第4話 温風

 翌朝、肌寒さのためにイオリよりも早く起きた僕は、何気なく、「早く暖かくなってほしい」とつぶやいた。すると、あろうことか、そのとおりになったのだ。温かな風が正面から、僕のほうへと向かって吹いてくるではないか。

 あまりの驚きに、僕はしばらく声が出せなかった。ようやくのことで、僕は「もっと」という言葉を、はっきりと口に出す。

 ぴゅう。

 それはしっかりと、僕の意思に応えるかのようにしてやってきた。単なる偶然ではない。僕にも魔法が使えるのだ。

 その後、いくつかのことを試してみたが、結果はイオリと同じであった。つまり、温風という一種類のものしか、自分には操ることができないのだ。

 そうやって、僕がひととおりの確認をおえたところで、イオリが起きてきた。普段、見ることの決してないぼさぼさの髪は、なんだか新鮮だったけれど、それよりも僕の関心は魔法にあった。


「ねえ! 僕も、出せた!」


 嬉々として実践してみせる僕とは対照的に、イオリの反応はびっくりするくらい冷たかった。僕の温風は、二つの意味で届いていないのかもしれない。


「そう……。よかったね」


 自分一人だけが、超常現象の使い手であったことなぞ、まるで気にしていない様子だ。僕は悲しさと虚しさに包まれてしまったので、このまま自分の魔法で暖かくして、寝てしまおうかとも思ったのだけれど、さすがに水と食糧とが気がかりだ。活動できる貴重な時間帯を、無駄にすることはできないだろう。

 話しあった結果、イオリが近場を探索し、僕が遠くまで足を延ばしてみることになった。本当は、お互いの体力を考えれば、僕が積極的にやるのではなくて、イオリが行動したほうがいいのだけれど、今の無気力な状態ではとてもではないが、難しいだろう。それに、イオリが待機してくれるのならば、万が一僕が洞穴の位置を見失っても、光を目印にすることで、夕方以降は簡単に場所を割りだせる。それほど悪いとは思えない。……考えたのは、ほとんどイオリだけど。

 とにもかくにも、水と食糧だ。僕はできるだけ不安にならないように、努めてポジティブな気持ちを維持した。

 丁寧に探してみれば、思いのほか、食べられそうなものはすぐに見つかるものだ。二三時間もすれば、二人分の果実などを集めることができた。ただ、それらのどれもがパサついているというか、水分が多くない。いち早く喉を潤したい僕らとしては、あまり望ましい状況ではなかった。

 集めたものを、持ち運べるようにするべく、新鮮な葉で包みながら辺りを見回せば、海岸のほうに、ひときわ大きな果樹があることに気がつく。椰子について詳しいわけではないが、ココナッツのようなものではなかろうか。

 どうやって採ろう? とても、手が届く距離ではないし、僕は木登りも得意ではない。はたと思いついて、勢いよく温風を吹けば、想像だにしなかったことだが、落下した木の実は地面にあたると、べちょりと砕けてしまった。

 ……ふつう、皮って固いんじゃ?

 困ったことになった。これでは、魔法で楽をするという方法が使えない。だが、幸いにも、割れた果実を観察したことで、水分をたっぷりと含んでいるのは、図らずもはっきりとした。これは狙いどおりのものなのだ。是非とも、持ち帰りたい。


「……」


 ココナッツもどきとの睨めっこを、真剣な表情でつづけていた僕だったが、やがてはあきらめて幹に手をかけるのだった。

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