第11話 タイムリミット
敵である
チートによって地下深くに設置された罠。それが
巨大な虹色のゴーレム――
そのエリアは、3秒後に攻撃判定が発生するエリア。
当然、そのエリア内に、
今は
回避不能な、即死確定の攻撃。
絶望に目を力強く閉ざし、
「いや……!」
「さあ、どうやらおしまいのようですね!」
「ランドストライク!」
レイドボス、
そのスキルの名前を叫びながら、
そして――
「――ッ!」
その光を攻撃の光だと思い、
だが、光と共に響く効果音は、衝撃音ではなく、鈴が鳴るような祝福の音。
「……何ですか、コレは!?」
「これは……
使用対象に短期間の無敵バフを付与する。
使用対象は、ランドストライクの実行相手であった
「ど、どういう事ですか!?」
なおも困惑する
『チートを検出しました。実行不可能なスキルが実行されました。マインド・ヴェイン利用規約第14条の禁止事項:チート・不正行為に該当する行動です。アカウントの凍結が実行されます。詳細はログアウト後にメールにて通知を――』
「アナタは、どうしてこれを――!」
「……決まってるじゃない」
これまでの絶望から一転、勝利を確信した
「このわたしこそ、
「お……お見事――!」
最後まで、実力ある者への敬意を持ちながら――。
ようやく敵が消え去り、張り詰めていた緊張の糸が切れる。
湧いて出る安堵から、
「こ……怖かったー!」
素直な気持ちを吐き出し、
「――大丈夫か!?」
屋上から降りてきた
心配そうな表情を浮かべる
「あなたのお陰よ。予定より早くハッキングしてくれたみたいね」
「予定時間は、多くの場合は最悪を想定して設定された時間だからな。……かなり間一髪だったが」
「それにしても、本当にスキルの強制使用が通るなんて思わなかったわ」
「ああ。恐らく、
危機が去り、共闘していた二人が気を許して話し合う。
それは、
クラス:トリックスターは、当然ながら他クラスの専用スキルは使えない。
それを
他クラスのスキルを使用する単純なチート。
回避策も防御策も講じず、無防備な状態でチートを使用すればどうなるか。
脅威が去り、
「――これで、ゆっくりとお話しできる状態になったな」
安堵した空気から、緊張感のある空気に切り替わる。
「……
「ああ。
使用した者は、
「ええ、そうよ。
「その
「そう。
「……現実化に必要な条件は何だ?」
逸る
「なっ――」
「……言葉で説明するよりも、実際に見せた方がいいわよね。
チーターを撃退してくれたお礼に、あなたにスキルをかけてあげる」
息と共に吐き出されるのは、
「――闇に差せ光芒。励起せよ命脈の熱。汝の
「……これは……」
「ただの回復スキルではない。……現実世界の、俺自身にも作用している」
「そう。これが、
詠唱する事。
使用クラスが
使用先の対象がプレイヤーキャラクターである事――。
この三つの条件を満たす事で、対象のプレイヤーに、現実世界でもスキルの効果が及ぶようになる」
「……なるほど。得心が行った。
ありがとう、
「えっ!? あ……うん、どういたしまして」
「……何か、失礼な事でも言ったか?」
「いや……失礼なのは、どっちかっていうとわたしの方かな」
首をひねる
「……わたしね、チーターとかハッカーとか、そういう人たちは規約違反する悪い人たちだけかと思った。
けど、あなたと会って、認識が変わったわ」
「他人の事って属性で見がちだけど、その中にはあなたみたいに、誰かを助けたり……ちゃんと感謝できる人がいるのね。
でも、だからこそ、そんなあなたが規約違反のハッキングなんてするのが不思議に思えるわ」
一瞬だけ棘のように鋭く目が
努めて冷静な声色で、
「……事情がある。
俺自身としても、こんな手段を取るのは愚かしいとは思っている。それでも……俺には、止まる事のできない目的があるんだ」
沈痛な面持ちの
「まあ、会ったばかりの他人に語れるものじゃない、ってことね。
分かったわ。それなら、わたしは何も訊かない」
「……助かる」
ウィンドウに浮かぶ「12:26」の白文字。ヴェイン運営の自動サーチの定期実行、1分前。
「俺の体は、
「助けられたのはわたしの方よ。こっちこそ、ありがとうね」
システムウィンドウの時計が、ジリジリと時を刻む。
その中で、心配げに眉を下げ、
「あなた……
その声を受けた
「いや。俺は
「そっか。なら、良かった」
「あなたみたいな人には、
「……それは――」
疑問符を浮かべたまま――。
システムウィンドウに映った「12:27」の残滓が、
* * *
通常のログアウトよりも強引な覚醒。罰のような痛みが脳髄に走り、
「……
――あなたみたいな人には、
