医者猫ミーニャはレッドが可愛い
魔王城の一階はクリニックとなっている。
魔族は回復魔法を使えない為、様々な薬草を調合して傷や病気の治療をしているのだ。それらの役割は主に医者一族が担っている。
「ふにゃあ! 久しぶりにお仕事したと思ったら、こんなひどい怪我して!」
我が主治医である医者猫族のミーニャだ。
才能溢れる若き女医で、フロアの主任として受付も担当している。
ピンク色のボブカットから生える黒いフサフサの耳を揺らし、褐色肌に映えるパッチリした金の目で傷口を凝視する。
「ふむふむ、これは悪質な罠にゃね。市販のトラバサミを更に鋭くして毒が塗られているにゃ」
「ものすごく、痛い……」
「そりゃそうにゃ。炎で毒を飛ばしてるから痛いぐらいで済んでるにゃけど、心臓ストップしてる所にゃよ」
つまりゴブリン達は「息子の命が惜しければ」と言いながら、助ける気がなかったという事か。
「もしかして、イヤなこと言われたにゃ?」
「なぜ……」
「顔を見れば分かるにゃ、お話しするにゃ」
「ミーニャには敵わんな」
「あたしが研修医としてお城に来た頃にレッドが生まれたんにゃ、弟みたいなものにゃ」
「母上を侮辱された」
「にゃあ! マリアンヌ様を!? 許さないにゃあ! どこのどいつにゃ、八つ裂きにするにゃあ!」
「その必要はない。もう父上が地獄に送った」
「流石ネイビー様にゃ」
「昔あった人間との戦争はひどいものだった。今でも各地に傷跡がある程だ。それゆえに母上をよく思わない者もいる、分かってはいるのだが……」
「マリアンヌ様は素敵な人だったにゃ!」
ミーニャは猫らしく足音を立てずに診察室の壁に飾ってある絵の前に行き、赤いドレスの女性に向けて合掌する。
「初めて見る人間に動揺してフラスコを割ってしまった時、傷つくのも厭わず一緒に拾ってくれたにゃ。麗しのネイビー様がお選びになるのも無理はないって思ったにゃ」
「ミーニャも父上が好きだったのか」
「魔界の女はネイビー様に一度は恋をするにゃよ。仕方ないにゃ。今は違うにゃ! 完成されたネイビー様より、素直で可愛くて将来性に満ちたレッドの方があたしは──」
「今日は医者の数が少ないな」
「聞け――!
不祥事で三人辞めて、残りのメンバーは捜索に当たっているのにゃ」
「患者でも逃げ出したのか」
「あの子にゃ、レッドが孤児院から連れてきた」
勢いよく椅子から立ち上がり、激しい足の痛みに悶絶しながら、ミーニャに続きを仰ぐ。
「トリィが……逃げ出したのか」
「そうにゃ、全然気づかなきゃったけど、メイドが居ないと騒ぎ出して」
時計と窓の外に目をやる。午後四時を回ったあたり、空がオレンジ色に染まっていく。
魔界では注意しなければいけない生物がいる。
その名は
墓地の近くに現れて、生きる者を喰らい尽くす。明るいところが苦手だから、身を守るため魔界では街灯を欠かさない。
「早く見つけねば、夜になって
「レッド落ち着くにゃ。子供の足じゃそう遠くまで行けない。すぐ見つかるにゃよ」
その理屈は通らない。トリィは山育ちで、しょっちゅう孤児院を抜け出していた野生児だ。自由を謳歌してどこまで行ったか分からない。
「我も探すぞ!」
「無茶言うにゃ! 絶対ダメにゃ!」
「待っている事など出来ぬ! ッぐッ!」
気持ちとは裏腹に痛みで足をうまく動かせない。悔しさに唇を噛み締め、汗を拭った。まっすぐにミーニャを見る。
「痛み止めをくれ、頼む、行かせてくれ……」
「ううう、仕方ないにゃねえ」
ミーニャは強力な鎮痛作用の薬草を塗り込み、包帯でグルグル巻きにした。そして外に出て口笛を吹き、桃色のドラゴンを呼び寄せた。
「あたしのキャンディを貸してあげるにゃ」
「良いのか? 自分のドラゴンは家族にしか貸していけないルールでは」
「レッドは特別にゃ、だってホラ、いずれは家族になるわけにゃし──」
キャンディと共にオレンジ色の空に飛び出した。背後からミーニャの叫び声を聞きながら。
「聞け――!」
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