第35話
本部に戻ると、小林が捜査二課長の
「今、戻りました」
「ご苦労だったな。今ちょうど田村から聞いた話を飯島にも話していたところだ」
病院を出てすぐに田村が携帯で概要を報告していた。俺は携帯では伝えきれなかった詳細も含め、病室で聞いた結城の話を小林たちに報告する。
神妙な顔つきで説明を聞いている二人。部屋に入った時から、何故二課長である飯島がここにいるのか気になっていた。中警察署の捜査本部にいるはずの飯島。わざわざ本部に戻ってきた理由はなんだ。それとも、偶然居合わせただけなのだろうか。嫌な予感が胸を過ぎる。
「今、
「加賀の事件ですね」
俺が答えると小林は頷く。
「殺された寺田のパソコン履歴を調べた結果、あるサイトに奴が書き込みをしていたことが判った」
俺は顔を強張らせる。まさか――
「その書き込みにMichaelからのコメントがついていた」小林は溜め息をつき、「結城から直接話を聞いてきたお前たちの意見が聞きたい」
小林は机の上に置いてあったA4サイズの紙を一枚、俺たちに手渡した。寺田の書き込みをプリントアウトしたものだった。
友人が、人から預かった金を知り合いに持ち逃げされてしまって困っている。金額が多額過ぎて自分ではもうどうにもならない。死をも考えている彼に自分はどうしたらいいのか。誰か、教えてほしい。
他人に置き換えて書かれてはいるが、寺田自身のことがそこには書かれていた。文章中には無意識なのか、ただ混乱していただけなのか自分の心情を書いている箇所もある。これを読むかぎり、この時点で寺田は自殺を考えていたようだ。かなり精神的に追いつめられていたのだろう。
この寺田の書き込みに、いくつかのコメントがついていた。「面倒に係わらない方がいい」「警察に何故届けないのか」「こんなところに書き込むよりも警察に連れて行くべきだ」といったものから「その友人よりもお金を預けた人を心配しろ」「管理がなっていなかったのだから自業自得だ」と
これらのコメントに寺田からの返答はない。そしてMichaelからのコメントは――
あなたにもしものことがあれば、傷つき苦しむことになる人がいるはずです。あなたは、その人の為にも生きなければいけません。その人とともに生きていく為にどうすればいいのか、よく考えて下さい。
そう、友人の方に伝えて下さい。
「結城の思い過ごしさ。そんな馬鹿げた話、ある訳ないじゃないか。家族とうまくいってなかったんだろ? ノイローゼにでもなってたんだろうよ」
飯島は
思い過ごしなのだろうか。結城だけではない。Michaelとやり取りをしていた容疑者が双葉慎吾以外にも何人もいる。それをすべて偶然だと片づけていいのか。もし偶然ではなかったら、これからもMichaelは人に囁き続けることになりはしないか。
それに、あの結城の姿を見ていないから飯島はそんな風に言えるのだ。
俺は印字されたMichaelの言葉を見つめる。
自殺を思い留まるように訴えているこのコメント。言葉の裏に隠された悪意。結城は言っていた。当事者と他人とでは言葉の解釈が違うのだ、と。
もし自分が寺田だとしたらこの言葉をどう受け止めるか。追いつめられていた寺田。自首や自殺という道を選ばず、加賀を殺そうとした寺田――
「自分が捕まれば残された家族が傷つき苦しむことになる。家族とともにこれからも生きていく為に加賀にすべてをなすりつけよう――と解釈をしたのではないですか?」
今まで無言でMichaelの言葉を見つめていた田村が口を開いた。だが、小林も飯島も
「いくらなんでも強引過ぎじゃないか?」
飯島が呆れている。小林も腕を組んだまま唸り声を上げている。
「死にたくない、捕まるのは嫌だ、そう思っていたからこそ寺田は書き込みをしたんだと思います。他に何か手はないかと
俺は田村に加勢する。
「単に自分の都合のいい解釈をしただけとも言えるぞ」
小林が言う。
「Michaelはその人間の状況に合った、最も効果的な言葉を選んでいると結城さんは言っていました。寺田の書き込みを読めば、かなり
「しかし、そのMichaelとやらは寺田に加賀という共犯がいたことを知らないはずだろ?」
飯島が疑わしそうに訊いてきた。
「いるじゃないですか。――お金を預けた人、が」
飯島は頭を掻き
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