第2話

美咲と別れた坂本は、駅前の坂を上り始めた。夕暮れの空が徐々に紺碧に染まっていく中、彼の長い帰り道が始まる。

学ランのポケットに手を入れ、Suicaが一枚減ったことを確認する。

「佐々木さん...美咲か」

その名前を呟きながら、坂本の頬がほんのりと熱くなる。

「やべー。今の女の子結構可愛かったなー。胸も大きかったし、今日はラッキーだな。」

男子高校生が一人ではしゃぎながら帰り道を進む。

坂を上り切ると、山への登り口が見えてくる。ここから先が本格的な山道だ。

「さあ、帰りの山越え、開始」

坂本は深呼吸をして、山道に足を踏み入れる。

山道を少し登ると、有名なカレー屋「シーサイドスパイス」の前に差し掛かる。

スパイシーな香りが漂ってきて、坂本の腹が鳴る。

「ああ、そういえば今日お昼あまり食べてなかったな...」

誘惑に負けそうになるが、家で待つ母の夕食を思い出し、なんとか我慢する。

さらに登っていくと、古くからある八百屋「山本青果店」が見えてくる。

店先には色とりどりの野菜が並び、疲れた坂本の目を楽しませる。

「いつもありがとう。坂本くん、最近モテモテなんじゃない?」

店主のおばちゃんが茶目っ気たっぷりに言う。

「えっ!?そ、そんなことないっすよ...」

慌てて否定する坂本だが、美咲の笑顔が頭をよぎる。

「そうだ、明日の朝練のために、バナナでも買って帰ろう」

坂本は店に立ち寄り、バナナを一房購入する。

山道はどんどん急になっていく。

学ランの襟元が汗で湿り、息が上がってくる。

「ここを毎日往復しているから、俺の脚力は平地校の連中とは違うんだ」

坂本は自分を奮い立たせる。

道の脇には、苔むした石仏が並ぶ。

地元では「お地蔵様の小道」と呼ばれるこの場所は、夕暮れ時になると少し不気味な雰囲気を醸し出す。

坂本は小走りでこの区間を通り過ぎる。

ようやく山頂に到達する。ここからは下り坂だ。

坂本は一息つきながら、後ろを振り返る。

遠くに海が見え、もうすっかり日が沈んでいる。

「さあ、あとは下るだけだ」

坂本は足を進める。下り坂は楽だが、暗くなってきたので慎重に歩を進める。

山を下りきると、温かみのある街並みが広がる。

古い木造家屋と新しいアパートが混在する、どこか懐かしい雰囲気の街だ。

街灯が一つ、また一つと灯りだす。

古くからある和菓子屋の前を通り過ぎる。

甘い香りに誘われて立ち止まりそうになるが、家族を待たせてはいけないと思い直す。

「ただいま」

玄関を開け、坂本は声をかける。

「おかえり、雄介」

母の声が台所から聞こえてくる。懐かしい味噌汁の香りが漂う。

「ご飯できてるわよ。手を洗ってきなさい」

「はーい」

坂本は返事をしながら、ほっとため息をつく。

いつもと変わらない日常が、今日の興奮を静めてくれる。

風呂に浸かりながら、坂本は今日一日を振り返る。

サッカー部の失敗。思いがけない出会い。そして、この長い山道。

全てが繋がって、この瞬間を作っている。

「明日は、きっと違う一日になる」

坂本はそう信じたかった。

目を閉じると、森の香りと美咲の笑顔が蘇ってくる。

明日への期待と不安が入り混じる中、坂本は静かに目を閉じた。

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ひとりディフェンス やさい @tonkatsu1222

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