1971年

受験する高校までは、バスで行った。この村の交通網は廃れている。それは例え少し都市部に出たところで、大きく改善はしない。もうこの県のこの地域自体が、少しずつ死んでいっている。そんな気がした。


受験は、苦ではなかった。問題を解く余裕もあったし、当然合格した。

僕を苦しめていたのは、妹への愛情だ。妹が居ない今、生きる理由がない。谷村の血筋なんて、僕の人生だってどうでもいい。それでも僕が生きているのは、未だに妹の死に関する真相がわかっていないからだ。きっとこの問題が解決するまでは、僕はあの山に登り続ける。そして妹の為に水仙を供えるのだ。妹が大好きだった黄色の。


黄色い水仙の花言葉は、「私のもとへ帰って」だ。

それは僕から妹への、叶うことのない願い。もう一度でいいから、妹と会いたい。


それは高校に入学しても変わらなかった。入学してもずっと無気力で、何をするにもやる気がない。ただ毎日妹のことを想うだけだった。


「やっほ冬留」

「元気にしてた?」

変わったことといえば、親族の双子の姉妹が話しかけてくれることくらいだった。

「まぁ、うん」

曖昧な返事しか出来ない。僕とは似ても似つかぬ美人姉妹は、校内でも評判だった。

「たまにはさ、うちにもおいでよ。大したおもてなしは出来ないんだけどさ」

「もう、優美ったらすぐ誘うんだから。冬留にも都合があるだろうし」

妹の優美は明るく、誰にでも心を開く。一方で姉の優衣は、いつも冷静だ。

僕たち双子のことを一番気にかけてくれていたのは、親でも鶴華でもなくこの二人だとおもう。だから僕も、この二人には話してもいいかもしれない。そんなことを思ってしまったのだった。

「あの、迷惑じゃなかったら今度行きたいんだけど」

「お、いいよ少年!どんと来なされ」

優美は、勢いよく自分の胸を叩いた。

「……でも他の人に、特に親族に聞かれるのは嫌な話があるんだよね」

「じゃあ、家じゃない方がいいわよ。家の中って大概誰か居るから」

優衣はため息をついた。二人の住む新屋あらや家は、この地域では地主として有名なのであった。

絶えず人が出入りしているのも、日常茶飯事なのだろう。

「えー、でもそしたらどこで話すの?学校の周りに喫茶店とかないし」

喫茶店どころか、民家と畑しか見当たらない。この学校の近くには、店と言えるものは存在していない。

「校内で話せる場所を見つければいいのよ。例えば、誰も来ない教室とか」

「流石優衣!頭いいー!」

少し考えれば誰でも思いつくことだろう。

「……というか、親族に聞かれたくない話って私たちが聞いても大丈夫なの」

優衣が尋ねた。最もな疑問だろう。僕が逆の立場だったら、一番に質問する。

「二人は、僕たちのことを邪険に扱わなかったから。……それだけ」

だが、その答えを言葉で表現するのは難しかった。端的な表現になってしまったが、要は双子同士のよしみだ。

「……ふうん、じゃあ今日の放課後でいいっしょ!アタシ探しとくよ、空き教室。じゃね」

「私も探しておくわ。じゃあ、放課後にね」

優美の方は、何かを察したようだ。優衣は表情が読みづらいので、よくわからないが。

二人が去った直後に、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。教室に戻った僕は、自分が注目されていることに気がついた。

