双子の呪縛

景文日向

1970年

僕たちは、何をするにも一緒だった。

共に生まれ、共に育つ。電車もロクに通っていない田舎では、双子という存在は稀少だった。それと同時に、災厄をもたらす存在とも言われていた。かつてこの地区に住んでいた双子が、二人とも狐憑きになったらしい。狐憑きということは、要は気が狂ってしまったということだ。怪奇の目で見られることは、当たり前。仲間外れもそう。石を投げられたりもした。早くこの村を出て行けと、大人から言われることもあった。僕だって、僕らだってこんな村とは別れたい。

それでも僕は妹が好きで、愛している。妹の為なら何でも出来るし、だからこそ。

僕から妹を奪った存在を、許すことが出来なかった。


妹は、十五の秋に亡くなった。病死ではない。

崖の下で動かなくなった妹は、誰かに殺されたのだと思っている。自殺な訳がない。


警察は、周囲に人が居た痕跡が無いことから事故だと判断した。しかし、そうは思えない。

何故なら、妹は山に行かない。一人で、家にいるのが好きだった。もしくは近所の従姉妹の家に居る。どうやら女性同士、波長が合っていたらしい。彼女のことを「姉さん」と呼び慕っていた。


妹に姉は要らない。僕だけ、見てくれていればそれでいい。

だから僕は従姉妹のことは快く思っていなかった。妹の前ではそれを悟られないよう、「姉さん」と呼んでいたが……もうその必要もない。


妹の居なくなった世界は、空虚そのものだった。

何を食べても味がしない。何を見ても、心が潤わない。

誰も僕に話しかけない。学校では一人、空を眺めているしかなかった。


「ねぇ、そういえば怖い話聞いちゃったぁ」

「なになにー?」

ぼんやり空を眺めているだけでは暇なので、妹の情報が無いかと耳を澄ませてみることにした。

数人しかいない教室では、一つ一つの会話がよく聞き取れる。最も、彼女たち以外に話している人は居ないが。

「隣の村に双子の姉妹居たじゃん。ほら、ほんっとーに瓜二つの」

「あ、そういえば居たかも。見たことあるような……」

双子というのは、忌避されがちだ。特に似ていれば似ているほど、その傾向は強い。

それは多分、未知への恐怖に近いのだろう。もう少し都会部に住む親族の双子は、普通に学校にも馴染んでいた。だから、僕たちは不運だったのだ。ここに生まれてさえいなければ、妹は死ななかったかもしれないのに。

「あの二人さ、死んじゃったらしいよ。それも二人揃って。同じポーズで……」

「えー、何それ怖いー」

くだらない話だった。聞く価値もなかった。しかし、話は予想外の方向へ進んでいく。

「双子って、道連れにするらしいよ。もう片方のこと」

それはつまり

「えー、そんな不吉な話ダメだよー。冬留とおるくんがまだ、居るんだから」

「あ、そっかー!まぁ聞いてないだろうし大丈夫でしょ!」

聞いている。大丈夫ではないのだが、それをわざわざ口にするのも野暮だろう。僕は口を閉ざしたままで居ることにした。


妹が、僕のことを道連れに……。それはそれで嬉しい話だ。

僕は、妹さえ居ればいい。彼女の存在が、僕の全てだ。


学校からの帰り道。僕はあの話が気になったこともあって、山へ向かった。体力のない僕が登るのにはきつい傾斜が襲い掛かる。まるで、妹と僕を分断するかのように。

それでも必死に登っていくと、妹が落ちたと言われる崖が見えた。覗き込むと、崖の下にはまだ紅い液体が飛び散った痕跡がある。どうして、こんなことになってしまったのだろう。

律儀に花も供えてあった。誰だかはわからないが、親族ではあるだろう。


この村の人々は僕を嫌い、妹を嫌った。双子という存在が、この場所で異質だったからだ。

親は愛情をかけて育ててくれた。それには感謝しているし、親族も皆優しかった。特に僕より年上の女子高生双子姉妹は、よく気にかけてくれていた。会う回数は少ないけれど、双子同士のよしみだろうか。顔を合わせる度に「元気―?」と聞いてくれた。彼女らは、僕たちと少しだけ似た空気感がある。


妹が事故に遭った訳がない。これには何か、裏があるはずだ。

そう思うのに、証拠を出せと言われたら何もできない。僕はその場に居なかった。

無力だ。これ以上に無く、中学生というのは何もできない。やりきれなさから、地面を殴った。


家に帰っても、居場所がない。しんみりとした空気の中食べるご飯は、やはり味がしない。

両親ともに妹の死を嘆き、家庭崩壊の寸前だった。二人とも、僕のことなどどうでもいいのだろう。妹はこの家族の救いであった。三人では回らなかった歯車を、彼女が回していたのだ。その証拠に、毎夜両親は妹の思い出話をしている。だが、妹への愛なら僕の方が断然上だ。僕はいかなる瞬間でも、妹のことを忘れたことはない。


