大きなのっぽの木と食魔鬼

 借りたドラゴンに乗りながら辺りを見渡すも、ポツポツといる魔族はみんな大人ばかり。方角すら分からぬのは絶望的だった。


 落ち着け、自分ならどうするか考えろ。


 父上が探しに来る前提ならば、ドラゴン視点で見つけやすい場所になるだろう。木のてっぺんか。近くで一番高いものを探す。

 あった。しかし木のすぐ側が、墓地である。

 落ちていく陽にざわざわと胸騒ぎを掻き立てられながら近付いていくと、木のてっぺんに、ふわふわとした髪が見えた。


「トリィ、良かった」


 ほっと息を吐いた瞬間、墓地からボコボコっと腐った手が飛び出した。巨大なギザギザ歯と長い舌を持つ食魔鬼グールはギョロギョロした目玉をこぼしそうになりながら木に近づいていく。


「キャンディ、全速力を」


 間に合いそうにない。トリィは目の前で登ってきた食魔鬼グールにバキバキと食われてしまうだろう。ぞっとして大声で叫んだ。


「木にしっかり掴まれ!」


 トリィは言われた通りに幹にしがみつく。

 手の平に炎の球を作り出し、縮めて持ち歩いている愛用の大鎌デスサイズを元のサイズに戻して、木に向けて打ち込んだ。

 一発目は外して草原を焼き、二発目で命中。

 勢いよく燃え出して、食魔鬼グールは目を押さえて落下し、土の中に逃げていった。

 上がる炎に咳こむトリィに向けてドラゴンを向かわせると、伸ばされた手を掴んで引き寄せた。足が離れた途端に炎は頂上まで到達していった。


 桃色ドラゴンの背中で、グスグス泣いているトリィを見つめる。ポケットには根ごと引っこ抜かれた花がいくつも入っている。


 逃げたというより花を探しに行っていたようだ。

 そういえば孤児院に居た時は、劣悪な環境にも関わらず、花壇を作っていた。何度も壊されただろうに、繰り返し。

 大きな花壇をプレゼントしたら喜ぶだろうか。勉強のやる気も出るし、一人で城にいても寂しくないだろうか。

 魔王城には、ちょうど空いている大きな花壇がある。


 城の屋上で降ろしてもらい、トリィの手を引き階段を降りていく。

 長い間封印されていた扉をゆっくりと開く。

 七階と八階をつなぐ天井を壊し、下の部分を全て土で埋め尽くしてある部屋だ。スコップと水栓とホースがあり、あちこちにレンガやアーチが備わっている。埃のかぶった椅子とテーブルもある。


「ここを君の部屋にしよう」


 トリィはバッと勢いよく振り向くと、目をキラキラさせた。

 ペコリと頭を下げて、さっそくスコップを取りに行った。嬉しそうな後ろ姿を眩しく見ていると、背後に気配がした。


「あの子に部屋をあげたのだな」


「父上、申し訳ありません、勝手な事を」


「好きにしろと言ったはずだ。それに大切に使ってもらった方が部屋も嬉しいだろう。

 マリアンヌと共に時を止めるのも終わりだ」


 美しかった部屋の様子が記憶に蘇る。

 綺麗な花たち。白いドレスを着た母。ミーニャは歌に合わせて踊ったりもしていた。

 このベランダから、落ちて亡くなったのだ。


「……レッド、お前が名探偵を目指すのは、マリアンヌの死に納得していないからだな?」

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