第2話 森の洞窟

 うっそうと茂る森の中を、イオリはためらいもせずに早足で進んでいく。変な虫がいるんじゃないかと、怯えながらついていく僕だったが、いつまでもそんなことを気にしていたら、イオリに置いていかれてしまうだろう。心底慌て、僕はにわかに駆けだした。進んでいく中で、やがては、生き物を全く見かけないことに気がつき、ひょっとするとイオリは、一目でそのことをわかったのかもしれないと、とても感心した。

 イオリの文句を言う声は段々と高く、また、大きくなっていき、ついにはいきなりしぼんでしまった。うずくまったまま動かないイオリに、僕はかける言葉が見つからなくて、茫然と立ちつくしてしまう。さすがに、泣きだしてはいないのだろうけれど、うつむいたまま顔をあげないイオリを見て、僕は居たたまれなくなって、なんとか言葉を捻りだそうとした。だけど、僕が口を開くより先に、イオリのほうが言葉を発していたんだ。


「あんたなんか大嫌い! ……あんたなんかと、いっしょにいるんじゃなかった。そうすれば、きっとこんなことにもならなかったのに!」


 そのとき、キーンという甲高い音を、僕は聞いたような気がしたのだけれど、もしかするとそれは、胸が悲鳴をあげただけなのかもしれない。自分の気持ちが言葉にならず、惨めさと悔しさとが入り混じった、よくわからない感情に押しつぶされるように、僕の口からは、この場から逃げるための口実だけが、つらつらと漏れでてきていた。


「……奥のほうを見てくるよ」


 たぶん、このままいたら、僕のほうがイオリよりも先に、みっともなく泣き崩れていたと思う。

 たしかに、僕はイオリが好きだ。だからこそ、今のこの、イオリと共にいられるという状態は、それだけを見れば、僕にとっては喜ばしいことなわけで、そうであるならば、多少の責めは仕方がないとも思う。しかし……否定する言葉を、それも容赦ない度合いで、自分に直接向けられるというのは、想像を絶する痛みだった。はっきり言えば、今の僕には、イオリのことを慮るだけの余裕がなかった。まあ、だからこそ逃げだしたわけなのだけれど……。

 僕は後先見ずに歩きまわった。

 落ち着いて考えれば、目印のない森の中を適当に動くなんて、ずいぶんと無茶なことをしていたと思う。一度森の外に出てしまえば、海岸を歩いて戻れるだろうと、ぼんやりと楽観的に考えていたのだけれど、無計画な発想だった。今思い出しても、冷や汗が止まらない。

 ただ、このときは運よく、森の中で洞穴を発見することに成功した。やった、これで雨風をしのげるだろう。

 今までの不運を、帳消しにできるほどの幸福ではなかったが、少なくともこれで、イオリを安心させることはできるかもしれない。

 僕は少しだけうれしくなりながら、イオリのもとへと戻った。

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