 ある時、僕しか居ない環境に耐えられなくなった母親はこう言った。

「死んだのが冬留だったら、どうなってたかな」

 母も精神を病んでいたのだろう。しかし、肉親に恐怖を感じた。はたから見れば僕も、同じような存在かもしれないが。


このままだと本当に家庭が壊れてしまう。そうなる前に、父親は手を打った。「すまない」と一言添えられ従姉妹の家に預けられるのも、予測出来ていたことだ。

従姉妹は、僕より十は歳上だ。妹の死に対しても落ち着き払っていて、逆にそれが気に入らない。


従姉妹の家は、僕の家より広い。この村の名主である谷村やむら家は、裕福だ。当主は一人娘の鶴華つるか。これが従姉妹だ。妹が姉と呼び慕った存在だ。殺したいほど、憎い存在である。


鶴華の両親は、数年前に死亡している。理由は自殺。と言うよりも、心中の方が近いだろうか。二人は、一人娘の結婚相手を探している最中だった。

彼女には、中々良い相手が見つからなかった。何故かといえば、彼女自身に結婚の意思がないからだ。彼女は自由を愛していた。結婚によりそれを奪われるのは、耐え難いことだったに違いない。来る相手全員を追い払い、やがて縁談は来なくなった。それを嘆いた両親は、三人揃っての心中の画策をした。子どもを残せなければどこかの分家から連れてくるしかない。二人は谷村本家の血統が途絶えることに、恐怖していたのだろう。僕にはそこの感覚がよくわからない。

しかし、決行当日。鶴華はすんでのところで難を逃れた。母親を身代わりに、自分だけ助かったのだ。包丁を持って暴れる父親と、母親は相打ちの形で亡くなった。


当然、警察に鶴華は連行された。だが、数日後には解放されていた。それは村社会という閉じた世界で、谷村家に逆らえなかったからだろう。この村では何より、谷村家が力を持っている。

親族にあたる僕たちも、裕福な方ではあった。しかし双子というのは奇異な存在なので、どうしても村人には受け入れられなかったのだろう。


「ここ、好きに使って良いから」

鶴華は、部屋の一室を僕にくれた。綺麗な和室だ。

「貴方が私のことをどう思っていようと構わない。それでも、私は貴方の面倒を見るわ。

そう約束したんですもの」

誰と?その言葉をぶつける前に、彼女は去っていった。


谷村家での日常は、平穏そのものだった。従者などは居ないが、鶴華がしっかりとしているおかげで食には困らない。相変わらず食事の味はしないが。


学校では相変わらず浮き続けていたが、家庭内には少しずつ居場所が増えていく感覚があった。

学校でのことは、恐らく鶴華の耳に入っている。だから、彼女は僕との会話で学校のことは出さない。そして、妹や他の家族のことも。話すことは、彼女が好きな本とか、僕が好きな花のことについてばかりだ。この本はオススメだから読んでみて、とか。この花はこの時期見頃だ、とか。快く思っていなかった相手だが、妹が懐いていた理由はわかった気がした。

双子の呪縛から解き放たれ、詮索されない空間。鶴華は、人との間合いを取るのが上手かった。きっとこの閉じた社会で、生きる術を彼女なりに身に着けたのだろう。


冬が近づく頃には、妹の存在は忘れ去られていた。

誰も妹の話をしない、学校でも道端でも。あたかも、最初からそんな人物は居なかったかのように扱われている。

学校での話題は、受験一色になっていた。僕らの住む村には、高校が無い。だから、他の市部の学校を受験することになる。そもそも全員が受験するわけではないのだが、僕はせざるを得なかった。谷村の血筋の『男性』なのだから、大学まで出ておくべきだと言われていたのだ。両親に、親族に。鶴華は何も言わなかったが、受験するという意思を伝えると応援してくれた。深夜に味のしない夜食を持ってきてくれたり、わからない問題は教えてくれたり。


鶴華はとても聡明な女性だ。


大学に行って教職の免許を取りたがっていたと、噂で聞いたことがある。それが出来なかったのは、両親の反対にあったから。大学に入学すれば、卒業するときには二十歳を超えてしまう。鶴華を早く結婚させたかった彼らには、認められない進路だったのだろう。鶴華は二十歳を超えた今でも独身だが。


僕が目指すのは、この地域の中では最も難関の高校だった。鶴華も通った学校だ。

妹と二人で通いたかった、そんな思いを抱いて必死に勉強した。親族の双子姉妹も、同じ高校に通っているのだ。谷村の家系は軒並み、あの学校に通っている。僕もその中に組み込まれているのだ。


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