第10話 共闘
「まさか……ワタシの
乗っ取っていない。
「お前の人形遊びなど、俺の
主ではない。
「この柔軟なるAIの対応……これが、これが
上回っていない。
内心では嵐のように混乱がもたらされているが、
一体、どうなっているというのか。
成り行きで
思ったよりも好戦的であった
その
嘘から出た
ひとまず状況を把握すべく、
そのターゲットに対して
『……あなたは、誰?』
『本来の名前は言えないが、今は
『えっ……そのセリフ、聞いてたの?』
『ああ。お前の口から聞かせてもらった』
先程
『……俺はそんなに有名だったのか?』
『え? 何が?』
『いや、ただの独り言だ』
取り繕う
『とりあえず、フルネームじゃちょっと呼びにくいから、
――で、あなたの目的は何?』
正体不明の
それを知る為に、
疑問を受け止めた
『
俺の推測通りなら、お前は
『…………』
ヴェイン内のアイテムの一つ。
公式のアイテムリストに載せられていない、秘められた一つ。
その使用の有無を知られるのは、文字通り死活問題である。
だが、
『――ええ、確かに私は
『……っ!』
わずかに空気が震え、拳が握られたような肉の音。次いで絞り出された声は、喜びを押しこめた、冷静を努める声色。
『……その
そこまで知っておきながら、
『
けれど、そこから先はこの戦いを終わらせてからにしましょう。
何せ今は――』
言葉を切り、
ゴガアアアアアッ!
『――何せ今は、ゆっくりとお話しできない状態だからねっ!』
一度でも攻撃に当たれば死ぬ状況下で、
相手はエンドコンテンツのレイドボスである。レベルカンストの8人がかりでようやく倒せる敵だ。
それをたった一人で、しかも後方支援に特化したクラス:
敗色濃厚な戦闘ではあるが、その打開策はハッキング技術を持った
『正直に言うわ。わたしはチーターである
わたしのハッキングAIであるあなたは、打開策を持ってるのかしら?』
『こちらも正直に言えば、策は無いに等しい状態だ』
頼りない返答に肩を落としながらも、
『同じチーターなら、どうにかする方法はないの?』
『あいにく、今の俺にはハッキングAIがない。
不幸な事故で火事が起きて、AIを動かすPCが焼失したからな』
ハッキングAIによるサポート無しの、自力のハッキングですら乗っ取れるようなものである。
しかし――。
『そのハッキングAIっていうのが無い分、こっちの方が不利ってことね』
『そうだ。
『だとしても――』
タイミングを見計らい、
「
激震を回避した
『――
『理解が早くて助かる。
いずれBANされる使い捨ての
『いずれBANされる、って……それじゃあ、今ログインしているあなたが数分後にでもBANされる可能性もあるの?』
その指摘に、
『今BANされることはまずない。BANされるとしたら9分後だ』
多くの
自動サーチがかかるのは1時間に1回。今が12時18分で、次のサーチ時間は9分後。その事を
チートや不正行為の検出を行う運営の自動サーチは、毎時27分にサーチプログラムが走る。
自動サーチの時間が中途半端な分数なのは、ユーザイベントの開始時間に設定されやすい0分や30分などの区切りの良い時間と被せたくない為である。
ヴェイン全域に渡る自動サーチは重い処理だ。ユーザイベントと自動サーチが重なれば、ラグが発生する可能性が高い。
『タイムリミットは9分後……その間に、どう対処できるかが勝負ね』
『先ほどアカウントハックを試みたが、やはり駄目だった。向こうのハッキングAIはそれほど高度なものじゃないが、手打ちの俺には酷な仕事だ』
チャット越しに、小さなため息が聞こえる。
ため息が伝染しそうになるが、
『こちらからは、相手に手出しできそうもないの?』
『できることもある。だが、やれるのは無害な手出しだけ――相手に強制的にスキルを使用させることぐらいだな』
現在は
こちらからの攻撃は自動的に遮断され、あちらからの攻撃は
しかし、攻撃以外なら通る。pingは当然として、
『強制的にスキルを使用させる……それって、例えば
自爆。自身を爆発させ、周囲の敵に大ダメージを与えるスキルである。当然、自爆した当該キャラクターは戦闘不能状態になる。
『敵専用のスキルは使用できない。……ハッキングAIさえあれば使えるんだがな。
使用させることができるのは、プレイヤー側で使えるスキルだけだ』
『
ヴェインで現在実装されているスキルの一覧。その一つ一つの中から、プレイヤーにデメリットを与える効果を絞りこむ。
反動ダメージ、MP全消費、一定時間後に弱体化バフ付与――いずれも致命には至らず、
『……使用させるだけで戦闘不能に追いこむスキルは、仕様上ないわ』
『そうか。……八方塞がりだな』
『でも思いついたことがある』
スキルの仕様ではどうしようもない事ならば、仕様外でどうにかできないか。
『……可能性はある』
精査した結果を返答した。
『なら、わたしの案で行ってみる?』
『ああ。だが良いのか?
成功するまで5分はかかる。その間に、持ちこたえられるか?』
不安げな
『あら、わたしのこと、ただの
わたしのメインクラスは
『一番上に、わたしの名前があるわ』
* * *
一般に広まったそのアイドル然とした像もまた、確かに真実。
しかして。
彼女がここまで名を上げるに至ったのは、VRMMORPGプレイヤーとしての腕前が為。
そのランキングの中でも最も重視される平均
クラス:
故に。
「
ギィンッ!
