第1章 悪夢

第1話

静まりかえる森の中、息を凝らす。

神経を研ぎ澄ませ、標的を探す。

すると、1匹の雄鹿が茂みの中から現れた。


「すぅ………」


ゆっくりと息を吸い、集中する。

弓を構え、照準を獲物に合わせる。


「っ……!」


ヒュッと矢を放つと、一直線に飛んでいき獲物に命中した。しかし、当たりどころが急所を外れ、雄鹿は慌ててその場から走り去ろうとする。


「待てっ!」


まぁもちろん待ってくれる訳では無い。僕は腰から短剣を抜くと、慌てて獲物の後を追いかける。

しかし、子供が普通の自然生物に追いつけるはずもなく、どんどん差が離れていく。

だけど、それで良い。



「そのまま真っ直ぐ進んでくれ……」


すると。


バスン、という音ともに雄鹿の鳴き声が聞こえた。


「かかった……!」


昨晩、苦労して掘った落とし穴に上手く誘い込めたようだ。僕は期待しながら穴を覗き込むと、雄鹿が藁の上でジタバタしていた。

穴の中に慎重に降り、雄鹿のそばにしゃがみこむ。持っていた短剣を構えて、トドメを刺そうとしたその時。

……まるで助けてと言わんばかりの目で見つめられた。


「………」


なんだよ、そんな目をされたら……。


だが、目をじっと見つめれば見つめるほど

まるで「……助けて、お願い」って言ってるように感じてくる。


「………まぁ、うん。そうだよな、お前にも家族がいるんだもんな」


結局、雄鹿は山に帰してしまった。

矢で負った傷は応急処置で何とかしたけど……。


「あんな気持ちになっちゃうなんて……やっぱり狩りは向いてないのかな」


僕は、幼い頃に両親を亡くした。家に強盗が入ってきて、その時に身を呈して僕を守って、殺されたらしい。


その後、両親の知り合いに引き取られ、とある村で生活していた。狩りや農業が生活の中心のその村で、色々なことを学ばせてもらっている。農業や狩りはもちろん、勉強も教えて貰っている。両親がいないのは寂しいが、それでも楽しくやっている。

それに村に帰れば、そこには僕の大切な友達がいる。


「あ、ベル!お帰りなさい!」


彼女ロゼの存在だ。ちなみに、彼女が僕のことをベルというのはそれが愛称だからで、本当の名前はパベルである。


「ただいま、ロゼ」


狩りのこともあって、ぎこちない笑みになってしまった。


「……なにか浮かない顔をしているけど、どうしたの?」


彼女はそんな僕の様子を見て、心配そうな表情を浮かべる。


「今日の鹿狩りをしてたら上手くいかなくて」


「……」


「ど、どうしたの」


「さては、またお父さんとお母さんのことを思い出しちゃったんでしょ?それで捕まえた獲物を山に帰しちゃった、ていう感じ?」


そんなことは一言も話していないのに、ズバリと言い当てた。


「な、なんでそうなるんだよ」


「わかるよ、そのくらい。私たちいつから一緒にいると思ってるの?」


彼女はメッ、と僕の鼻をつつく。


「全く、ロゼには隠し事が出来ないよ」


僕は肩をすくめる。

昔から、僕が何かを誤魔化そうとするとすぐにロゼは見抜いてしまうのだ。


「ベルが隠し事するの下手なだけじゃないかな」


彼女はからかい口調で、心底可笑しそうに微笑む。


「ええ……?」


ロゼと話していると、不思議と心地がいい。落ち込んだ気分も嘘のように消えていく。先程までの不安も薄らいでいた。


「今日の夕飯はお父さんが狩ってきた獣肉の炒め物だって。早く帰ろ?」


「ちょっと、急に引っ張らないでよ」


彼女は笑いながら、楽しそうな声で僕を呼ぶ。そんな彼女に、僕も思わず笑みがこぼれてしまう。


「早く早く!」


「わかったから……手を離してくれ」


────────────────────


「……それで、獲物を逃がしたと」


夕食を食べ終わったあと、僕はロゼの父親ラリオットさんと皿の片付けをしていた。どうやら彼にも昼間の出来事が伝わっていたらしい。


「はい」


僕が頷くと、ラリオットさんは僕の目線に合わせるようにしゃがみこみ、頭にポン、と手をのせた。


「全く、どうして辛い出来事を思い出すようなことをするんだ。狩りなんかじゃなくて、もっとほかにできることがあるだろうに」


この人は、まるで僕が自身の子供であるかのように心配してくれている。とても、優しい人だ。


「でも、かつて父は狩人だったんです。父は僕に熱心に指導してくれました。……それを無駄にはしたくないんです」


それを聞いて、彼は優しい笑みを浮かべる。


「………そうだとしても、ベル。君は君の生きたいように生きればいいんだ。それだけは、忘れちゃいけない」


そう言ってポンポン、と頭を撫でられると「さぁ、寝ようか」と言って部屋に戻っていった。僕も自分の部屋に戻ると、灯りを消してベッドに潜り込む。


「本当に……いい人だな」


この日常が続けばいいのに。そう思った。



だが、この時の僕は知らなかった。まさか、になるなんて。

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