魔王子レッドは名探偵になりたい

秋雨千尋

名探偵魔王子、始動

孤児院での殺害事件【前編】

 我はレッド。魔界の王子である。

 燃えるような赤い髪と瞳。水牛タイプのツノを持つ。

 今日は父である魔王ネイビーと共に山にハイキングにやってきた。陽光が差し込む遊歩道は心地いい。弁当の中身は父が作ってくれたサンドイッチである。

 城にはメイドが沢山いるのに、魔界を統治する魔王が何故そこまでするのかと言うと──。


 最愛の母を亡くして引きこもっている我を心配しているからだ。


「頂上でランチをしたら孤児院にも行く予定だ。気に入った子がいれば連れて帰っても良い」


「弟か妹の代わりですか。母上が亡くなって一年です。再婚の話も山ほど──」


「レッド」


 父は美しい紺色の目をスッと冷たくした。


「私にはマリアンヌだけだ。永遠に」

「……申し訳ありません」


 魔王の父と人間の母の間に生まれた我は、混血ミックスと呼ばれて蔑まれてきた。味方だった母は自室のベランダから落ちて死んでしまった。

 いつも花に囲まれた庭園で笑っていた、天使のような歌声の美しい母はもう居ない。

 寝る前に本を読んでもらえず、子守唄も聞けず、不眠症になっている。


「おや、見よ。美しい花がある」


 父は崖にポツンと咲く花を指差す。三メートルは離れているのに、妖精がいるならこんな感じかという香しい香りがする。


「デス・ブルーローズだ。危険だから拾わないように」


 どう危険なのかと聞く前に、青い花の周りに巨大なハチが現れた。ブブブブブと嫌な羽音が聞こえてくる。

 逃げるようにその場を離れた。


 頂上はすぐに到着した。運動不足な我を気遣い低めの山にしてくれたらしい。サンドイッチを口に運びながら、眼下の絶景に目を癒す。

 母上にも、見せて差し上げたかった。



 子供達にあふれたのどかな孤児院を訪れた……はずが、大量の死体を目の当たりにする事になった。


「なんだ、これは」


 美貌を歪ませて口元を押さえる父の横で、刺激が強すぎる惨状を凝視する。

 倒れたテーブル、割れた食器、床に飛び散ったスープの跡、半分外れて揺れている照明、割れたガラス、焼け焦げたカーテン。

 大人と、十歳から十五歳ほどの子供。計七人分の死体。


「原因はなんだ。頭が無い者も、内臓が破裂している者も、腕が千切れている者もいる。食魔鬼グールならもっとキレイに食べるだろうし……」


 動揺する父の代わりに近くの死体をよく見る。死因は心臓部分に刺さった燭台だと思われるが、それとは別に腕が赤く腫れ上がっている。

 他にも同じ死体が二、三体。


「父上、庭に行ってみます」


 我には宝物がある。母の遺品である推理小説だ。引きこもっている間に読み漁り、魅了された。密室、アリバイトリック、ダイイングメッセージ……そんな複雑な事件を解決する機会を求めていた。


 謎の大量殺害事件。我が必ず解き明かす!


 庭に飛び出すと、そこは意外と殺風景だった。

 壊れたブランコとシーソーが放置され、雑草も生え放題。花が咲いているという予想が外れた。

 庭は木製の塀で囲まれている。高さは約二メートル。端からぐるりと手をついて見て回ると、覗き窓の細工があった。紐を引くと向こう側が見える。

 小さな棚の上に錆びた皿が置いてある。


「野鳥でも飼っているのか?」


 鍵の付いたドアがある。向こう側からは開かないだろう。


 護身用に持ち歩いている大鎌デスサイズを、縮小魔法スモールを解いて元の大きさに戻し、構えながら開いていく。


 そこは同じような塀で囲まれている狭い空間で、左側に小さな花壇がある。いや、花壇と呼ぶにはあまりにみすぼらしい。靴の形の穴だらけだ。

 一箇所だけ、こんもりと盛られた土がある。


「ひどい匂いだな……」


 右側には物置の扉を半分外した簡素な寝床があった。カビだらけの布団の上に、くしゃくしゃの紙屑が置かれている。開いてみると、排泄物やバツ印が書かれていた。横にはボロボロのトイレもある。

 ガタッタッタッと軽快な音が響いた。

 音のした方を見ると、小さな子供が塀の上にヒョイと現れた。使い古した雑巾のような服に裸足、ボサボサの白髪頭で、長く伸ばした前髪で右目を隠している。子供は我の存在に気づき、驚きの表情を浮かべている。


「やあ、こんにちは。我はレッド。勝手にお邪魔してすまない。君は孤児院の子だろうか」


 子供は怯えた様子で見つめてくる。手にした大鎌デスサイズを見ていることに気づき、すぐに縮小して仕舞い込んだ。

 子供はほっとした表情を浮かべ、塀から飛び降りると、手に持った野草を花壇の端に植え始めた。枯れ枝のような足に戸惑いつつ話を続ける。


「いつも塀を越えているのか?」

「我は十歳だ。君は少しだけ下かな?」


 反応はまるでない。世間話は無駄と判断して、聞きたい事だけを聞く事にする。


「殺害事件が起きたが、何か知っているか」


 子供はピタリと手を止め、チラリと左目だけでこちらを見た後、花壇にあるこんもりと盛られた土を見て、また作業に戻った。

 小説のようにスムーズにはいかないなと頭を抱えた時、父の呼ぶ声がした。子供はビクッと震え、物置に隠れてしまった。



「父上、何か分かりましたか」

「部屋から毒の成分が検出された。痛みと共に強い錯乱をもたらす類のものだ」

「食事に混入したのでしょうか」

「皿からも水差しからも発見されていない。窓から来たのだろう」

「刺されている者もいます。ハチでしょうか」

「おそらく、ダーク・キラービーだ。デス・ブルーローズが大好物でな、当時の彼女にプレゼントしようと摘んで帰ったら死にかけたよ。ヤツら鼻がすごくいいんだ」

「ほう、母上ではない女性に……」

「昔は色々あったが、マリアンヌと出会ってからは浮気は一度もないぞ。誤解するなよ」

「父上は国が傾くほど女性にモテたのに人間の母上を選ばれた。それだけで本気度が伺えます」

「うむ」

「しかし父上、ハチが原因とするとおかしな点がありますね」

「ああ、この部屋には、花が無い」


 花瓶も無いし、食事にも使われていない。

 死体の服は血で汚れてはいるが仕立てが良い。靴も履いているし、髪もツヤがある。

 ふと思い立ち、死体を避けながら部屋を移動する。床に落ちている落書きは見覚えがある。

 鍵がかかっていない大きな窓のある風呂場に入り、床に転がっている容器を二つ手に取る。


「何か掴んだのか」

「はい。謎はこの我が解いてみせます。王子として、名探偵として」

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