第9話 ちくわぶ
「南蛮がまずい?」
食堂のご飯に期待しすぎたのか根本的に南蛮の作り方をミスったのか、結構ウチの学校の食堂に文句を言いに行くような生徒はいるがご飯の量が少ないとか味噌汁の具が少ないとかそんなものだ。
「南蛮酢間違えたとか」
「うーんなんじゃろ……酸っぱいし甘みも有るんじゃけどなんか全然違うこれじゃない感がなあ」
あとサクサクしとらん、と千堂は箸でチキンをつついてみせた。 しなしなの衣は目一杯にタレを吸っているためか食感は食欲をそそるほどではないらしい。
「あと心なしか味噌汁もあんま美味しくない」
「あー味噌汁の愚痴はよく聞くよね、でも文句言っちゃいけないんだぞ千堂。 食堂のおばあちゃんは胃袋だけ無駄にでかいバカのために血みどろ流してんだから」
「吐いてないでしょ」
汗水で抑えてくれ。
「うわーまじでどうしようなんか勝手にハードル上げとったけんすごいなんかもう……はあ」
「やばいよ文、千堂がアンダーマインだ。 このままじゃあ名前が百式くらいにランクダウンしちゃうよ」
「十分強いよ」
「うわーもうどうしたらえんじゃろ」
私たちの想像以上に落ち込んでいるようだ。 でもコレはなんとなく分かる。 姉がバカみたいに嘆き藻掻きながらリビングでイケメンが戦うゲームのレアガチャ回しているときにこうなっていた。 当たったのかそうでないのかすら分からないその表情は生きてるのに死んでいた。 精巧な人形のように身動きせずひたすらに沈黙を受け入れ
私はギャンブルに挑戦する時点で勝敗のない平等な敗者に成り下がる行為だなと大敗する姉や菫をみて学んだ。
しかし今回の千堂は実に可哀想だ。 なにも解決策がないのだから
「昨日のほうが美味しかった?」
「うん。 ごっつ美味いんよ、なにが違うんじゃろ……口に入れた瞬間に南蛮て感じはしたんよそれでも昨日食べた南蛮とは似ても似つかんのんじゃ」
「聞いてみるか」
箸が進まないのか最終的に二口ほど口に運んだその定食を菫に託し顔を机に突っ伏させる千堂を横にまーちゃんに連絡を取ってみる、多分教室で食べていると思うのでスマホはいじってるとおもわれる。
実際,既読はすぐ着いたし返信も大好きな料理の話題だったので誤字・脱字はあれどかなり早くて完結的な内容が送られてきた。 まーちゃんのことだから一回、深呼吸を挟んで送信したんだろうなー微笑ましいぜ
「えーと『食堂の南蛮は揚げ置きしているので注文からレンジでアップ……チンかな? したものをタレにつけているから肉汁も冷めてあまり美味しくないで!』だってさ」
「まじでか」
「うわこわいな」
重力に負けた長髪からにゅるっと横に旋回させて顔がでてくるので普通にトラウマ回だぞ
「あと『味噌汁は大きな釜で一気に煮たせているから味噌の風味は飛んでてあんまり美味しくないのは当前やで! ときどき昆布も取り出さずに入れっぱなしで磯臭いときもあるからほんまにおすすめはできひん』らしい」
「そのまーちゃん大阪弁なん?」
「私の妹」
「絶対嘘じゃがな!?」
「だから訳ありっていったじゃん」
「ああ」
菫の一言で大体察してくれたようで助かる。 話が早いとただでさえ面倒な説明を繰り返さなくていいが菫みたいな頭フィナンシェ(菫が困ったとき,阿呆になったときに発動する形態を私はそう呼ぶ)で苦労したものだ。
「再婚なんだよね、まだしてないけど、私が高校卒業したら母さんと籍を入れるからって話。 だから今はまだだけど一つ下だしまーちゃんは妹」
「了解じゃ」
「助かる」
うどん美味っ
よく噛んで味わうなんて毎回してないけど今回の千堂の件でなるほどと心の中でポンっと手の平を叩いてみたり、食堂のご飯はそこそこだが私には美味しい。 もちろん妹の作る手料理もだ。 姉が作るダークマターに比べれば口に入るだけ消化できるだけマシだ。
