第4話 看板

 今日もお客さんが来なかった。

 最近はお客さんがあまり来ていない気がする。

 お客さんがいないときは、小説を書いているので暇ではないが、問題はお金だった。


 今はまだいいが、あまりにもお客さんが来ないと、家賃が払えなくなる。そうなると廃業だ。他の仕事を見つけて兼業、という手はあるが、小説を書く時間を削るのは嫌だし、伝言屋の仕事も好きなので、その時間が削れるのも嫌だった。


 どうやったらお客さんが来るようになるかな、と思考を巡らせる。

 ひとまず、店の前の看板を見直すことにした。


「伝言承ります」


 これだけじゃ伝わりづらいのだろうか。そう思って書き足すことにした。


「遠くの人にもすぐ伝わります」


 これでよし。


 ◇


 今日もお客さんが来なかった。

 もしかして、遠くの人にすぐ伝わるだけじゃあまり魅力的じゃないのだろうか。みんな手紙に慣れていて、わざわざすぐに伝えたいと思わないのかもしれない。

 ひとまず、店の前の看板を見直すことにした。


「伝言承ります。遠くの人にもすぐ伝わります」


 伝言屋にできて手紙にできないことを伝えよう。そう思って書き足すことにした。


「誰からの伝言か、伝えないこともできます」


 これでよし。


 ◇

 

 今日もお客さんが来なかった。

 もしかして、ここがお店だとわからないのだろうか。前を通った人がお店だと気づかないのだとしたら、新しいお客さんが来ないのも当たり前だ。

 ひとまず、店の前の看板を見直すことにした。


「伝言承ります。遠くの人にもすぐ伝わります。誰からの伝言か、伝えないこともできます」


 わかりやすくお店だと書こう。そう思って書き足すことにした。


「伝言屋というお店です」


 これでよし。


 ◇

 

 今日もお客さんが来なかった。

 もしかして、何が必要か店の外からじゃわからないからだろうか。料金がわからないと、お店に入りづらいし、他に必要なものがあることも伝えた方がいいのだろうか。

 ひとまず、店の前の看板を見直すことにした。


「伝言承ります。遠くの人にもすぐ伝わります。誰からの伝言か、伝えないこともできます。伝言屋というお店です」


 料金と、伝えたい相手の物が必要なことを書こう。そう思って書き足すことにした。


「代金は一回で金貨二枚です。伝えたい相手の物と、代金が必要です」


 これでよし。


 ◇


 今日もお客さんが来なかった。

 もしかして、怪しいお店だと思われているのだろうか。お店だとわかっても、料金がわかっても、信用できなさそうだ、と思われているのならなかなかお客さんは来ない。

 ひとまず、店の前の看板を見直すことにした。


「伝言承ります。遠くの人にもすぐ伝わります。誰からの伝言か、伝えないこともできます。伝言屋というお店です。代金は一回で金貨二枚です。伝えたい相手の物と、代金が必要です」


 信用してもらえるように実績を書こう。そう思って書き足すことにした。


「過去には、お店の店主さんが、すぐに品物を発注したいときや、旅行の思い出、迷子の人を探すときや迷子になったときなどに使われました」


 これでよし。


 ◇

 

 今日はお客さんが来た。常連の、八百屋のおじさんだった。


「いらっしゃいませ」

「おはよう。今日もいつもの感じで、野菜の発注をしたい」


 そう言って八百屋のおじさんは二回分の代金を渡してきた。


「今と、同じ内容のものを夕方に、ですね」

「あいつ今寝てるかもしれないからな」


 農家の人は朝が早いと聞くが、八百屋のおじさん曰く、朝の仕事をさっさと終わらせて二度寝することがあるらしい。


「今日はなんて伝言しますか?」

「『今週も、先週と同じものを同じ日に同じ量頼む』と伝えてくれ」

「わかりました」


 夕方まで忘れないようにと、記録を兼ねて手帳に書き込む。

 おじさんから野菜の食べられない部分を一切れもらうと、半分にちぎって箱に入れる。残りの部分は夕方使うので、無くさないようにしないといけない。


「伝言屋です。八百屋さんから発注の依頼です。今週も、先週と同じものを同じ日に同じ量頼む、だそうです。もう一度言います……」


 私は伝言を終え、箱を開ける。おじさんもいつものことなので、もう慣れた、という感じだった。


「いつもありがとう。ところでなんだけど、もしかして、店の前の看板変えた?」

「はい。なかなかお客さんが来ないので、内容を変えてみようかな、と思って」

「正直わかりづらいと思うよ。ああいうのは短くインパクトを与えるのが大事なんだから、短くしたらどうかな」

「……そうですね」


 八百屋のおじさんが帰ったあと、私は店の前の看板を見に行った。


「伝言承ります。遠くの人にもすぐ伝わります。誰からの伝言か、伝えないこともできます。伝言屋というお店です。代金は一回で金貨二枚です。伝えたい相手の物と、代金が必要です。過去には、お店の店主さんが、すぐに品物を発注したいときや、旅行の思い出、迷子の人を探すときや迷子になったときなどに使われました」


 ——看板を撤去して、新しい看板を買うことにした。 

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