第48話
「やぁ」
軽く片手を上げると、ドアから顔を覗かせた水島は小さく会釈した。突然の若林の訪問に驚いた様子もない。自分がここに来ることをある程度予想していたのだろう。
「今からドライブに行かない?」
「あの」
「じゃあ、行こうか。あ、戸締りはちゃんとしてね」
困惑する水島を部屋から強引に連れ出し、車に押し込んだ。何か言いたげな水島に「連れていきたい場所があるんだ」とだけ言い、若林は愛車ビートルを発進させた。
静まり返る
車は竹林脇の細い県道を走り抜ける。美奈の家の前に差しかかると、水島が窓の外に視線を向けた。
「ここじゃないよ」
若林は短く言う。車はそのまま美奈の家を通り過ぎ、隣接する
「それは、着いてからのお楽しみ」
「連れていきたい場所って、何かあるんですか?」
「それも、着いてからのお楽しみ」
「……怒ってますか?」
「何を?」
「……今日のことです。若林さんに何度も注意されたのに勝手なことしたから。望月さんから聞いて、僕のところに来たんですよね?」
「君には怒ってないよ」
若林は前を向いたまま答えた。視界の端に何か言いたげな水島の顔が見えたが、気付かないフリをした。
車窓の外には夜の闇に包まれた
しばらく車を走らせた若林はスピードを落とし、ゆっくりと車を
「降りよう。寒いけど、少し我慢してくれるかな」
車から降りると、突き刺さるような
トンネル内に二人の足音が
「ここ、ですか?」
若林は答えず、その場にしゃがみ込むと手を合わせて
「俺が刑事になったばかりの頃、市内の大学に通う女性が殺害される事件が起こった。当時、通り魔による連続殺傷事件が同時期に起こっていてね、彼女は四人目の被害者だった」
「ここで……」
水島は
「数ヵ月経っても警察は犯人を特定することができず、事件の報道も次第に少なくなっていった。事件の風化を恐れた父親は、仕事も辞め、毎日のように街頭に立ってビラを配った。娘の為にと貯めていたお金で懸賞金をかけ、情報提供も
「そ、れで犯人は?」
「彼が殺されてから五日後、逮捕されたよ。――あの時、俺たちが彼を止めてさえいれば新たな被害者を生み出すことはなかった。恨まれようが、
トンネル内に風が流れ込む。まるで誰かが
黙って話を聞いていた水島が、「その人と僕は違います」と低く呟いた。
「同じさ。同じ悲しみを抱えている」
「違う……僕は自分のことしか考えていない。姉さんへの
水島はその場に泣き崩れた。
「彼女の死は君のせいじゃない。君にはどうすることもできなかった。だから、自分を責めるのはやめなさい」
「でも僕は姉を見殺しにして逃げたんです。家族なのに……」
「認めたくなくても、その事実を受け入れるしかないんだ。どんなに自分を責めてもその事実は変わらない。けれど君が本当に彼女のことを想っているのなら、自分を責めるのではなく、彼女の為に泣いてあげなさい。彼女が君のお母さんの為に泣いてくれたように」
「ああ……姉、さん」
水島は両手で顔を覆い、
「……その父親も、自宅から十数メートルのところで殺された娘さんを助けることができなかった自分を責め続けた。そして、命をかけて犯人を捕まえようとした」若林は供えられた名も知らない黄色の花を見つめる。「悪夢の中を
「……僕には、もう」
しゃくり上げながら水島は首を振る。
「君と同じように、美奈さんを家族のように大切に想っている人たちがいるんだ。美奈さんはその人たちに君のことを話していたそうだ。大切な家族でいつか会わせたい、と。彼らが君に会いたがっている。美奈さんの話を君としたいそうだ。そして一緒に乗り越えたいと言っている」
「……一緒、に」
「そう。君は独りじゃない」
涙に濡れた顔で放心したように若林を見つめていた水島は、顔をぐしゃぐしゃにして再び声を上げて泣いた。
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