第9話 人形遣い
麻痺。
ヴェインにおける状態異常の一種。
麻痺状態にあるプレイヤーは一定時間行動不能になる。
移動やスキルの使用はもちろん、アイテムやワープ、トレードといった一切の活動はできない。
それだけは避けたい。避けたいが――。
その一つ一つが
『
麻痺を付与する、数十もの矢が放たれる。
そのいずれも
「くっ――!」
回避率99%という成功確率を持つ
ヴェインは防御側に圧倒的なステータス差があるとしても、その回避率は99%より高くなる事はない。
その僅かな可能性を、
実に単純な解決方法。それに対して、
「――
クラス:
自分を中心とした広範囲にダメージを与える。
「効きませんねぇ」
道化師は涼しい顔をし、無敵化チートでダメージを弾く。
想定内だ。
レベル1の
事実、
「やった!」
チーターである道化師に攻撃は効かなかったようだが、
活路を見出した
しかし――。
『
初期保有アイテムの
蘇生された
『
「……やっぱり、普通の攻撃じゃあ上手く行かないわねっ!」
悪態を吐きながら、
空中で一回転し、長い髪が弧を描く。
12mもの高さから落下し、
着地の衝撃。痛みはない。ヴェインの安全機構で苦痛の遮断がされている。
それでも、物理法則に則って計算されたダメージが、
支障はない。道化師との距離を取り、
屋上から
「見事な、見事な曲芸でございますな!」
掲げた腕の先で、蜘蛛のように手指を動かす。
ジェスチャー入力のままに
「毒は響く!
詠唱と共に、
前面にいる
「効かない技は、何度やろうと効かないものですよ!」
「……それはどうかしら?」
不敵に笑う
『
戦闘不能状態から生存状態へと移行していく
しかし、生き返った
「なっ!?」
道化師が、ここに来て初めて
指によるジェスチャーではなく、コマンドウィンドウを開いて
「動け! 私の人形たちよ!」
『…………』
だが、蘇生後の
「一体、何が……!」
直立不動の
第二陣に対し、
「毒は響く!
詠唱。
そして、
「もしこれ以上わたしに構うなら、あなたもジャンクにしてあげるわよ!」
屋上の道化師を指し、
この場における
最初の
ならば、道化師を未知の技で脅迫し、怖気づかせて退散させれば御の字。
そんな
「こんなコトが、そんなコトが……!」
「あら? 怖がるんだったら、まずわたしに噛みついたことを後悔するのね!」
道化師の様子を「恐怖」と推測した
道化師は腕を広げ、天を仰ぐと、感情を爆発させて叫ぶ。
「――
道化師は歓喜の声を上げ、
「まさか、よもや、天下の歌姫が、このワタシを凌駕するような腕前のハッカーだったとはッ!」
「…………」
――え?
雲行きの怪しい展開に、
道化師はなおも調子を上げ、踊るようにその場で回る。
「嗚呼。実に未知なる手法! パケットを見張っていたというのに、何ら攻撃と
可憐なる姿に惑わされたが、その鮮やかなる手腕に敬意を表する!」
……どうやら、道化師は
「……ええ、そうよ! このわたしが、
常に己を欺き続ける演技力が為せる
その
「アナタがそのように気高いハッカーであるが故に――ワタシは、アナタにこそ挑戦したいと願うッ!」
言って、道化師は指を盛んに動かし、複雑なジェスチャーコマンドを打つ。
――ギュイン。
道化師の背後に大きな歪みが生じた。
それは、先程何十という
だが、今回はたった一つ。
空間を歪曲し、光の粒子と共に現れたのは――一般プレイヤーの人型アバターと一線を画す、巨大なボスエネミー。
体全体が虹色の結晶で造られたゴーレム。エンドコンテンツのレイドボス、
――何で、こんなところにッ!?
悲鳴を上げたい衝動を抑えつけ、
「――へえ。ずいぶんとつまんないお人形遊びだこと」
「いいえっ! この不肖
――そんな優雅そうなナリして、戦闘狂キャラなの!?
心の中で毒づきながら、
どうする。
自分がハッカーだというハッタリは逆効果。
相手の手元には
相手本人には当然のように無敵化チートがかかっている。
運営に通報はしているが、即効性は保証されない。
「もうこちらには仕掛けてこないのですか? ならばっ!」
道化師、
着地の瞬間、地響きが鳴り渡る。痺れるような地震が
「――しまった!」
そして、己のミスを嘆く。
これは開幕行動の一つ、「激震」のスキルだ。
ヴェインのエネミーモブには行動ルーチンがある。
自身を中心とした広範囲の地面に状態異常判定を発生させる。
その状態異常とは――。
「麻痺に――!」
確率100%の麻痺。
麻痺状態にあるプレイヤーは一定時間行動不能になる。
移動やスキルの使用はもちろん、アイテムやワープ、トレードといった一切の活動はできない。
だが、ボスエリアではなく、通常エリアでの戦闘。いつもとは違う状況での
麻痺で動けない
「あ――!」
知っている。
ランドストライク。
前方直線に突進する攻撃。直撃すれば
攻撃範囲から逃げるのは、通常ならば容易。
だが、麻痺にかかっている
「……!」
死。
確実な死。
「
思わず、断末魔になりかけの悲鳴を上げようとする。
その悲鳴を言下にしたのは、横手から放たれた一本の矢。
ビュウゥ!
