対に残すと決めて描いたのにゃ」


「狂っている」


 もう戻らない母の笑顔が浮かんで、心が絶望にズタズタに引き裂かれる。膝をつき、浅い息を繰り返していると、ミーニャの腕の中に閉じ込められた。


「可哀想なレッド。マリアンヌ様の分もあたしがたっぷり愛してあげるにゃよ」


 頭がごちゃごちゃで何も考えられないが、ハッキリと体が拒絶している。

 この腕の中は気持ち悪い!

 振り払い、力の限り突き飛ばした。


「ふざけるな! よくも母上を! 人殺し! 返せ! 今すぐ生き返らせろ!」


 叫びながら泣いていた。ぼやけた世界でミーニャがゆっくりと立ち上がる。


「許嫁に暴行するにゃんて、レッドは悪い子になってしまったにゃ。しつけ直さにゃいと」


 そう言うと素早く近づいてきて、トラバサミの傷口を爪を立てて抉る。突然与えられた激痛に悶絶して床を転がる。毛穴から汗が滝のように吹き出す。

 ミーニャは鞄から怪しい注射器を取り出した。


「これを打つと赤ちゃんになって、怖い事なくなるにゃよ、なんにも自分で出来なくなるけど、お世話してあげるにゃ」


 痛みで意識が飛びかけるが、必死に耐える。だが抵抗など出来そうにない。このままだと廃人だ。ミーニャが屈んだ。

 誰か──


「たすけ……て……」


 鈍い音が響いた。ミーニャの姿が視界から消えて、代わりにエメラルドグリーンの髪が姿を表す。手に持つレンガは血が滴っている。

 トリィは殴り倒したミーニャに追い討ちをかける。ビシャッと血が飛び散った。

 トリィは返り血を浴びた状態で、何事もなかったかのように笑顔で手を伸ばしてくる。それがとても恐ろしく感じた。


「なんの騒ぎだ」


 階段を降りてきた父は顔をしかめた。ミーニャの死体と、明らかな犯人であるトリィを交互に見ている。


「父上! トリィは助けてくれただけです」


「何があったか説明せよ」


 足は引き続き斬り捨ててしまいたい程に痛かったが、早く誤解を解かなければとの思いで全てを説明する。父は孤児院の事件を知っているのだから、トリィは危険人物として城を追放されかねない。


「そうか、この女が犯人だったのか……」


 父は暗い目をして、闇魔法を繰り出す。即死させる方ではなく、この世から完全に消し去る方の呪文を唱える。


「虚無に朽ちるが良い」


 ミーニャの死体はブワッと黒い粒になり、フッとどこかへ消えていった。きっと誰にも冥福を祈ってもらえない場所だ。


「トリィ、礼を言う。レッド、お前は甘過ぎる。異常者と話し合いなど不可能だ。命を狙われたら全力で殺せ。温情などかけるな、明日も生きていたいならな」


 そう言い残し、父は部屋へと戻っていく。

 心配そうなトリィに手を貸してもらい、自室へと戻る。トリィは手当ての仕方をよく見ていたらしい。女医がするようにペースト状の薬草を塗り込み、不恰好ながら包帯も巻いてくれた。

 痛み止めの薬に手をかけると、水差しからコップに水を注いでくれた。


 水差しを傾けてハンカチを濡らし、トリィの顔と髪をキレイにしていく。


「トリィ、助けてくれてありがとう。

 命を狙われたなら先に殺す。それは魔界の常識だ。君に死んでほしくない。これからも身を守る為に戦って欲しいと願う、だが……」


 なぜだろうか、割り切れない思いがある。これは理屈ではなく、ただの感情の話だ。頭がぐるぐると回る。それでも、今ちゃんと話さなければいけないと感じる。


「さっきの君は怖かった。触れて欲しくないと思うほどに。君に殺しをして欲しくない。悪党の血で汚れてほしくない。

 君を、嫌いになってしまうから」


 トリィは大人しく聞いていたが、最後の一言にとてもショックを受けた顔をした。イヤイヤと首を振る仕草が嬉しい。

 トリィは劣悪な環境で育ち、きっと倫理観が正しく育っていない。必要ならば眉一つ動かさずに殺せてしまう。きっとそういう子だ。

 だが我のことは特別に思ってくれているようだ。


「約束してくれ。決して死なないと。そして、なるべくなら殺さないと。できるか?」


 トリィの目をまっすぐに見ると、真剣な眼差しでコクリとうなずいてくれた。ほっとして、眠気が襲ってくる。


「まだ痛むんだ。不安でたまらない」


 トリィは肩を貸してベッドまで運んでくれた。そしてそのまま隣に収まり、腹の上をポンポンと優しく撫でてくれた。

 もっと強くなろう。

 立派な魔王になって、平和な魔界を作ろう。君が殺しをしなくていいように。穏やかに花を愛でていられるように。

 そう決意して、眠りに落ちていった。

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