孤児院での殺害事件【後編】

 刺激しないように一人で庭に向かう。ノックをしてから入ると、先ほどの子供はチラリとこちらを見て、花壇での作業を続けた。


 閉ざされた庭。覗き窓から入れられる食事。

 裸足の子供。花壇に残る靴の跡。

 寝床に残された落書き。院内にも同じ物。

 殺害犯はハチ。

 院内にはハチを呼び寄せる花はない。

 花はどこかにある。誰かが持ち込み、事件後どこかに隠した。



「皆を死に至らしめた、犯人は君だな」


 子供は動きを止めた。


「君は院の皆からひどい嫌がらせを受けていた。ずっと我慢していたが、見つけてしまった。森の中で大きなハチの姿を。それが好む花を。そして気づいてしまった。復讐の方法を……いや、違うな。

 少しだけ痛い目に遭わせようとしたのでは?」


 子供は立ち上がり、まっすぐにこちらを見た。

 ボロをまとい、薄汚れたボサボサ頭だが、見えた左目は、美しいエメラルドグリーンだった。


「君は塀を越えて外に出られる。風呂場に窓から侵入できるだろう。二つの容器を持ち出し、ハチの留守中にデス・ブルーローズを素早く入れた」


 持ってきた容器を取り出し、逆さにする。

 中身は空っぽだった。


「シャンプーとボディーソープ。どちらも君には与えられていないもの。孤児院の子達は知らずにデス・ブルーローズの香りを身にまとった」


 子供はうつむき、スコップを持つ手をだらりと下げた。やるせない気持ちを噛みしめながら、推理を続ける。


「食事の時間、窓からダーク・キラービーが飛び込んできてパニックになった。刺された者達が錯乱し暴れた。魔法も使っただろう。それに対抗する者もまた魔法を使い、最終的には近くの道具で殺し合った」


「……」


「最後に残った一人は、二度刺されてアナフィラキシーショックで亡くなったのだろう。静かになった部屋を君は塀の上から覗いた。死体の数々を見た。そして怖くなり証拠を隠そうとした」


 花壇のこんもりとした土を指差す。


「中身をそこに埋めた。そして容器だけを元に戻したのだ」


 子供は何も答えないまま、いきなり突進してきた。完全に油断していたため体当たりをまともに食らいドアの外に追い出される。

 バタンと閉められるドア。ザッザッと土を掘る音。背に冷や汗が落ちる。

 すぐさま、悪い予感は的中した。

 森の中から異様な羽音がする。ダーク・キラービーだと察した。

 ドアをガタガタ揺らすが、向こう側から押さえつけているようで開かない。痩せているのに凄い力だ。


「開けろ! なにも死ぬことはない! 君は殺すつもりなんてなかった。彼らは当然の報いだろう!」


 ブブブブブという嫌な音が響き渡る。もう一瞬の迷いも許されない。覗き窓に足をかけて登り、ドアを押さえて死を待つ子供に向かって飛び降りた。

 ダーク・キラービーは十センチほどある巨大な黒いボディで、不気味な羽音で威嚇し、ギョロリとした目をこちらに向けている。

 子供をかばうように前に立ち、縮小魔法スモールを解いて大鎌デスサイズをしっかりと構える。


「その命、刈り取ってくれる」


 一匹、二匹、胴体を切り裂く。

 三匹、四匹、頭を斬り落とす。

 最後の一匹はかなり大きい。大鎌デスサイズに炎の魔法をまとわせる。バッと駆け寄り、真っ二つに焼き斬ってみせた。


 腰を抜かした子供の手を取り、か細い体を抱きしめた。鼻が曲がるような匂いも、今だけはほとんど感じられない。


「探偵は、正しく罪を償わせるために真相を暴くのだ。死なせるためではない。これからは共に生きていこう」


 子供は腕の中でうなずいた。



 話を聞いてくれた父は、腕組みをして微妙な顔をしている。


「魔王として、認めるわけにはいかんな。情状酌量の余地があっても、七人もの殺害を企だてたとなれば、子供とはいえ投獄が相当だ。城には連れて行けない」


 それはそうであろうな。

 城には最高権力者の魔王、次に偉い大臣、そして我が暮らしている。

 もっともらしい理由が必要だ。

 論理ではなく感情に訴えかけるような、父の心に響く何かが。

 不安そうに背中にくっついている子供を顔だけ振り向いて見る。ふと頭に浮かんだのは、母から聞いた馴れ初め話だ。


「父上は、母上のコンサート会場に颯爽と現れて口説いたそうですね」


「ああ、あまりに素敵で天使かと思った」


「しかし容姿を褒めた途端、殴られたわけですね」


「ああ、歌を聞かぬなら去れと。衝撃だった……あの日の頬の痛みを忘れる事は出来ん」


「つまり会ったその日に好きになる事もあるわけです」


「はっ、ま、まさか」


「我はこの女の子に一目惚れをしたようです。ご覧下さい、ボロを着てもなお輝くエメラルドグリーンの美しい目を」


 もちろん嘘だが。

 まあ磨けば光るかもしれない。頭は悪くないし、ロマンチストな父上にはこの手が一番効くはずだ。


「レッド、孤児を花嫁候補にするのは──」


「我は父上を心から尊敬しております。魔王としての誇り高き仕事ぶり、そして、母上との数々の障害を超えたロマンス。

 真似してはいけませんか」


「……ううむ」


「誰か連れて帰っても良いと仰られたではありませんか。彼女には正しい教育が必要なのです。どうか、父上!」


 父はしぶしぶ許可をくれた。

 そして城に戻り、メイド達に二人まとめて風呂に放り込まれた。

 子供は男の子だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る