矢に纏った突風が
クラス:アーチャーの初級風属性攻撃スキル、
ゴガアアアッ!
刹那。先まで立ち尽くしていた
――誰ッ!?
明らかに、
その矢が放たれた元を辿り――行き着いたのは、
弓をつがえた、一匹の
* * *
現実世界の
屋上は一般生徒にも解放されていた。しかし、まだ肌寒い春の時分である。零一だけが屋上に立っていた。
ここに来た理由は一つ。確認の為である。
「――焼け跡がない」
昨日の事件。
零一がそこから推測したのは、
しかし、現実世界の屋上に焼け跡がない事を確認し、零一はその推測に一部の誤りがある事を自覚した。
ヴェイン上で炎属性の攻撃スキルによって焼かれたのは零一のAIだけではなく、廊下や屋上の床にも延焼していた。
それにも関わらず、現実世界のどこにも、焼け跡の一つもない。そこからまた考えられるのは、敵の現実化能力に制限があるという事だ。
スキルによって焼かれたプレイヤーとオブジェクト。一方は現実世界で火事を引き起こし、もう一方は無傷の姿で存在している。
廊下を燃やし尽くすほどの力がないのか。
オブジェクトに対しては効果がないのか。
プレイヤーにしか効果を発揮できないのか――。
「……分からない」
零一が
未だ、零一は雷善の影を捉えられていない。この
追及すべき事象も指針もない中でつかんだのが、その現実化能力という共通点。
その能力の出処から、あるいは雷善の居場所を突き止められるかもしれない。
そんな絵空事に
――バヂィッ!
「……何だ?」
零一が疑問と共に、雷音の
電気器具から発せられたような、ほんの小さな異音である。
真っ平らな屋上を見回すと、その電気器具がありそうな場所は、屋上の角に建てられた給水塔くらいしかない。
コンクリートの立方体の上に、胴の短いロケット状の給水タンクが設けられている。
零一が給水塔のコンクリート基部をぐるりと周ると、透明なプラスチックで蓋をされているタッチパネルを見つけた。
タッチパネルの右下にはヒビが入り、画面の表示に黒いノイズを横切らせている。
ノイズの隙間を縫って画面に映っているのは、エラーメッセージだった。
Error Code 600081: Memory error / You doesn't have enough memory
Error Code 400172: Connection lost error / Connection with "SXQg-aXMg-dGhl-ICJN-aW5k-IFZl-aW4i" has been lost
零一は、そのエラーメッセージに強い既視感を覚えた。
接続切断。その接続先のアドレスは、何度も見た事がある。
ヴェインのアドレスだった。
――何故、学校の給水塔がヴェインに接続しようとしている?
学び舎の給水に不必要なゲームへの接続は、零一の嗅覚に胡散臭さを覚えさせた。
零一はタッチパネルを覆うプラスチックカバーを開き、エラーの表示をスクロールさせる。
エラーになる以前のログでは、正常にヴェインへの接続を行っている。
その挙動を行っているプログラムを特定し、そのプログラムの中身を開くと、単純なルーチンで組まれたヴェイン用の
……何故こんな所に
更なる疑問の沼に沈もうとする零一を遮るように、再び音が鳴った。
――
――バヂイッ!
今度は、人の声を伴った雷音だった。
雷音と共にタッチパネルは煙を上げ、ディスプレイの表示がダウンする。
人の声。
公共設備の安物のスピーカーから発せられるような声ではなく、すぐ隣に人が立っているかのような、クリアな人の声。
その声を聞いた途端、零一の目に意志が宿る。
ヴェインのスキル名と思しき声。
その声と共にタッチパネルから電流が走り、故障した。
これらの材料を合わせ、零一の中で確信の線が描かれる。
何者かによって、給水塔のタッチパネルに
ヴェインで活動するその
そして、そのスキルは仮想世界から現実世界へと実現し、
「PW:Q29u-bmVj-dFdp-cmVk――」
零一はすぐさま、タッチパネルの傍に書かれた無線接続情報を読んだ。
その無線接続情報を、自分が装着している
タッチパネルの画面表示といくつかの機能は停止しているものの、幸いOSとミドルウェアは生きており、スマリによる接続と操作に成功した。
零一はスマリから
今、零一が所有するハッキングAIの
だが、零一の目の前に、丁度BANされても構わないようなアカウントが存在している。
タッチパネルの故障により損失した機能をスマリに肩代わりさせ、外部的にはアクセス元をタッチパネルにしたままスマリでの操作を可能とする。
そしてスマリのログイン用アカウントを
そして唱えるのは、ヴェインへと突入する為の聖句。
「――オープン・ザ・ヴェイン!」
* * *
チーターである
戦況は明らかに
「――
クラス:アーチャー初級風属性攻撃スキル。
命中した相手に風属性ダメージと共に、対象地点に突風を生成する。
目当てはダメージではなく、突風の生成。
狙いは回避率99%の
ビュウゥ!
地面のテクスチャに矢が突き刺さり、風の音と共に
そして、寸での所で
恩を売り、その能力の詳細を訊き出す。その打算が故である。
「何故――ワタシの人形が、
予想外の反逆に唖然とする
「
「――まさか、
「そうだ。俺は
記憶の中から単語を引き出し、それを偽名として自称した。
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