第3話 ライバルのレストラン
私はある常連さんに困っていた。たくさん来てくれるのは嬉しいし、迷惑な客ではなかったが。
「お嬢さん、いつもの」
「わかりました」
この店でいつもの、というフレーズを聞くとは思っていなかった。私はお客さんからお弁当箱をもらうと、素手で掴めそうな小ぶりなブロッコリーをつまみ、箱に入れる。
「やっぱり、あのレストランのことを嫌っていても、伝言のために買ってくるんですね」
「仕方なくだ」
不服そうな顔をしているが、その店の売り上げにはそこそこ貢献している。そして私の店も。
「買ったご飯は捨ててるんですか?」
「もったいないから食べてる」
「おいしいんですか?」
「……おいしい」
やっぱり私にはよくわからない。
◇
実は似たような客がもう一人いる。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ」
この人はいつもの、とは言わないが、毎回同じような依頼をされる。
「今日は、『あんたのお店より私のお店の方がおいしいしお客も来るのに、どうしてまだお店やってるの』でお願い」
「わかりました」
この人が渡すのもお弁当箱だ。私は素手で掴めそうな小ぶりなにんじんを手に取り、箱に入れる。
「残りはどうするんですか?」
「もったいないから食べてるよ」
「…」
◇
問題は、この二人がそれぞれのお店に伝言で文句を言っていることだ。チョーカーで伝言の声は変えているが、伝言屋のことは二人とも知っているので、いつ鉢合わせるかが不安だった。
◇
恐れていたことが起きた。
「お前あの店の」
「あんたあの店の」
二人は睨み合っている。ケンカになったら私には止められない。
私は小さいひよこのぬいぐるみを手に持って眺めることにした。
護身用に、と警察から借りたものだ。危ないときは箱にこれを入れれば警察に伝言できる。
そしてこのぬいぐるみはかわいい。癒される。ケンカになっても、これを見せたら落ち着くだろうか。
「俺が伝言で悪口を言ってたのは悪かったから許してくれ」
「いつもうちのお店の方がおいしいって言ったのは謝るから」
睨み合ってなかった。むしろ二人とも相手を怖がっているようだった。
そんなに怖がるくらいなら悪口なんて言わなければいいのに。どうして言ったのだろう。
二人とも自分が謝ることに精一杯で相手が何を言ってるか聞こえてないようだった。
このままだとお客さんが来なさそうなので、仕方なく仲介することにした。
表情の変わらないひよこのぬいぐるみをポケットに入れて、手を叩いて注目をこちらに集める。
「あの、二人とも謝ってますし、お互いに許してあげたらどうですか」
二人はキョトンとしたあと、お互いの方を向いた。
「俺は許すよ、俺も悪かった」
「私も悪かったし許すよ」
うんうん。これでなんとかなったみたい。
思っていたよりもすんなりと解決した。
「お嬢さんを巻き込んで悪かったな。それじゃあ」
「ありがとう。もうこんなことを頼むのはやめるよ」
そう言って二人は一緒に店を出て行った。
もう来ることもないだろう。つまり、常連さんを二人も失ってしまった。依頼の頻度もそれなりに高く、いいお客さんだったんだけどなあ。
二人ともすぐに和解していたし、帰るときは一緒に歩いていた。大ごとにならなくて良かったが、でもなんでお互いに悪口を言っていたのだろう。二人が店から出て行ってから考えているが、納得のいく答えは出ない。
なんとなく、ポケットに入れたぬいぐるみを取り出す。この子の出番はなかった。
「君はどうしてかわかる?」
返事はない。
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