四月五日
『ソロが来たよ』
幻が見たくなったので、壁に強く頭を打ち付けてみた。
しばらく、あたりが暗くなって、玄関チャイムの音で目が覚めた。
幻覚は見れなかったし、ひどい頭痛がしていた。
今も、額に大きなこぶができている。じんじんと痛む。
半日も無駄にした。
玄関を開けると、生臭いにおいがした。
ナマズ宅配便の配達員が立っていた。
長く伸びた髭が、小刻みに動いていた。
「代引きです。二千五百円になります」
私は身に覚えがなかったが、とりあえず支払いを済ませた。
ただでさえ、ペットのハマチが生臭いのにこれ以上家を魚臭くされては困るのだ。
荷物を開けようとすると、すぐにチャイムが鳴った。
「よ」
抑揚のない一文字を私にぶつけてきたのはソロだった。
「荷物」
私は彼女に箱を手渡した。
彼女はそれを受け取ると、すぐに立ち去ろうとしたので捕まえた。
「二千五百円」
私がそういうと彼女は手持ちがないと首を振った。
ヘッドフォンを外さずによく聞こえるなあと思った。
「じゃ。二、三曲歌っていってよ。それでチャラにしてあげるからさ」
私が彼女にそう持ち掛けると、彼女はその交渉に同意したようだった。
彼女は背負っていた紫色のアンプをゆっくりと部屋の真ん中に置いた。
肩にかけていた、ギターケースからギターを取り出して、アンプとギターをつないでいた。
ギターも紫色だった。
彼女は紫色が好みのようで、全体的に紫っぽい女の子なのだ。だから余計に肌が白く見える。
彼女はギターをチューニングした後、何やらツマミをいじくっていた。
「エフェクター?わ?」
私は知識がないながら、彼女にそう聞いてみた。
「ギターの中にあるの」
私はその意味が分からずはてなマークを浮かべた。
それを掴んで眺めていると彼女は引き続き話し始めた。
「内蔵型マルチエフェクターと言ってギターの中に……」
彼女は様々な音を奏でながら説明を続けたが、その大半は理解できなかった。
ソロは音楽のことになると途端に饒舌になる。ダムが決壊するみたいに。
私がそのダムの水に呑まれて、クルクルと目を回しているうちに、いつの間にか放水が終わっている。
何はともあれ彼女の歌声に勝るものはなかった。
今回はボーカドールの曲をカバーしてくれた。
彼女はボカドというジャンルがとても好きなのである。
私も近いうちに聴いてみようかな。
彼女の歌を聞いていると幻などどうでもよくなった。
きっと私は音楽不足からくるノイローゼにでもかかっていたのだろう。
久しぶりにレコードかCDを買ってこようかしら。
前、持っていたやつは、フリスビーの代わりに使って残さずダメにしてしまった。私も幼かったのだ。
彼女を玄関まで送った。
なんだか、今日は本当に何もなくて、やけに詳しく書いたような気もする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます