第5話 傷をつくる
ココナッツもどきを持ったまま、木を降りるなんていう芸当が、僕にできるはずもない。飛び降りるように、足の力を緩めると、着地の直前にできるだけの温風を放つ。それでも、衝撃のすべてを緩和することはできず、僕の体は悲鳴をあげた。……たぶん、明日には痣になっていることだろう。
しかし、結果は上々だ。無傷の果実を手に入れることができた。そののちに、イオリの命名で、僕らはこれをツナココと呼ぶことにした。ネーミングセンスを揶揄しちゃいけないよ。ぶっ飛ばされちゃうからね、主に僕が。
ツナココを抱えた僕は、食糧を包んだ葉を少しだけ浮かせながら、引きずるようにして道を戻る。幸いにも、夕方前には拠点としている洞窟に、無事たどり着くことができた。足跡から考えるに、イオリはあまり行動しなかったようだ。……責めているわけじゃない。今は、気持ちを整理する時間が、イオリに必要であることは、僕も十分に理解しているつもりだ。
僕の成果についても、イオリが強い関心を寄せることはなかった。ただ、飲み物だけはやはりほしかったようで、少しだけうれしそうに、ツナココを飲みおえていた。……あれ? 僕のぶんは?
ちょっと不満げに、僕がツナココをちらちらと見つめていると、事情を察したイオリが、不愉快そうに口を開く。
「なんで、その場で飲んでこなかったのよ」
……たしかに。
ぐうの音も出なかった僕は、「ごめんなさい」とつぶやいて、ツナココ以外の食糧を口に入れていく。案の定、すごく喉が渇いたが、それほどの不安はなかった。いつでも手に入ることがわかったからだ。
それからは毎日、僕はツナココをイオリに届けた。もちろん、僕のほうは海岸で、事前にたんまりと水分を摂っている。ために、予想されていたことではあったのだけれど、僕の痣は日に日に増えていった。これでも学習しているつもりではいたが、自分の体重を支えられるほどの、風圧をとっさに出すことは、僕にはどうしてもできなかった。
だから、イオリが自分から動くと言いだしたときも、僕が心の氷を溶かしたというよりかは、どちらかといえば、見るに堪えなくなった感じなのだと思う。あるいは、隠していたつもりの咳を、どこかで聞かれてしまっていたのかもしれない。
どんな形であれ、イオリが前を向きはじめたことは、よい兆候だと僕は信じる。
ツナココの場所を知りたいというので、僕はイオリを海岸に案内した。そうして、木登りする僕の姿を見たイオリは、呆れたように言うのだった。
「……。魔法を二つ使えばいいじゃない」
曰く、片方でツナココを揺らし、もう一方で、地面につかないように葉を浮かせばよいと。……そんな方法、考えもつかなかった。
「そっか……ごめん」
思わず、僕は恥ずかしくなって照れてしまった。
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