第61話
「ほぉ」田上が興味深そうに目を細めた。「だから、あなたのような人間が弁護士であることに
「あなたにどう思われようが私にはどうでもいいことです。それに、あなた方に私を責めることができますか? 先ほどの話は警察官であるあなた方は知っていて当然の話です。知っていたのなら見て見ぬ振りをしていたことになり、もし知らなかったのなら、それもまた罪深いとは思いませんか?」
田上は
田上はなおも続ける。
「〈正義〉もまた、
「それは……それは赦されないことだ。権利を
「何を興奮しているのですか。相手は犯罪者ですよ?」
俺は田上を
「……刑事裁判の原則である無罪の推定を、弁護士であるあなたが
「『十人の真犯人を逃すとも一人の
これだけ言葉を
この目の前に座る男は、始めから今に至るまで心を開いてはいない。彼の言葉に彼の意思があるようには思えない。彼は、俺たち――
これまで罪を犯した人間と
これ以上、田上と話をすることが俺には
「あなたの言うように、この世に完璧なものなどありません」田村が使い物にならなくなった俺の代わりに口を開いた。「ですが、不具合を見つけ次第、修正、もしくは取り除くことによってこの社会は正常に機能しています。あなたの言う不具合のひとつであるMichaelは、私たちによって発見されました。――何が言いたいのか、お解りですね?」
「Michaelは不具合ではないでしょう。――私は
「けれど、やり過ぎです」
「その人の唯一の人生の為でもですか?」
「その為に、唯一の命を
二人の
「それは、亡くなった方がその人の人生を
田上の最後の言葉に、双葉慎吾の
「人はひとりで生きている訳ではありません。自分の思い通りにならないからといって、他人を傷つけていいはずがない。解り合う機会を永遠に失ってしまった彼らは
あんたの
俺はまっすぐ田上を
予想外の
「今回は、ですか」
冷めた口調で田村が言った。
「ええ、これから少し忙しくなるので」
「佐伯美和さんの弁護をされるそうですね」
「彼女から依頼がきましたから」
そう。Michaelが田上だと知った美和は、彼を担当弁護士として指名したのだ。
「よく受けられましたね」
俺は田上に
「仕事ですから」
「……あなたは、彼女たちの入れ替わりに気づいていたのではないですか?」
この男は、すべてを知っていたのではないか。
俺たちに気づかせる為に、わざとあんなことを言ったのではないだろうか。現に、田村はあの
「気づいていたのなら、警察に
田上はこれまでと変わらず、落ち着いた口調でそう言った。
「あなたが気づかなかったとは思えません」
信じない俺に田上は穏やかな笑みを浮かべたまま、「随分と私に対する評価が高いようですね。ですが、仮に私が入れ替わりに気づいて警察に
「そんなことはないでしょう」
二人の入れ替わりが判っていれば、居もしない男に振り回されることはなかった。
「あなた方警察は事件当初から
そう言われて入口の方を見ると、四十代くらいの女性が不安げな表情で俺たちの様子を
「すみません。あの、声をかけようと思ったんですが……」
「我々はこれで失礼します。――ですが、あなたの好きにはさせませんから。もしまた不具合が起きたとしても、必ずあなたの許に我々は
田村が言った。
田上は唇に指を当て、意外そうに田村を見つめる。そして唇に当てていた人指し指を返して田村に向け、「その自信はどこからくるのでしょうか? あなたのようなタイプが、そんなことを言うとは珍しいですね」と興味深そうに尋ねた。
田村は答えない。ただ静かに田上を
「それだけ、あなたの行為が赦しがたいものだということです」
俺が口を挟むと、「そういう意味で言った訳ではないんですがね。まぁ、いいでしょう。それもなかなか面白い。次にまたあなた方と会うのを楽しみにしておきましょう」
「田上さん!」
「君は私の友人によく似ている。彼よりは随分と
「――失礼します」
俺は田上の言葉を無視して入口に向かうと、
もどかしさから叫びそうになるのを
車に乗り込んでからも何も話す気になれず、俺は車窓を流れる景色を見るとはなしに眺めていた。いつしか車は
その中の一本の桜の木の下に小さな女の子を肩車している男性の姿があった。薄ピンク色の桜の花に触れようと手を伸ばす少女。それを微笑ましく見ている母親らしき女性。幸せそうな家族の姿に、自然と笑みが浮かんだ。
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