魔王様は出張裁判官

 宿題の山に不満げなトリィを部屋に残して父と共に黒龍ジェノサイドテールに乗る。

 しばらく東に進むと、かわいらしい家が立ち並ぶ小人族の村に到着した。

 族長が付き人とともに広場で出迎える。


「魔王様、来てくださり光栄です」


「宝が盗まれたと聞いたが、犯人の目星はついているのか」


「はい。荷物を担いだゴブリンの姿を目撃した者が複数おります」


 魔王の仕事は裁判官かつ執行人である。

 魔界で起きる様々な揉め事にドラゴンで駆けつけ、時に投獄を、時に温情を、時に──。


 空から探せばすぐ見つかった。

 緑色の皮膚をしてガリガリに痩せたゴブリンは、黒龍に気づいて家の中に立て篭もる。

 父に指示され、離れていてもお互いの声が聞こえるツイン魔石の片方を持ち、地上に降りた。


「ゴブリン達よ、キサマらには窃盗の疑いがかけられている。釈明か謝罪を求める」


 中が騒がしくなり、目つきの悪い三人組が出てきた。こちらをジロジロと見て歪んだ口を開く。


「王子よ、これはビジネスです。一千万で買い取るという方がいましてな」


「盗人猛々しい!」


「はは、王子様には分かるまいよ。仕立てのいい服に色ツヤのいい肌に髪。何不自由ない暮らしをしているでしょうからな」


「明日の飯の心配など無用でしょうな」


「羨ましい限りだ。くだらない人間の女の腹から生まれた混血ミックス風情が」


「母上を侮辱するか!」


 掴みかかろうと一歩踏み出した瞬間、右足に激痛が走った。額にブワッと汗が浮かぶ。ガッチリはまったトラバサミは動かすと血が流れた。

 すかさず体を拘束してゴブリンは叫ぶ。


「魔王よ! 息子の命が惜しくば、ありったけの魔石を持ってこい!」


 父のため息と静かな声が響く。


「王家反逆罪だ、死をもって償ってもらおう」


 激痛により意識を飛ばしかけていたが、周りを囲む黒い煙に気づいて、自分の胸に拳を突き立てる。

 魔族はそれぞれ得意魔法を持っている。

 我は炎魔法の使い手だ。父の即死闇魔法から身を守るために、自分自身を焼き尽くす勢いで炎のバリアを張る。


「終焉の歌を奏でよ」


 父の手から黒い球が発射され、直径十メートルほどの区画が闇に覆われた。

 しばらく渦巻いた闇はやがて晴れていき、生きている者はほとんどいなくなった。


「無事か」


「父上……申し訳、ありません……あのようなくだらぬ挑発に乗って」


「手当てをしよう」


 トラバサミを慎重に外した父は、薬草を塗り込んで布で巻いてくれた。しかし傷口はズキズキ痛み、心臓になったように騒いでいる。


 手当をしてくれている父の横顔は美しい。

 ツヤのある長い紺色の髪を腰まで伸ばした華やかな目鼻立ちの持ち主であり、かつては魔界中の女性が恋をした。人間界で歌姫をしていた母と運命的に出会い結婚した。

 しかし、そんな両親にしては我は地味だ。

 父譲りのツノがなければ人間と変わらない見た目。羽も尻尾もない。魔王家に代々受け継がれるはずの圧倒的な魔力も無い。


 あまりにも【フツーな】混血の魔王子。


 トリィと居ると落ち着くのは、か弱くて安心を覚えるからかもしれない。


「父上、我はトリィを無意識に見下していたように思います。良くなかったと……感じます」


「そうか、ならば詫びの印に何かプレゼントでもしたらどうかな」


「何をあげればいいか検討も──」


「情けない事を言うな、名探偵になるのだろう?」


「はっ!?」


「お前が不思議な事を言い出すから調べたら、マリアンヌの書物の中に推理小説があったのだな」


「読まれましたか?」


「私は文字が好きではなくてな」


「残念です。母上はいつもお部屋で本を読まれていました。あの場所は閉ざされたままですね」


「お前が欲しいならば好きにして良い」


 傷に響かぬようゆっくり飛んでいたジェノサイドテールが降下していく。父は静寂のアジトから探し出した宝物を小人族の長に手渡した。


「ああ、魔王様、誠にありがとうございました」


「もう少し厳重に管理せよ。それには一千万もの価値があるそうだ」


「なんと」


 若い娘もそうでない娘も、父に熱い視線を送ってくる。一緒にいる時に我を見るものは誰もいない。

 トリィぐらいか、父に怯えて背中に隠れてしまったのは。服の裾を掴まれる感触と、頼られる温かさが心地よかった。

 小人族の村を後にして、魔王城に向かう。


「ミーニャの言う事を聞いて安静にしておけ。私はゴブリンの村を視察してくる。生活環境が悪いなら対応をしなければな」


 目の前の事件を解決すれば終わりではない。魔王の仕事は広い視点と様々な雑務からなっている。本来なら複数の部下を持つものなのだが。

 父は基本一人で仕事に当たっている。

 その理由は──


「必ず部下の妻や彼女が私に惚れてしまうのでね、女性にした時は暗殺されてしまったし、トラブルに疲れたんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る