第9話 人形遣い

 麻痺。

 ヴェインにおける状態異常の一種。

 麻痺状態にあるプレイヤーは一定時間行動不能になる。

 移動やスキルの使用はもちろん、アイテムやワープ、トレードといった一切の活動はできない。


 仲間パーティがいればすぐに解除できる状態異常だが、一人ソロでは解除できずに致命的な間隙かんげきを生む。

 それだけは避けたい。避けたいが――。


 Hatchetハチェットの前に現れたのは、50にも上る初期アバターの群れ。

 その一つ一つがHatchetハチェットに向けて弓をつがえ、無機質に弦を弾く。


麻痺の一射パラライズ・シュート』『麻痺の一射パラライズ・シュート』『麻痺の一射パラライズ・シュート


 麻痺を付与する、数十もの矢が放たれる。

 そのいずれもHatchetハチェットの回避率を超える事はできず、矢は外れて屋上の床に突き刺さる。


「くっ――!」


 回避率99%という成功確率を持つHatchetハチェット。それでも、彼女の表情は暗い。


 ヴェインは防御側に圧倒的なステータス差があるとしても、その回避率は99%より高くなる事はない。

 100%絶対はないのだ。1%というごく僅かな失敗は確実に存在する。


 その僅かな可能性を、botボットという数の暴力でこじ開ける。

 実に単純な解決方法。それに対して、Hatchetハチェットは正攻法を試した。


「――傷哮マンドラコール!」


 クラス:吟遊詩人バードの初級範囲攻撃スキル。

 自分を中心とした広範囲にダメージを与える。


「効きませんねぇ」


 道化師は涼しい顔をし、無敵化チートでダメージを弾く。

 想定内だ。Hatchetハチェットの狙いは道化師本人ではなく、その背後。

 レベル1のbotボットの群れである。


 傷哮マンドラコール。初級の範囲攻撃スキル故に威力は低い。だがレベルもステータスも遥か下の初期プレイヤーbot相手には、低威力の攻撃スキルすらも致死量になり得る。

 事実、傷哮マンドラコールの効果範囲内にいた十数体のbotボットが、ヒットエフェクトと共にHPゲージが0になる。


「やった!」


 チーターである道化師に攻撃は効かなかったようだが、botボットへの攻撃はそのまま通る。

 活路を見出したHatchetハチェットは、歓喜の声を上げた。


 しかし――。


蘇生薬リザレクション』『蘇生薬リザレクション』『蘇生薬リザレクション


 傷哮マンドラコールの効果範囲外に控えていたbotボットが、戦闘不能状態のbotボットにアイテムを使用する。

 初期保有アイテムの蘇生薬リザレクション。名の通り、HP:0のプレイヤーを蘇生させる。


 蘇生されたbotボットは、すぐにHatchetハチェットに向けて弓を向けた。


麻痺の一射パラライズ・シュート』『麻痺の一射パラライズ・シュート』『麻痺の一射パラライズ・シュート

「……やっぱり、普通の攻撃じゃあ上手く行かないわねっ!」


 悪態を吐きながら、Hatchetハチェットが屋上の柵から飛び降りた。

 空中で一回転し、長い髪が弧を描く。

 12mもの高さから落下し、Hatchetハチェットは着地の瞬間に四肢を地面に突き立てた。


 着地の衝撃。痛みはない。ヴェインの安全機構で苦痛の遮断がされている。

 それでも、物理法則に則って計算されたダメージが、HatchetハチェットのHPゲージにわずかな凹みを生じさせる。


 支障はない。道化師との距離を取り、botボットの射線を一時的にも遮れれば充分だ。

 Hatchetハチェットは頭上を見上げ、様子を伺う。


 屋上からHatchetハチェットを見下ろす道化師は、天に腕を掲げた。


「見事な、見事な曲芸でございますな!」