舌が肥えていると安価な食べ物は受け付けなくなるのだろうか
ここからは考察だが千堂はそこまで食に対して関心がなかった。
だってまーちゃんの料理が美味しいからって泣くほどではない、同じ高校生でしかも歳下の妹がお店に出せるレベルの料理を作れるのには感動した、でも泣くほどではない。
菫が朝早く私の家に遊びに来たときなんてインスタント味噌汁と適当なケチャップライスに目玉焼き乗せただけなのに「食べる?」と聞いた菫の反応はもう、すごかった。 いままでにないほどの不気味さを醸しながら完食して最後には拝み、食器を撮影して待ち受けにしようとする始末だ、もちろん全力で止めた。
そうみると千堂も菫も嬉しい出来事に出くわしたときの反応が少し似ていて面白い。
そう思うのはそもそも私は泣くほど嬉しいことに出会えていないのかもしれない。
わかめと一緒に啜った汁を飲んでいると机においたスマホが振動してまーちゃんからラインがきた。 どんぶり越しにながめると内容は
『今日はごっつ大量に作るけん、昨日の人も呼んでええで!』
サーモンをむさぼるクマのガッツポーズスタンプ付きだ。 相当気に入ったんだろうな、そういえば最初の頃は大げさなくらい美味い美味いとはしゃいでいた菫もいまではうん、美味い美味い レベルだ。 完全にまーちゃん肥ええを起こしている。
私は味の感想を聞かれても菫みたく無難に美味しいとしかいえないのでもし今日も千堂がついてくるなら食レポと豊富な語彙力を存分に発揮してまーちゃんを喜ばせて頂きたい。
あのあと千堂が帰宅した後のまーちゃんは上機嫌に鼻歌歌って食器を洗っていた。
いつもなら洗うのは作って貰った恩義として私と菫がするのに
それがちょっとうらやましくみえた。
私にとっての嬉しいこと、なんだろうなあ……
お姉は「失ってから分かる」とグラスにコーラをロックでキメながらうざいなーうざいなーと聞き流しながした結構真理だ。
でも高校生にとって失う物なんてそうそうないのではなかろうか、寂しくない私は今のうちにそう思っておくのです。
「千堂、まーちゃん
「え、まじでか」
「今日もくるの千堂、まーちゃんにデレデレじゃん」
「いや、まともに話したことすらないわ」
「じゃあ来る て送るね」
「あーちょっと待って」
「なんか用事あるの」
「ぜってー暇じゃん千堂」
「まあ、うん。 ええか、行かせて貰います」
深々とお辞儀、律儀だ。 でもコレはスマホ越し、もっといえば私をすり抜けてドア越して階段登ってドア突き破った先の教室で弁当を口に運ぶまーちゃんに大してだろう。 律儀だ。
「でも悩むこととかあった? 別に昨日のことはちゃんと千堂が帰った後にフォローしといたけど」
「いや、問題はそれじゃなくて放課後なんよ」
「……なんかあった?」
菫が不言にこちらをみるが別になにもないはずだ。 クラブ活動は面倒で二人一組の片割れに任せて顔もだしてないし委員会も言わずもがなだ。
「いや、あるやん。 菫は関係ないけど」
「え仲間はずれにされちった」
「まあ、だいじょぶでしょ逃げ足最速だから」
「さっすが元バスケ部の文可愛い!」
ぶりっこポーズやめい
「あー、天空自分完全に忘れとんじゃろうけん言うけど持ってきてないじゃろ」
「なにを」
はあ、と千堂のため息。 ちょっとイラッときたがそんなもの一瞬で風化する。
「白瓦にプリント」
「あーーーーーーーーーーー」
「なにそれ」
私は灰になるのでした。 がびょーん。
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