攻撃に合わせて使う事を想定されたスキル。その敵の攻撃タイミングを見計らい、
HPゲージがわずかに削れ、その度合いを見て
「
クラス:
標準的な回復スキルである
経過時間は、
ヴェインのトップランカーとしての実力を発揮し、
最初の激震こそ動揺したが、勘を取り戻せばいつものエンドコンテンツ攻略だ。
しかし……。
――この間に、何の手出しもしてこない。
不穏な雰囲気の中、
『
切断していた
『予定通りだ。あと2分弱で終わる』
『そう。
『最初の方にほんのちょっかいはかけられたが、今は何もない。ジェスチャー入力もせず、ただ立っているだけだ』
『そっちもそうなのね、なら、動向には気をつけておくわ』
『ああ。何か異常があれば報告する』
互いに
――何か、仕掛けてくる?
不気味に沈黙する
――クラス:トリックスターには遠距離攻撃スキルはない。今も屋上にいる
だが相手はチーター。クラスの本来のスキルを改造して手を出す事があり得る敵だ。
やれるとすれば何なのか? 本来は短い射程距離を引き延ばせるのか、あるいは設置場所を無視して罠を置けるのか、突然ワープしてきて射程範囲内に来るのか――。
『
自分よりも詳しいであろう
「――ッ!」
目に入った違和感と共に、直感が足を後退させた。
刹那。
バヅィイッ!
目の前の空間を電流が裂き、視界が紫電の色で満たされる。
「
踏んだ相手を麻痺の状態異常にさせる、クラス:トリックスターの初級罠設置スキル。
しかし、
先程の違和感の正体を知り、
『――無事か!? 今までと違う音がしたが……』
『大丈夫! 回避したわ。でも……正規の挙動じゃないわ。何かのチートを使ってきたのかも』
『……なら、こちらから援護に』
『こっちに労力を割いても、わたしたちの策は時間通りにできる?』
『……いや。できない』
『なら、わたしに任せて。相手がチーターだろうと――』
『――絶対に、生き残ってみせるから!』
『……そうか。なら通信を切る。もうしばらくの辛抱だ』
プツリ、と
スキルの仕様をチートで改竄するようなチーターを相手に、どのような攻撃手法が来るかも分からず戦うのは、あまりにも心細い。
それでも。
――彼が「やるべき事」をやっている以上、自分にも「やるべき事」がある。
「
本来ならば足元にしか設置できないトラップを、屋上から校庭に設置できる理由。それは――あなたがこの場所にいるからよ!」
言って、
咆哮以外の言葉を発さぬはずの
「ほう……流石は、流石は名ハッカーの
彼女が持つ、ヴェインに実装されているスキルの知識を重ね合わせ、推理の答えを端的に捉える。
「トリックスターのスキル――
クラス:
効果は、対象のMOBと操作を入れ替える事。使用できるのは一般MOBに対してだけで、レイドボスなどの強敵判定のMOBに対しては使用できない。
だが、
「見事! 見事な看破でございます!」
「ならば――私の設置したトラップを見破ったのもまた、アナタのハッキングによるものだというのですか?」
設置トラップは、一般プレイヤーから見れば不可視に近い存在である。
だが、
その見破る術は、他プレイヤーでも数えるほどしか習得されていないが――。
「全部終わったら――教えてあげるわ!」
何十時間もの
トラップが周囲に敷かれていると知った今、設置状況を確認する。
前方に一つ。後方右斜めに一つ。左真横に一つ――。
演舞のように体を動かし、滑らかに安全地帯へと移動した。
「――さあ、あなたの命は、残り1分よ!」
「何っ?」
レイドボスのタイムテーブルをこなしてきた体感時間を元に、
「あと1分で……このワタシを打ち破れると!?」
「もちろんよ」
できるかどうかも不確定な宣言を、自信満々に言ってのける。
ハッキングもできない自分には、これが精一杯だ。
「何という、何という技量か!
アナタの動向をいくら探ろうとも、アナタから発信される全てが、正規の挙動にしか見えない!
一体そのような状態で、どこからハッキングをしようというのか――楽しみですねぇッ!」
全く不正のない
同時に、
横に飛んで回避する
――囲まれる!
罠の包囲網を悟り、
「そのご慧眼――見事!」
褒め讃えながら、
「
クラス:トリックスターの初級中距離攻撃スキル。
名の通りにナイフを投げて攻撃する。
「――
クラス:
使用対象は当然自身。
(いつもの
内心で悪態を吐きつつも、浮かぶ表情には余裕を
「30……29……」
残り時間を口にしながら、
あとは、
不安に曇っていた心に陽光が差してきた。
正にその時、閃光が
「なっ――!?」
既知の攻撃エフェクトが
このスキルは――。
「
「……その通りでございますな」
ようやく獲物を捕まえて、
「わたしの着地地点に……罠はなかったはずよ!?」
大昔のヴェインは、クラス:トリックスターを新実装した際に「見えてる地雷」と呼ばれた仕様がある。
設置した罠の上には、バフを表す緑の上矢印エフェクトが表示されるという、罠のシステムそのものに喧嘩を売っているような仕様があったのだ。
その仕様は次のバージョンアップですぐに修正されたのだが、修正したのは目立つ矢印エフェクトを消したのみ。
実は、その矢印エフェクトに付随する、空間のゆらぎの特殊効果が残っており、それが現在に至るまで仕様として組みこまれているのだ。
そして、その限られている感知可能なプレイヤー、
だというのに――何故?
「設置場所を工夫したのですよ」
「罠を設置するたびに、アナタはそれを目で追っていた。
だから、目で確認できない地下に置いた。設置された罠は、その上部数メートルを横切る敵を感知できる」
「くっ……!」
心の中でカウントを数え上げるが、
……
「間に合わない……!」
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