 掲げた腕の先で、蜘蛛のように手指を動かす。

 ジェスチャー入力のままにbotボットが動き、屋上から身を乗り出したbotボットの群れが弓を番えた。


 傷哮マンドラコールのクールタイムが明けるタイミングを見計らい、Hatchetハチェットが唱える。


「毒は響く! 曼柁茄まんだかを引け! 傷哮マンドラコールッ!」


 詠唱と共に、傷哮マンドラコールのスキルが発動した。

 前面にいるbotボットにヒットし、範囲外の道化師が嘲る。


「効かない技は、何度やろうと効かないものですよ!」

「……それはどうかしら?」


 不敵に笑うHatchetハチェットをよそに、生存状態のbotボットが戦闘不能状態のbotボットに向けてアイテムを使用する。


蘇生薬リザレクション』『蘇生薬リザレクション』『蘇生薬リザレクション


 戦闘不能状態から生存状態へと移行していくbotボットの群れ。

 しかし、生き返ったbotボットは――スキルを使用する素振りも見せず、ただ仁王立ちしていた。


「なっ!?」


 道化師が、ここに来て初めて狼狽ろうばいした。

 指によるジェスチャーではなく、コマンドウィンドウを開いてbotボットに直接命令する。


「動け! 私の人形たちよ!」

『…………』


 だが、蘇生後のbotボットは直立したまま、主人である道化師の命令を聞き入れはしない。


「一体、何が……!」


 botボットの不可解な行動に、道化師はHatchetハチェットを睨んだ。


 直立不動のbotボットの合間を縫い、正常なbotボットが姿を表す。

 第二陣に対し、Hatchetハチェットが再度詠唱した。


「毒は響く! 曼柁茄まんだかを引け! 傷哮マンドラコール!」


 詠唱。

 現界蝕者ファルシフィエルは、その詠唱と共にスキルを使用する事で、対象のプレイヤーの作用させる。


 現界蝕者ファルシフィエルがプレイヤー相手に火炎の詠唱を唱えれば、そのプレイヤーは現実世界で炎に巻かれ、火傷を負う。

 そして、Hatchetハチェット傷哮マンドラコールを受けたbotボットは――botボットを動かしている電子機器本体にダメージを負い、機能を停止させる。


「もしこれ以上わたしに構うなら、あなたもジャンクにしてあげるわよ!」


 屋上の道化師を指し、Hatchetハチェットがハッタリを利かせる。


 この場におけるHatchetハチェットの勝利条件は道化師を倒す事ではない。無事にログアウトさえできれば、それだけで「勝ち」になる。

 最初の傷哮マンドラコールが道化師本人に効かなかった事を確認してから、Hatchetハチェットは道化師を倒す事は諦めていた。


 ならば、道化師を未知の技で脅迫し、怖気づかせて退散させれば御の字。

 そんなHatchetハチェットのハッタリに対し、道化師がわなわなと足を震わせる。


「こんなコトが、そんなコトが……!」

「あら? 怖がるんだったら、まずわたしに噛みついたことを後悔するのね!」


 道化師の様子を「恐怖」と推測したHatchetハチェットは、揚々と相手を煽った。

 道化師は腕を広げ、天を仰ぐと、感情を爆発させて叫ぶ。


「――Étoileエトワール Filanteフィラントッ! 何たる僥倖だっ!」


 道化師は歓喜の声を上げ、Hatchetハチェットへ熱のある視線を向けた。


「まさか、よもや、天下の歌姫が、このワタシを凌駕するような腕前のハッカーだったとはッ!」

「…………」


 ――え?


 雲行きの怪しい展開に、Hatchetハチェットの頬が引きつった。

 道化師はなおも調子を上げ、踊るようにその場で回る。


「嗚呼。実に未知なる手法! パケットを見張っていたというのに、何ら攻撃とおぼしき通信は無し!

