第30話

 灼熱の炎を再び纏った、「煉獄」の魔王──ボルケラ。魔力操作自体はクロノスには劣るが、単純なパワーにおいては圧倒的だった。自身の放つ拳に炎を纏わせ、威力を莫大なものに変えている。


「魔力障壁だけで、あれだけ防げるのか……」


 ボルケラは一撃一撃をとてつもない威力で殴り、そして腕から吹き出す炎で拳を加速させて再び殴る。猛烈なラッシュだった。


 だが、クロノスは何食わぬ顔でそれを魔力障壁で受け流している。ボルケラも薄ら笑みを浮かべているため、両者本気では無いのだろう。


 ここでボルケラは不意打ちで蹴りを繰り出し、真横に振り抜く。クロノスは後ろ向きに上半身を倒し、回避。衝撃波で後ろの岩肌が削り取られた。地を蹴り、宙を舞う。先に仕掛けたのはボルケラだった。


曲炎暴蛇炎バーニング・イフェスティオ!!』


 足に炎を纏わせ、地面に叩きつける。同時に、地面のあらゆる箇所から大蛇を模した炎が吹き出す。それはまるで本当に生命を宿しているかのような変則的な動きで、地を潜り、上昇し、クロノスに接近する。


 ここでクロノスは回避不可能と判断したのか、ボルケラと同じくらいの長さの魔杖まじょうをどこからともなく取り出した。漆黒の魔杖は金色の装飾がところどころされており、その先端には魔球オーブが浮遊している。


 魔杖を軽く振り、魔法を唱える。


形骸時物オールディファクト


 クロノスに向かっていた火の大蛇は、間合いに入った瞬間に威力を失い消滅する。見たこともない魔法。火属性でも、雷属性でもない。クロノスはかつて、全属性を自分は扱えると言っていた。俺が知る限りの属性には当てはまらない。


「まさか……「時」属性?」


 クロノスは「時空」の魔王だ。「時」に関する魔法を扱ってもおかしくは無い。それに、この世界には俺の知らない属性がまだまだあるのかもしれない。


『相変わらず意味わかんねぇ魔法使いやがって……けど、こっちも対策してきてんだよ!』


 体をググ、とかがめるボルケラ。足に再び魔力が凝縮される。先程よりも濃い密度の火の魔力だ。


『攻撃が消されるなら、消される前に攻撃すりゃいい……ってな!』


 ドンッ!


 気がついた時には、もうそこにボルケラの姿はなかった。いや、正確には。


 速すぎて視認できない。


 ドドドドドドドド!!!


 あちらこちらに踏み込んだ跡がつく。


 チリチリと肌が焼けるような魔力が辺り一体を覆った。どれだけ速いスピードなのか検討もつかない。少なくとも、この状態で少しでも動いたら間違いなく流れ弾攻撃を食らう。俺は微動だに出来なかった。クロノスも同じ考えなのか、1歩も動かず、ただ一点を見つめる。顔を少しでも動かせば攻撃を食らう。