慈悲深い警告。
今まで提示された情報の上では、
それ以上の何があるのか――しかし、それを問い質す機会はとうに無い。
現実世界の屋上に立ち、零一の眼前には給水塔のコントロールパネルが設置されている。
――ヒビの一つも見受けられない、新品同然のコントロールパネルである。
「…………」
ログインする前は、
それが、
「
傷一つないコントロールパネルを撫で、零一が囁く。
今はその情報だけでいい。
その情報がある事で、自分の正気が保証される。
屋上でしばし立ち尽くした後、沈黙を裂くのは一つの異音。
……ぐう。
腹の音だった。
気づく。昼休みも30分過ぎた頃であるが、昼ご飯を食べていない。
「……腹が減った」
一気に現実に引き戻された。流石に空腹のまま午後の授業を過ごすのは、体調に支障がある。
零一の顔がハッカーから男子高校生のものへと切り替わり、時間に迫られて屋上を抜けた。
「あと20分……間に合うのか……?」
早足で階段を降り、食堂へ向かう。
既に食事を終えた生徒たちとすれ違う中、零一は空腹を抱えて食堂のドアをくぐった。
ピークタイムが過ぎた食堂のカウンターには、一人だけ女子生徒が立っている。
「はいよ。注文のサンドイッチね」
「ありがとうございます。いただきます」
夜桜がお礼を言ってサンドイッチを受け取る様子が、零一の視界に入る。
知人と遭遇した。挨拶をした方が良いかと逡巡する間に、夜桜の目が零一に向けられた。
「あ……!
「あ……その、
サンドイッチを受け取った夜桜に、零一は会話を試みた。
「食堂……サンドイッチ、メニューにあるのか」
「うん……わたし、ちょっと友達と話しこんじゃって、まだお昼ご飯食べてないの。
だから、お昼は軽く済ませようかなって」
零一が食堂のカウンターに近寄り、夜桜の世間話に合わせる。
「俺も少し用事があって、まだ食べてなかったんだ。
確かに軽いものがいいな。昼休みが終わるのもあと少しだから」
零一はタッチパネルの上で「サンドイッチ」のボタンを押そうとした後、逡巡の一瞬を挟み、その隣にある「おにぎり」のボタンを押した。
電子決済を終え、食堂のお婆ちゃんがラップで包まれたおにぎりを持ってきて、零一はそれを受け取った。
その様子に、くすりと夜桜が笑う。
「もしかして、一緒のにしようと思った?」
「え? まあ……そうだな。
一緒にしようかと思ったが……友人でもない人間が、一緒のものを頼むのは……夜桜さんから見て、気味が悪いかと思って」
頬を掻き、面映ゆそうに零一が目線を外す。
夜桜は、零一との距離を
「思わないよ」
「え……」
「別にね、遊木さんがわたしと一緒のサンドイッチを頼んでも、気味が悪いなんて思ったりしないよ。
大丈夫。わたし、遊木さんのこと、嫌いじゃないから」
「……その、ありがとう」
互いに頬に赤が差しこみ、夜桜と零一の視線が絡む。
そして、夜桜と零一が、同じタイミングで口を開いた
「あの――」「あの――」
絞り出した言葉も、一瞬だけ一緒だった。
言葉が
「……いや。ごめん。何でもない
その……また後で」
そう言って、零一が食堂から出ていった。
食堂に残る夜桜は、その零一の背中を視線で追いかける。
「……一緒に、食べようかと思ったけど」
互いに勇気を持てず、夜桜はサンドイッチに目を落とす。
その提案はできなくとも、夜桜の頬には笑みが浮かんでいた。
* * *
夜9時前。
目を閉じて思い浮かぶのは、今日の出来事。
「今日は……色々あったな」
独り言をこぼし、夜桜の頭に一つの事象が思い浮かぶ。
昼休みに会ったハッカー、
ヴェインのスキルを現実化させる異能力者。だが、それだけではない。
「良い人には、
「ヴェインで死んだら――現実世界でも死んじゃうんだから」
そう。
ヴェインでHPが0になる。平たく言えば戦闘不能状態になってから3分間、蘇生されずに放置された場合――
それが、
夜桜は
彼は悪人ではない。それでも、そこまでの信頼関係を築けていない。
目を開く。
配信の開始時刻まで5分前。そろそろ準備をする頃合いだ。
夜桜はベッドから起き上がり、ヴェインに突入する準備をする。
当然、ヴェイン内での活動は、戦闘不能に陥る危険性がある。
それでも、彼女は
「……わたしには、力があるんだから」
ヴェインだけではなく、現実世界の肉体をも回復させる特権。
その力を持っているからこそ、自分はヴェインで、他の為に献身しなければならない。
それは過去の、決して晴らす事のできない後悔の為に。
「オープン・ザ・ヴェイン」
夜桜は
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