 可憐なる姿に惑わされたが、その鮮やかなる手腕に敬意を表する!」


 ……どうやら、道化師はHatchetハチェットの事を、自身を上回るハッカーとして認めたようだった。

 Hatchetハチェットは困惑を胸の内に隠し、更にハッタリをかます。


「……ええ、そうよ! このわたしが、Zilchジルチ-Zillionジリオンすら凌ぐ天才ハッカー、Cherryチェリー-Hatchetハチェット様よ!」


 常に己を欺き続ける演技力が為せる賜物たまもので、その口上には動揺の一つもない。

 Hatchetハチェットの狙いは先程と変わらない。自分の力を過剰に見せて、道化師を恐れさせて撤退を促す。


 Zilchジルチ-Zillionジリオンすら凌ぐ天才ハッカー。

 そのHatchetハチェットの口上を鵜呑みにした道化師は、頭を深々と下げて敬意を表した。


「アナタがそのように気高いハッカーであるが故に――ワタシは、アナタにこそ挑戦したいと願うッ!」


 言って、道化師は指を盛んに動かし、複雑なジェスチャーコマンドを打つ。


 ――ギュイン。


 道化師の背後に大きな歪みが生じた。

 それは、先程何十というbotボットが見せたログインの演出。


 だが、今回はたった一つ。

 空間を歪曲し、光の粒子と共に現れたのは――一般プレイヤーの人型アバターと一線を画す、巨大なボスエネミー。


 Hatchetハチェットは、それが何なのかを知っている。

 体全体が虹色の結晶で造られたゴーレム。エンドコンテンツのレイドボス、Oreikhalkosオレイカルコス Colossusコロッサスだった。


 ――何で、こんなところにッ!?


 悲鳴を上げたい衝動を抑えつけ、Hatchetハチェットは不敵な笑みを顔に貼りつける。


「――へえ。ずいぶんとつまんないお人形遊びだこと」

「いいえっ! この不肖Puppetパペット-Masterマスターが、アナタを超えてみせましょうッ!」


 ハリボテの実力者Hatchetを前に燃え上がる道化師――Puppetパペット-Masterマスター


 ――そんな優雅そうなナリして、戦闘狂キャラなの!?


 心の中で毒づきながら、Hatchetハチェットの足が後退する。


 どうする。

 自分がハッカーだというハッタリは逆効果。

 相手の手元にはレベル100カンストのプレイヤーでも8人がかりで相手取るようなボスエネミー。

 相手本人には当然のように無敵化チートがかかっている。

 運営に通報はしているが、即効性は保証されない。


「もうこちらには仕掛けてこないのですか? ならばっ!」


 道化師、Puppetパペット-Masterマスターのジェスチャーコマンドを受けたColossusコロッサスが、屋上から飛び降りる。

 着地の瞬間、地響きが鳴り渡る。痺れるような地震がHatchetハチェットの脚を伝う。


「――しまった!」


 そして、己のミスを嘆く。

 これは開幕行動の一つ、「激震」のスキルだ。


 ヴェインのエネミーモブには行動ルーチンがある。

 Colossusコロッサスが戦闘開始時に使用するスキル、「激震」。

 自身を中心とした広範囲の地面に状態異常判定を発生させる。

 その状態異常とは――。


「麻痺に――!」


 確率100%の麻痺。

 麻痺状態にあるプレイヤーは一定時間行動不能になる。

 移動やスキルの使用はもちろん、アイテムやワープ、トレードといった一切の活動はできない。


 Colossusコロッサスと戦闘する際には、パーティ全員に状態異常無効のマウントをかけるか、攻撃判定が発生する地面から逃れる跳空エアステアを使用してから戦闘開始するのが一般常識である。

 だが、ボスエリアではなく、通常エリアでの戦闘。いつもとは違う状況でのColossusコロッサス戦が突如として端緒たんしょを開き、その常識を失念してしまっていた。


 麻痺で動けないHatchetハチェットへ、Colossusコロッサスが次の行動に移る。


「あ――!」


 知っている。

 Hatchetハチェットは何度も戦ってきた。だからこそ、次の行動が何か知っている。


 ランドストライク。

 前方直線に突進する攻撃。直撃すれば盾役タンクであろうと即死する。


 攻撃範囲から逃げるのは、通常ならば容易。

 だが、麻痺にかかっているHatchetハチェットは、逃げる事ができない状況下にある。


「……!」


 死。

 確実な死。


 現界蝕者ファルシフィエルであるHatchetハチェットにとって、それは経験値減少のデスペナルティに留まらない。


――!」


 思わず、断末魔になりかけの悲鳴を上げようとする。

 その悲鳴を言下にしたのは、横手から放たれた一本の矢。


 ビュウゥ!


 矢に纏った突風がHatchetハチェットのアバターを横手に飛ばす。

 クラス:アーチャーの初級風属性攻撃スキル、疾風射ゲイル・シュート


 ゴガアアアッ!


 刹那。先まで立ち尽くしていたHatchetハチェットの残影を、磨り潰すかのようにColossusコロッサスが通り過ぎる。


 ――誰ッ!?


