第34話
綺麗に敷きつめられた敷石の上を歩きながら若林は悔しげに顔を歪めた。そんな若林の胸の内を里見は読み取る。
「相変わらず頭のいい人ね。あんな風に言われたら、私たち何も言えないものね。許せないのは解るけど、あれがあの人のやり方なのよ。どう言えばその人が傷つくか、それを彼女は知っている。そのことは若林くんだって解っていたはずでしょう?」
門を出ると若林は無言のまま車に乗り込んだ。大きな溜め息をつき目を閉じる。
あの時、危うく馨の挑発に乗るところだった。里見が上手く馨をあしらってくれたからよかったものの、あのまま彼女の挑発に乗っていたら捜査に支障をきたしかねない状況になっていただろう。
今までの聞き込みでもそうだったが彼女はそれを
「運転、代わろうか?」
「……大丈夫」
「そう」里見は苦笑し、「ほんと、頑固なんだから。誰かさんソックリね」
若林は目を開け、里見の方に顔を向ける。
「彼ほど無鉄砲ではないけど。でも、決めたんでしょう?」
「……そうだな。こればかりは譲れない」
「じゃあ、お願いします」里見がシートベルトに手をかける。「あとで田上弁護士の事務所へ行きましょう」
若林は車をスタートさせる。
「もちろんだ。その前にいくつか片づけよう。まずは
「ええ。
若林はステアリングを握りながら
「そういう人もいるのよ」
里見が言った。若林は肩を
しばらく車を走らせ
「来年から始まる裁判員制度、どうなるんだろうな」
「さっきの彼女の言葉が気になった?」
「彼女だけじゃないけどさ。裁判員制度に参加する国民が、どれだけ刑事裁判について理解しているかが疑問だな」
「そうね」里見が頷く。「憲法第十三条の個人の尊重、そし刑事裁判の基本原則である無罪の推定を理解していなければ、この制度の意味はないし刑事裁判の
「俺たち警察は検察と同様の捜査機関だ。だから起訴した被告を有罪であると確信しているし、それ相応の厳罰を望みもする。――だが裁判員として参加する国民はそれではいけない」
有罪が確定しない限り〈無罪の人間〉として被告人は扱われなければいけない。そして
「マスコミを含め、社会では有罪の推定がはたらいているのが現状よね。逮捕されればすなわち犯人であり有罪である、と。このズレをどう修正するかにかかってるわね」
「修正するも何も丸投げだな。国民の
里見が溜め息をつく。
「法廷に感情を持ち込むことは赦されないわ。それに、人の人生を左右する場所でもある。時には、命までも。人を裁くということは、その人の、そして被害者の人生を背負うことでもある。今の状態で裁判に投げ込まれる市民はその
「それだけじゃないさ。国は犯罪被害者に対して補償制度を設けてはいるがそれは金銭補償に過ぎない。被害者やその遺族の本当の意味での救済制度が十分に取れていなかったのは事実だ。犯罪被害者等基本法の
「でも、その中のひとつでもある被害者参加制度。この制度は、無罪の推定という刑事裁判の基本原則から見てどうかしら? この制度の導入自体、無罪の推定という基本原則を
「
若林が短く答える。
「だとしても、裁判は行われていくのよ」
「すべては、国民の良識に――か」
信号で車を停止させる。
「改革は刑事裁判だけではないわ。警察の取調べも可視化を強く求められているでしょう? 今後は、取調べだけでなく捜査の在り方も変わってくるでしょうね」
「やれやれ、朝からヘビーな話だな」
「ふふ。でも直接私たちに係わってくることよ」
若林は顔を
「本当ね」
「そういや修平たち、昨夜は本部に泊まったらしいな」
今朝の小林からの連絡で、修平たちが午前中の捜査を抜けることになった。どうやら本部で何か起きたらしい。
「課長から連絡があったってことは、かなりのことよね」
「詳細は警部も聞いていないらしい。午後になれば報告があるかもな」信号が青になり、アクセルを踏み込む。「にしても修平って普段、田村と何話してるんだろ。あの田村と組んで一年もつなんてすごいよな」
田村が班に来て二年。その間に四人の人間が田村と組んで数ヵ月で異動していった。猪又も二ヵ月――組んで数日目から激しく衝突していたが――しかもたなかった。もちろん修平も田村と何度も衝突はしていたが、猪又たちのようなぎすぎすした関係にはならなかった。
「望月くんの
若林は肩を
「俺には判らないよ」
里見がくすりと笑った。
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