第4章 怨念の墓場 ━━「下界」
第29話
魔王。それは、この世界に存在する魔物全ての頂点にして、魔導を極めし者。かつて人類は、その強大な存在に畏怖し、
灼熱の獄炎を生み出し、全てを焼き払う「煉獄の魔王」。
生命の源である水を司り、操り、そして万物を飲み篭む「豪水の魔王」。
変幻自在の暴風により、数多の大災害を引き起こす「暴風の魔王」。
この世界をも覆い尽くす程のその莫大な魔力で世を調律する「光明の魔王」。
光と対をなす漆黒の魔力で、死の概念を操作する「不死の魔王」。
そして、どこからともなく現れた新たな魔王、「時空の魔王」。
だがその魔王は、大切なものを失った無力な少年にをその力を受け継がせた。幼き少年は、その力をもって、己の大切なものを奪い去った憎き勇者への復讐を誓った。
「魔王、クロノス」
そう発するのは、かつては無力だったその少年──パベルだった。耳まで伸びた雪のように白髪はあまり整えられておらず、ぼさっとしている。しかし燃え上がるような真紅の目は、先程の激闘の後にも関わらず、強い生気を宿していた。
「どうして、クロノスがここに?俺の中に入っていたんじゃなかったのか」
パベルが疑問を口にするが、当の魔王クロノスも同じように眉をひそめる。
『分からん。気がついたら、この空間にいた。いや、空間と言うより……』
骸骨の目に宿る青色の光がスウ、と細められる。
『下界だ』
「下界……?下界って、まさか。さっきまでは地上の世界にいたはずだろ?」
下界は普段自分たち人間が生活しているような地上世界とはそもそも繋がりをほぼ持たない。故に、地上世界の人間が何かの拍子で下界に来ると言ったことはまず起こらないのだ。しかしそれが今は起こってしまっている。
『おそらくレノウスという勇者から出てきた黒泥が原因であろう。あれは本来下界に存在する魔物だ。だがしかし、あれを勇者は取り込まされていた。「不死」の魔王フルヴィオによってな』
黒泥からは「不死」の魔王の魔力がわずかながら感じ取れた、とクロノスは言う。
「まさか、黒泥に人を操る力があるっていうのか?」
『いや。フルヴィオが勇者に黒泥を取り込ませたのだろう。生きていたころの勇者に、な』
「その言い方だと、さっきまで戦ってた勇者は死んでいる、という風に聞こえるんだが?」
クロノスは首肯した。
『その通りだ。奴は「死」という概念を操る。つまり、何らかの目的のために勇者を殺し、黒泥を取り込ませ、生きる屍としたわけであろう。目的は奴にしかわからないことだが、どちらにせよ禁忌を行っているという事実には変わらない』
そう話すクロノスは、どこか苛立ちを感じているようだった。ここで、ふと疑問に思う。確かクロノスは、魔王になってまだ日が浅いと言っていた。これは俺自身の主観かもしれないが、まだ日が浅いのにそんなにも地上世界に思い入れがあるとは思えない。なにがそこまで彼を突き動かすのだろうか。
だが結局、俺がそれを聞く前にクロノスが先に口を開いた。
『お前の復讐は、終わったか?』
「……どういう意味だ?」
唐突に聞かれた質問を、一瞬俺は理解できなかった。
『先ほどの戦いで、操られていた勇者は全員倒したように思える。お前の目的は、村を壊し、大切な人を奪ったその勇者を殺すことだ。そしてお前はそれをなした。これで、お前の復讐は終わりか?』
「……」
正直、複雑な気持ちだ。俺が今まで恨んできた復讐の対象というのは既に死んでいて、ただの屍人形として操られていただけだったのだから。でも、だとしても。
「真の元凶は分かった。もちろん、村のみんなを殺したのはほかならぬ勇者の手だ。俺はそれを決して許さない。けれど、その勇者の手を引いている黒幕がいると知った今、答えは簡単だ。ただ、復讐の対象が変わるだけの話だ」
俺は、魔王フルヴィオを殺す。これが本当の為すべき復讐だ。
クロノスは俺の言葉にピクリと反応する。いや、違う。反応したのは俺の言葉じゃない。
なにかこちらに近づいてくる。
そう思ったその瞬間、ドゴン、と強い衝撃を体全体で感じる。そしてその衝撃とほぼ同時に炎の魔法打撃。思いっきり吹き飛ばされた。
俺は受け身も取れず、ただ硬い岩肌に叩きつけられる。疲れた体にこれは痛い。
と、頭を何者かに掴まれ、叩きつけられる。
「ぐっ!」
強すぎる衝撃に、意識が飛びかけた。なんだ、この攻撃は。威力が桁違いすぎる。頭がおかしいんじゃないか。
俺の頭を押さえつけるその手は、ボウ、と灼熱の炎を纏った。それで怪我こそないが、いつでも発動できる状態だぞ、と脅しをかけられているのだろうか。
『ほざけ、お前ごときにフルヴィオを殺せるわけが無い』
と、俺を押さえつけるその巨躯が怒り心頭な声を発する。
『てめぇみたいな雑魚ガキが、クソみたいな妄言をほざいてるんじゃぁねぇ』
俺は再び投げ飛ばされた。俺はただ何も出来ずに地面を転がる。クロノスはと言うと、やれやれといった様子で肩を竦めていた。
軽く呻きながらも、俺を投げ飛ばした奴に、俺は視線を向ける。
2メートルより少し大きいかぐらいの巨躯に、鍛え上げられた彫りの深い肉体。まるで灼熱のように赤い、肩まで伸びた髪は身体から放たれる熱の影響で上下に少しなびいている。そいつからは、俺の3倍以上の魔力を感じられた。しかも、明らかに敵意を向けられている。
『クロノスよぉ、てめぇなんでこいつに力を貸した?』
俺に敵意を向けられている、と思いきや今度はクロノスに敵意が向けられる。上半身をボウ、と炎が包んだ。ここからでも感じられる熱さに、俺は息を呑んだ。
『直感だ』
『あぁ!?舐めてるのか、新参がよぉ!!』
クロノスの答えが癪に触ったのか、怒号を発する。その瞬間、莫大な魔力が奴の腕に集まった。
シュンッ
姿が消えた、と思った次の瞬間。
バゴォォォォォン!!!
ふたつの強力な魔力がぶつかりあった。衝撃波で、地が震える。ひとつは、奴の魔力。もうひとつは、クロノスの魔力。クロノスは魔力障壁で、奴の打撃を防いでいた。
『勝負しろや、新参。俺が勝ったらあの雑魚ガキを殺す!』
『なら、我が勝ったらベルを殺すな』
『はっ、いいぜ!俺はアンフェアな条件は嫌いなんでな。誓ってやるよ、「煉獄の魔王」の名においてなぁっ!』
そう言うやいなや、やつは再び灼熱の炎を身に纏った。
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