 明らかに、Hatchetハチェットを助けた一本の矢。

 その矢が放たれた元を辿り――行き着いたのは、Puppetパペット-Masterマスターの傍ら。


 弓をつがえた、一匹のbotボットであった。


     *   *   *


 HatchetハチェットPuppetパペット-Masterマスターに襲われる数分前。


 現実世界の遊木ゆうき零一れいいちは、昼休みの際に教室から屋上へと移動していた。


 屋上は一般生徒にも解放されていた。しかし、まだ肌寒い春の時分である。零一だけが屋上に立っていた。

 ここに来た理由は一つ。確認の為である。


「――焼け跡がない」


 昨日の事件。Flareフレアと名乗るチーターによる、女子生徒への襲撃事件に巻きこまれた時の事を振り返る。

 Flareフレアが操る閃迅炎刃ブレイズ・ブレイドにより、零一の所有する現実世界のパソコンは炎上した。


 零一がそこから推測したのは、FlareフレアヴェインVRMMORPGで行使したスキルを、現実世界に波及させる能力を持っている、という事だった。

 しかし、現実世界の屋上に焼け跡がない事を確認し、零一はその推測に一部の誤りがある事を自覚した。


 ヴェイン上で炎属性の攻撃スキルによって焼かれたのは零一のAIだけではなく、廊下や屋上の床にも延焼していた。

 それにも関わらず、現実世界のどこにも、焼け跡の一つもない。そこからまた考えられるのは、敵の現実化能力に制限があるという事だ。

 スキルによって焼かれたプレイヤーとオブジェクト。一方は現実世界で火事を引き起こし、もう一方は無傷の姿で存在している。


 廊下を燃やし尽くすほどの力がないのか。

 オブジェクトに対しては効果がないのか。

 プレイヤーにしか効果を発揮できないのか――。


「……分からない」


 零一がFlareフレアの能力の詳細を探るのは、仇である藤守雷善ふじもりらいぜんもその能力者であると確信しているからだ。

 未だ、零一は雷善の影を捉えられていない。この田質でんしち町にいるという確実な証拠もない。


 追及すべき事象も指針もない中でつかんだのが、その現実化能力という共通点。

 その能力の出処から、あるいは雷善の居場所を突き止められるかもしれない。


 そんな絵空事にすがるしかない零一に、小さな雷音が割り入った。


 ――バヂィッ!


「……何だ?」


 零一が疑問と共に、雷音の出処でどころを辿る。


 電気器具から発せられたような、ほんの小さな異音である。

 真っ平らな屋上を見回すと、その電気器具がありそうな場所は、屋上の角に建てられた給水塔くらいしかない。


 コンクリートの立方体の上に、胴の短いロケット状の給水タンクが設けられている。

 零一が給水塔のコンクリート基部をぐるりと周ると、透明なプラスチックで蓋をされているタッチパネルを見つけた。


 タッチパネルの右下にはヒビが入り、画面の表示に黒いノイズを横切らせている。

 ノイズの隙間を縫って画面に映っているのは、エラーメッセージだった。


   Error Code 600081: Memory error / You doesn't have enough memory

   Error Code 400172: Connection lost error / Connection with "SXQg-aXMg-dGhl-ICJN-aW5k-IFZl-aW4i" has been lost


 零一は、そのエラーメッセージに強い既視感を覚えた。

 接続切断。その接続先のアドレスは、何度も見た事がある。


 ヴェインのアドレスだった。


 ――何故、学校の給水塔がヴェインに接続しようとしている?

 学び舎の給水に不必要なゲームへの接続は、零一の嗅覚に胡散臭さを覚えさせた。


 零一はタッチパネルを覆うプラスチックカバーを開き、エラーの表示をスクロールさせる。

 エラーになる以前のログでは、正常にヴェインへの接続を行っている。

 その挙動を行っているプログラムを特定し、そのプログラムの中身を開くと、単純なルーチンで組まれたヴェイン用のbotボットプログラムであった。


 ……何故こんな所にbotボットが仕組まれている?

 更なる疑問の沼に沈もうとする零一を遮るように、再び音が鳴った。


 ――傷哮マンドラコールッ!

 ――バヂイッ!