しかし、先生がすぐ入室したため注目は逸れた。有難い。注目されるのは御免だ。

そんなものは、あの閉ざされた中学校まででいい。


放課後になると、「小沼くん」と手招きされた。クラスの男子達だ。

約束があるから早く教室から出たいのだが、無視するとロクな目に遭わないのはわかっていた。大人しく「何?」と応じる。

「お前、新屋先輩達と知り合いなんだよな?」

「……うん」

応じても良いことはない。それもわかっている。だが後者の方が、危険は少し減るだろう。

「俺たちにも紹介してくれよ〜」

「ほら、あんな美人な双子居ないからさ!俺たちもお近づきになりたいってワケ」

嫌だ、というのは簡単だ。紹介してもこちらには、何の得もない。

それでも、僕は首を縦に振りかけた。


鶴華が夢を諦めたように。僕は自分の考えを曲げてしまった。

しかし、鶴華と違ったのは。

「遅い!私たち、待ってるんだけど⁉」

救いの手が、差し伸べられたかどうかだった。

突然本人が登場したことに、男子陣は驚きを隠せないようだった。

「あ、新屋先輩……」

「何でクラスメイトと話しているのか知らないけれど、約束を取り付けたのは貴方の方よ。

来なさい」

優衣は半ば強引に、僕を教室から連れ出した。僕たちは、ただその流れに身を任せるしかなかった。


「全く、ああいう男子大っ嫌い!どうして自分から告白出来ないのかなー?」

空き教室へ向かう途中、優美は愚痴っていた。

「さあね、それにしても災難だったわね。お疲れ様」

優衣の方は僕のことを労ってくれた。

「ありがとう」

そう礼を述べると、「あ、ここ!」と優美が立ち止まった。理科準備室と書かれている。人気はない。どうやらここが、探し当てた空き教室みたいだ。

「ここで話すの?」

「え、ダメ?放課後はまず人来ないしさぁ、鍵はこの通り預かってきたし」

どうやって?と思ったが、新屋姉妹は素行が良い。先生も信頼して、鍵を渡してくれたのだろう。

「二人がいいなら、いいけど……」

「よし決まりね」

優美は教室の鍵を開け、中へ入った。僕たちもそれに続くと、埃臭さが鼻をつく。

「うぇ~くっさ」

提案してきた本人が、一番応えているようだ。手で顔の周りを扇いでいる。


「……で、話っていうのは何かしら」

優衣は、僕に問いかけた。真っすぐな視線は鋭く、僕は委縮してしまう。

それでも、口を開けばそんなことは関係なかった。妹が、僕に力をくれるから。

「……僕の妹は、去年亡くなった」

「そうね、私たちも悲しかったわ」

「うん、あんなに若いのに……。悲しいよ」

二人は口々に思ったことを発している。悲しいのは僕だって一緒だ。

「警察は妹のことを事故死だと判断した。でも僕は納得できない。妹が事故なんて起こす訳がない、山に登るのさえ好きじゃなかった!」

「……もしかして、谷村家や村人の誰かが妹を殺したって言いたいの?」

優衣さんは話の展開を読んだ。僕が言いたいこと、そのままだ。

頷くと、「それはどうして?」と優衣さんから追及された。僕は、未だにまとまっていない考えを述べる。

「妹は……夏香なつかは、一人で山に登ったりしない。家に居るか、あの従姉妹の家に居るか。行動範囲が狭かったんだ。だから、あの場所で亡くなっているのはおかしい。きっと誰かに連れてこられて、突き落とされたんだ」

「でも警察の話では、事故だったんでしょ?」

優美さんが口を挟む。そうだ。警察の話では事故死。しかしあの村には、警察さえ動かせる権力者が存在している。

「……もしかして、鶴華さんのことを疑っているの?」

優衣さんの方が聞いてきた。真っ直ぐな視線にたじろぎながら、僕は頷く。

「何年か前の谷村家の話、知ってるよね」

「あぁ、あの話」

二人とも頷いているので、話を進める。

「僕の村では、谷村家って絶大な権力なんだ。警察さえも介入できない。だから、証拠なんていくらでも偽造できる。鶴華が言えば、人が居なかったようにするのも簡単なはず。だから」

「鶴華さんが犯人、って言いたいワケ?」

優美さんは不満気な顔でため息をついた。

「そんなことないよ。鶴華さんは夏香ちゃんのこと可愛がってた。殺す理由なんてないよ」

「それには賛同。動機が無いし、証拠もない。貴方の考えは、妹を愛しているから発生した様なものよ」

水を差され、不快感を覚える。二人ならわかってくれると思っていたのに。どうして。

「…もういい、一人で犯人を探す」

自らの愚かさを責めた。所詮は他人だ、双子とはいえわかってくれない部分もあるだろう。

どうして話してしまったのか、冷静になればなるほどわからない。


「まぁ、話さないでおくよ。冬留。私は鶴華さんが犯人だとは思わないけどさ、片割れが居なくなったらやっぱり感情的にもなるだろうし」

「頑張りなさいね、あの村であの子が亡くなった。それは多分、何か訳があってのことだから」

二人はそう告げて、教室を出て行った。残された僕は、しばらく立ち尽くすしかなかった。

味方が出来たのだろうか。いや、味方ではないのか。鶴華や谷村家を疑っている様子はなかった。


結局、僕は一人だ。


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