忍び寄る影

 草木も魔族も眠る丑三つ時。

 足音を立てずに階段を上がってきた人物が、トリィの部屋のドアに手をかけた。その時──。


「こんな時間に何用だろうか」


 阻止するように声を掛けた。今日ずっと怪しい動きをしていた者が気になっていた。その者は母上の事件にも関わっている。そう感じている。

 だから罠を張った。


 母上の庭園をトリィに譲ったと、その者に話したのだ。


「鞄の中には枯れた木の根から取れる毒薬が入っている。それを使えば不幸な事故としてトリィを殺害できるな」


 たとえば爪の間を少し傷つけて、そこに塗り込むだけでいい。完全犯罪の完成だ。


「トリィに対して好感を抱いていない事は感じていた。城に来て三ヶ月も経つのにまだ“孤児院から連れてきた子”と呼んでいるのだから」


 相手は何も答えない。それは肯定だと受け取る。


「行方不明の事をすぐ話さなかったことも不自然だ。“取り返しがつかない状態”になるまで放置する気だったとしか思えない。

 だいたい、クリニックは一階にあり受付は主任のあなただ。気づかなかったなんて有り得ない」


「本当に賢い子にゃね」


 真夜中の襲撃者は笑った。その言葉は全てを肯定している。ただ動機だけは見えてこない。


「なぜそこまでトリィを嫌うのだ」


「邪魔なんにゃよ。あたしの可愛いレッドを独り占めにして食事も風呂もベッドまで一緒で、我慢の限界だったにゃ」


「最近クリニックで患者の不審死が三件も続いた。犯人として三人の女医が退職したが、本当はあなたがやったのでは?」


「イライラしすぎて薬を間違えたにゃ、全部あの孤児のせいにゃ」


「自分の非を他者のせいにするなど言語道断だ」


「あたしはレッドの許嫁だから当然にゃ」


「許嫁?」


「そうにゃ。多忙で怪我が絶えない魔王は女医と結婚するのがお約束にゃ。特に医者猫族は美人揃い。レッドの祖父も曽祖父もうちの一族と結婚してるにゃよ」


「父上は違うようだが」


「ネイビー様は特別にゃ。あまりにモテ過ぎて、魔族から選んだら戦争が起きかねないから人間から選んだにゃ」


「父上と同じく、結婚する相手は自分で選ぶ」


「レッドは世間知らずにゃからね、心配なんにゃよ。あたしなら何にでもなってあげられるにゃ。姉にも恋人にも母親にも。成人したら夜の方も満足させてあげるにゃ……」


 ミーニャから伸びてきた手を避けた。汚らわしい。もう主治医としても見られない。


「あなたには無理だ。何も分かっていない」


「どういう意味にゃ?」


「我は怒っているのだ。家族のように大切に思っているトリィの命をぞんざいに扱われて、ハラワタが煮えくりかえる思いだ!」


 確かにトリィは罪を犯したが、あれは無知ゆえの事故だった。しっかり教育していけばもうあんな事はしないはずだ。他人の為に祈れる、手を貸せる、優しい子なのだから。


「我が目は誤魔化せぬ。今夜ここに来たのはトリィ暗殺の為だけではないな?」


「どういう意味にゃ?」


「この場所には、過去の殺害事件の重要な証拠が眠っている。そうなのではないか?」


「何の話をしているのにゃ?」


「我が母を殺害したのは……ミーニャ。あなただ」

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