 今度は、人の声を伴った雷音だった。

 雷音と共にタッチパネルは煙を上げ、ディスプレイの表示がダウンする。


 人の声。

 公共設備の安物のスピーカーから発せられるような声ではなく、すぐ隣に人が立っているかのような、クリアな人の声。


 その声を聞いた途端、零一の目に意志が宿る。


 botボットプログラムが仕込まれた給水塔。

 ヴェインのスキル名と思しき声。

 その声と共にタッチパネルから電流が走り、故障した。


 これらの材料を合わせ、零一の中で確信の線が描かれる。


 何者かによって、給水塔のタッチパネルにbotボットが仕込まれた。

 ヴェインで活動するそのbotボットは、Flareフレアのような現実化能力者に遭遇し、傷哮マンドラコールというスキルを受けた。

 そして、そのスキルは仮想世界から現実世界へと実現し、botボットを仕込まれたタッチパネルに物理的なダメージを与えた。


「PW:Q29u-bmVj-dFdp-cmVk――」


 零一はすぐさま、タッチパネルの傍に書かれた無線接続情報を読んだ。

 その無線接続情報を、自分が装着しているスマリスマート・リングに打ちこみ、表示を喪失したタッチパネルへ接続を試みる。

 タッチパネルの画面表示といくつかの機能は停止しているものの、幸いOSとミドルウェアは生きており、スマリによる接続と操作に成功した。


 零一はスマリから拡張A現実Rの仮想キーボードを出現させ、虚空に浮かんだキーボードを叩き、給水塔のタッチパネルへを行う。

 今、零一が所有するハッキングAIのPragmaプラグマは、そのPCごとFlareフレアに焼き殺されて使用できない。Zilchジルチ-ZillionジリオンとしてPragmaプラグマなしで活動したなら、確実なBANが待っているだろう。


 だが、零一の目の前に、丁度BANされても構わないようなアカウントが存在している。


 タッチパネルの故障により損失した機能をスマリに肩代わりさせ、外部的にはアクセス元をタッチパネルにしたままスマリでの操作を可能とする。

 そしてスマリのログイン用アカウントをZilchジルチ-Zillionジリオンからbotボットのものへと切り替え、ヴェイン上の功罪を全てbotボットのアカウントへとなすり付ける準備が完了。

 そして唱えるのは、ヴェインへと突入する為の聖句。


「――オープン・ザ・ヴェイン!」


     *   *   *


 botボットとしてログインした零一の目の前に展開されていたのは、Cherryチェリー-HatchetハチェットPuppetパペット-Masterマスターとの交戦。


 チーターであるPuppetパペット-Masterマスターに対して、一般プレイヤーであるHatchetハチェットは防戦一方であった。

 戦況は明らかにHatchetハチェットの不利。そして、Hatchetハチェットbotボットに対して使用しているスキルの名前は――現実世界でも聞いた覚えのあるスキル、傷哮マンドラコール


 Hatchetハチェットが、現実世界の屋上のタッチパネルに関与した現実化能力者と見定めた零一は、Colossusコロッサスを前に麻痺で動けない彼女に蜘蛛の糸を下げた。


「――疾風射ゲイル・シュート


 クラス:アーチャー初級風属性攻撃スキル。

 命中した相手に風属性ダメージと共に、対象地点に突風を生成する。


 目当てはダメージではなく、突風の生成。

 狙いは回避率99%のHatchetハチェットではなく、彼女の足元。


 ビュウゥ!


 地面のテクスチャに矢が突き刺さり、風の音と共にHatchetハチェットのアバターが横に飛ばされる。

 そして、寸での所でHatchetハチェットの元いた場所を、Colossusコロッサスが通過した。


 Hatchetハチェットを助けた理由は、単なる善意ではない。

 恩を売り、その能力の詳細を訊き出す。その打算が故である。


「何故――ワタシの人形が、Hatchetハチェットを助けたのですか!?」


 予想外の反逆に唖然とするPuppetパペット-Masterマスターへ、零一が口を開いた。


人形遣いPuppet-Masterと大層な名を名乗る割には、糸の引き方がなってないな」


「――まさか、HatchetハチェットのハッキングAI!?」


 Puppetパペット-Masterマスターの見当違いな推論に、零一は乗ってみせる。


「そうだ。俺はHatchetハチェットのハッキングAI――。

 人形遣いPuppet-Masterと名乗るほどじゃない、Searchサーチ-Matonマトンだ」


 記憶の中から単語を引き出し、それを偽名として自称した。

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