魔王妃は自殺か否か

 フサフサ髭の大臣は、王妃は自分で飛び降りたと発表した。動機は人間として迫害された苦しみであると。城の全員にアリバイがあったからだ。

 だが、その日は我が初めて父の仕事について行った日だった。母は笑顔で送り出してくれて、クッキーを焼き、紅茶を用意して帰りを待っている状態だった。


「いくら悩んでいたとしても、そんなタイミングで飛び降りるのは不自然です」


「うむ……」


 あの日、母の部屋の窓は開き、カーテンは風に揺れていた。


「ずっと心に引っかかっている母の死の真相を突き止めなければ、先に進めない。そう思っています」


「マリアンヌの死に犯人がいるならば、私に他ならないとは思わないのか?」


「なぜです」


「人間界で楽しく暮らしていた彼女を口説き、連れ去り、家族と引き離し、仕事を奪って閉じ込めた。見知らぬ土地で心なき誹謗中傷を受けて、彼女は死を選んだ」


「父上……」


「肉体を離れ、魂だけの存在となって、故郷である人間界に帰ったに違いない」


「そんな……」


 その時、トリィが窓を開けた。夜風を受けて揺れたカーテンに絡まれて転んでいる。

 やれやれと駆け寄って抱き起こすと、奇妙なイメージが浮かんできた。

 カーテンはすべる。もしそれを利用したとしたらどうだろう。


 カーテンを掴んでバルコニーまで移動する。長さは充分だ。バルコニーは結構幅があるため人ひとり寝かせることも出来そうだ。


「ところで。今日、私は確かに言ったはずだ。《ミーニャの言う事を聞いて安静にしておけ》と。他人のドラゴンを借りて夜まで飛び回る事が、お前にとっての安静か?」


 背中に冷や汗が滝のように流れ、90度の角度でビシッと頭を下げた。


「申し訳ございません父上!!」


「真面目なお前が約束を破るなど初めてだな…しかも今の今まで忘れていたとは、相当だ」


 更なる謝罪を口にしようとしたその時、急に足が折れた。正しくは、鎮痛作用が消えて突然の激痛が足を襲った。うめきながら地面に転がる。


「もう一度ミーニャの元に行って来い。食事もままならぬだろうから栄養剤も打ってもらえ。罰だ、手は貸さんぞ」


「……はい……」


 立ち上がれずに浅い息を繰り返していると、手が伸びてきた。トリィが心配そうに覗きこんでいる。その手に縋り、肩を貸してもらうと、痛みが引いていくような気がする。母が居た場所を静かに見つめる父の背中を一度だけ見て、クリニックへ向かった。


 痛む頭で、ミーニャの診察室に飾られた母上の肖像画をぼんやり眺める。

 赤いドレスなど持っていただろうか。

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