『ふっ!』


 ドゴォッ、と音がしたと思ったら、クロノスの体が宙に浮き上がっていた。と、立て続けに全方位から殴り込みを入れられる。クロノスはただただ攻撃を受けるばかりだ。


『どうしたどうした、そんなものか新参!』


『………』


 これだけの攻撃を受けているのに、動揺した様子はまったく見せないクロノス。そして、クロノスに思いっきり殴られ地面に叩きつけられた。


『おいおい、手ぇ抜いてるなお前』


 空中から地に着地すると、ボルケラは苛立った声で地を踏み鳴らした。


『本気、だと?』


『ああそうだよ、舐めてんだろ、なぁ。真正面から本気でやれや!』


 怒号。クロノスは肩で僅かにため息をつく。一瞬だけ躊躇ためらったように見えたが


『……なら、そうさせてもらう。一瞬で終わらせるぞ』


 そう言って、魔杖を構えた。


 その瞬間、ビリビリと肌が痺れる。圧倒的なまでの、魔力。ボルケラも大概だが、それ以上だ。まさに異次元。


『それだよ!俺はお前の全力をぶっ潰す!』


 火力を限界まで引き上げたためか、炎の色が真紅から蒼色に変わる。周囲の地面が灰色から赤いマグマ色に染まった。


炸裂蒼焔ブルーデトネーション!!』


 蒼色の炎の剣が、ボルケラを囲うように出現する。そして一直線にクロノスの方へ飛ぼうとした、その刹那。


 プツン


 一瞬、時間が止まったような気がした。いつの間にかクロノスはボルケラの背後に立っていて、ボルケラは目の前からクロノスが消えたことに目を丸くする。


時之断絶ディメンション・クロノス


 魔杖の下柄を岩肌にコツン、と軽く叩く。


 と、同時にボルケラがドサリと音を立てて倒れた。


「………」


 何が起きたのか分からず、俺はただパチパチと瞬きする。ボルケラは先程までまさに大技を放とうとしていた。だが、そのボルケラはクロノスが魔杖を振って、そして倒れてしまった。


「いったい、何が……?」


 俺の言葉に、クロノスはゆっくりとこちらを振り向く。


『我のみが扱う「時」魔法の、技の一端だ』


 そう言って、再び魔杖で地面を叩くと、ボルケラはムクリと起き上がった。


『ちくしょう、負けたわ』


 ボルケラはボリボリと頭を掻きながらあぐらをかいた。普通に何事もなかったようにしてるんだが……。


 クロノスは「ただの峰打ちのようなものだ」と肩をすくめる。


『ボルケラは久しぶりに顔を見せたと思ったら、毎回のように勝負を仕掛けてくる。もう慣れたものだがな』


「それにしてはかなりガチだった気が……それに俺、吹っ飛ばされなかったか?」


 後半の方は小声だったのか、ボルケラが『何か言ったか』と俺を睨む。「なにも」と俺は目を逸らした。


『闘いというのは殺し合いだ。新参が少しでも気を抜いていたら殺しておったわ』


 はっ、とボルケラは鼻で軽く笑う。そこには「やはり今回も殺せなかった」という自嘲も含まれているようだった。そして今度は俺の方を見て、いや正確には睨んで、ゆっくりと言葉を発した。


『だが、こいつは話は別だ。雑魚だ。雑魚すぎる。さっきも言ったが、こんなのではフルヴィオには太刀打ちできんぞ。どうしてこいつを選んだ』


 ゴウッ、と魔力の圧が俺にのしかかる。俺は生唾をゴクリと飲み込む。


『だから、言ったであろう。直感だと』


『それは理由にもならん、くだらない』


 クロノスの言葉に被せるようにボルケラは口早に言う。


『何かこの俺を納得させるような才能をこいつは持っているのか?魔力量か?身体能力か?知力か?それとも技術か?』


 その一言一言が俺の心に深く入り込む。ズキンズキンと、胸が痛む。


 俺は気づいた。今まで大船に乗った気でいたが、自分はただ力を借りてるだけだと。今は魔力が空なため言い訳ができるだろうが、たとえ万全の状態でも絶対にボルケラにはかなわないだろう。


 冷や汗が流れる。改めて現実に引き戻される。今の俺は、魔王の力を受け継いでもなお、魔王の足元には到底及ばない。戦ってもいないのに、わかる。ボルケラの一言一言に確かな重みがあるからだ。


「俺……は」


 苦し紛れだが、それ以降の言葉が発せない。頭が、真っ白に──


『こーら、そういう言い方しちゃダメだよ。この子困ってるじゃん』


 突然、何者かに肩に手を置かれた。ハッとして見ると、見覚えのある水色の長い髪が視界に映る。


『や、さっきぶりだね』


 そう笑みを浮かべ、軽くヒラヒラと手を振るのは、魔王の1人。「豪水」の魔王、ウィレムだった。




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時の魔王の復讐譚 香屋ユウリ @Kaya_yuri

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