第28話
店内は
「はいよっ、生中三つ!」
若い男性店員が勢いよくジョッキをテーブルに置いていく。テーブルの上には、他にも美味そうな料理が
「あのさ、お前らはいいよな。容疑者捕まえてるから酒も美味いだろうよ。でも俺んとこは、まだ容疑者の特定すらできてないんだぞ」
俺が
俺は溜め息をつき、手前にある揚げ出し豆腐を
ここは猪又の行きつけの〈
「で、どうだ? 加賀は」
揚げ出し豆腐を
「素直に取調べを受けてるよ。明日、
逮捕状が取れ次第、
「そっか、よかったな」
「まぁな。けど、もう少し
「寺田の死が大きいか」
「ああ。大池が詐欺事件に係わったとする
「そっちも、まだまだ大変そうだな」
「そうだぞ。だから、こういう息抜きが必要なんだよ」猪又はそう言って、かぶの
なるほど、納得。猪又にとっての息抜きは飲んで食べることだった。しかも、なんでも美味そうに食べるもんだから見ていて気持ちがいい。俺も、どれどれ、と鶏つくねとかぶが綺麗に
これは、美味い。上品な味つけで、しっかりとかぶに味がしみ込んでいる。次に鶏つくねを口に入れると肉汁が口の中に広がり、
「で、望月はなんで本部にいたんだ?」
通りかかった店員に二杯目のビールを注文した夏目が、枝豆を口に放り込みながら尋ねてきた。
「明日までに提出しなきゃいけない書類があったんだよ」
緑署から帰る直前にそれを思い出し、本部に戻ってきたのだ。その書類をなんとか作成して帰ろうとしたところに、運の悪いことに猪又たちと出くわした。
「あの山積みの書類か」
猪又が笑った。
「ああ」
自転車――しかも田村という
「で、若さんは?」
猪又が美味そうにビールを
「今頃、警部たちと頭抱えてるんじゃないかな。捜査はふり出しに戻るしさ。大変だよなぁ、デスクも」
「でもお前、昇任試験受けるだろ?」
「まぁ、時期がきたらな。お前だってそうだろ?」
猪又が
「なんで昇進したがるんだ?」
向いに座る夏目が訊いてきた。座りっぱなしの管理職より第一線で捜査に係わる方がいいじゃないか、と彼女は言う。
「そりゃあ、男だし。上昇志向くらいはあるさ」と俺。
鼻で笑われた。
「くだらない。捜査なんて現場に出てなんぼだろ? それを座りっぱなしの奴らに何が判るんだよ」
げその唐揚げをつまんだ
「お前なぁ」
おしぼりで
「なんだよ、どうしたんだ?」
夏目が不機嫌になった理由が解らないでいる俺に猪又が
「はぁ?」
「お前、今言ったろ? それに、女として扱われるのも嫌なんだと」
「おいおい、女として見たことも扱ったこともないぞ」
「だよな」
「なぁ」
黙って俺たちの会話を聞いていた夏目が眉を吊り上げて睨んできだ。
「お前ら、人が大人しくしてれば」
「大人しくなんてしてねぇじゃん」
俺と猪又が同時に突っ込む。夏目は
「まぁ、確かに今どき女も男もないか。じゃあ、言い直すよ。自分の納得する捜査をしたいから、かな。
「あー、解る。班によって流す情報と流さない情報もあるからな。頭でっかちで使えない上司もいるし」
猪又が
「すべてはデスクが握っている。俺たちは
「へぇ」夏目が感心したように声を漏らした。「ただのひょろっちい
「……お前、ほんとひどいな。猪又も笑ってないでなんとか言えよ」
俺は顔を
「いいじゃん、褒めてんだし」
「褒められた気がしないんだよ」
「夏目が人を褒めるのは珍しいぞ。有難く受けとっとけよ」
笑い終えた猪又がそう言って枝豆を口に放り込んだ。見れば、あらかた料理は片づいていて他に食べるものがなくなっていた。
「やっぱり今日は厄日だ」
俺は残りのビールを
「もう日付、変わってるぞ」
「じゃあ、今日も厄日だ」
「なんだよ。美味い飯食っといてそう言うか?」
猪又が呆れ顔になる。
「これから本部に泊まって残りの書類を片づけることにした」俺は伝票を手に取り立ち上がる。「お前らは帰って休めよ。じゃあ、おやすみ」
「ごっそさん」
猪又はいつものように片手を上げた。不満そうにしている夏目に苦笑し、「犯人逮捕の
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