第8話 昨日の鳥は今日鳴くとはかぎらん

 昨日のご飯は絶品じゃった。


 暗黙の了解というわけでもないのに何故か一番後ろの窓だけ開けられた教室で過半数が体育に全力を捧げたせいか力尽きて机にくっぷしていた。


 はっきりいって授業中に寝てしまうという一部のあるあるを理解できんかった。

 

まじでそんなことするやつおるん? おった。


 それも過半数。 高校てこんなもんなんやなーて


 それにしても昨日のご飯は美味かった。


「はいここテストでひっかけ問題で出すから今覚えとかないとしらないからなー」


 窓の向こうをみても成績は上がらないことをわしは知っていたからそういうお得とかバーゲンセールみたいな言葉には弱いんよ。


 今日は特に集中力に欠ける。 なにをやっても上手くいかないというわけではないが前の時間の体育も「やる気がないのなら」と一喝された。


 昨日の南蛮が美味しかったなあ


「じゃあ消すぞ~」


「ああぁ……アカン!」


 教員が黒板消しを大きく振りかぶりわしはおおいに反応を見せた。

 あまりのお声に寝てた奴から怒りを買ったような視線を向けられるがそれは別にいい、それよりもいまここで大事なテストの点を拾い損なうほうが痛かった。


「えらい恥かいたわほんま」


 運動もしてないのにぞうきんを絞ったように汗が少しだけでてきて、あんま頑張んなや細胞、と注意喚起してみたり


 なんでこんなにも散漫としとんか


 ……南蛮が美味かったからやろなあ


 □□■□□■□□■□


「あ、千堂だ」


「げっ」


「『げっ』とはなんだ『げっ』とは」


「ゲットだぜ」


「絶対言うと思うたわ」


 菫に見つかったのが運の尽き、食券売り場の前で黒板に書かれた方程式を解くように思考張り巡らせてます。 て感じで千堂が我々の行く手を阻んでいた。


「どうする菫、このままじゃ私たちご飯食べれないよ」


「埋めよう」


「お前の選択肢の幅、狭すぎんか?」


「へ、ゆるしてくれよおとっつぁん。 こいつ今埋めるのがブームなんだ」


「スコップは農業科の倉庫からぱちるのが予算も抑えて時短になる」


「RTAすんな」


 そういって財布の紐を結び直してわざわざ私たちの後ろに回った。


「買わないの」


「いや、悩んどんよ。 いざ食べようとメニューみてみたらなあ」


「菫、先に頼んどいで。 千堂は普段は教室なの」


「ああまあ、うん、そうなるな。 普段はパンやねん、今日はなんか無性に食堂のご飯食べたいというか」


「へー」


 五百円を投下してドリンク付きのうどんをポチッと。

 コレが一番お得な気がするし他人はいいけど外食とかで悩むのが結構嫌い寄りなので食堂ではずっとこのセットを注文している。


 ドリンク付きだとお得になるわけではないのだけれど、イチゴ牛乳は食堂内の冷蔵庫に保管されているため食券を渡したときにおばあちゃんに牛乳かコーヒーか聞かれるのだ、イチゴは多分、人気がないので隠しコマンドになっている。 知らないおばあちゃんなら探しもせず「ない」と一蹴する。 そういうときはこちらも面倒なので「コーヒー牛乳で」と解決。


 自販機で売ってくれればいいのにうちの学校は白ぶどうとかアロエとか、そんなものばっかり自販機で販売しているのだから、分かっていない。


 われわれ学生は給食でなにを愛飲していた? つまりそういうことだ。


「南蛮あるよ、ここ」


「マジでか」


「早っ」


 千堂の後ろに新しく並び始めたのでなんとなくで選択肢として伝えたのだけれど、言うが早いか即座に押していた。


「美味しかった? 昨日の南蛮」


「まあうん……ごっつうまかった」


「泣いてたもんねえ」


「勘弁して欲しいんじゃけどな……」


 おでこに腕を添えて思い出した記憶痛みが治まるようにしている姿はさながら夏の祭りのかき氷。 いつものおばちゃんがカウンターで待っていたので「いちご」と頼むと「他のもあるのに」といつもの常套句を述べて渡してくれた。


 うどんが茹で上がるまでまだ時間はあるけど、イチゴだけ受け取って席を確保してくれている菫の所に向かう。


 今日は千堂もいるから会話が混沌としそうだ。


「何頼んだ?」


「うどんといちご」


「好きだねえ、千堂は?」


「南蛮定食」


「好きだねえ」


「いや好きやけども」


「あ、すまん千堂」


「なんじゃ」


「昨日のことなんだけどさ……イジっても大丈夫?」


「律儀やな! いちいち聞くなや! 察せや!!」


「ふぅ~!! 好きだねえ!!!!」


「お前ほんましばくぞ」


「仲良いねえ」


 まーちゃんにさえこんなにぐいぐい行かないのに相当気に入ったのか


「付き合えばいいのに」


「うっわないわ天空それだけはないんじゃけど」


「そうだよなんで千堂なんだよ私はもっとノリが良くてふざけても面白い返球してくれて髪が長くてなにかに没頭してる時の顔が素敵なノリヨリストなひとがドストライク」


「千堂じゃーん」


「まじか菫ごめんけど受け付けんわ」


「あー!! 千堂のくせにお前なんか今日から桁減らして十堂! 柔道どすこい! ドーン!!」


『82番 やきそばセット』


「取ってくる」


「うい」


「あいつほんま蕎麦好きじゃな」


「無意識らしい」


「怖」


「うどんまだかなー」


 イチゴ牛乳も飲み干してしまったのでうどん待機。


「なあ、天空。 自分ら結構長い付き合いなんか」


「中学からだよ、一年から同じクラスだったけど仲良くなったのは二年からかな」


「そんなことあるんやな」


「というと?」


「てっきり自分ら化学反応でも起こして三年間ずっと仲良なかよーはっちゃけとんかと思ったわ」


「千堂には私たちがそういう風にみえてるのか」


「いや、みんなそうみえとんじゃないんか? 丸は容姿だけは近づきにくいオーラだしとるし、アホじゃけどべっぴんやん」


「べっぴんて」


 普通そこは美人とかいうんではないだろうか


「でも分かるなあ、中一の時はなんか一匹狼てわけじゃないけどモデルみたいでとっつきにくい感じが……」


 そういえばいつから私たちは仲良しなんだろう。


 一匹狼もどちらかというと私がそうだった。 特別毛嫌いする同級生がいるとか触れる物みな刃とか、そんな距離感を作らなければならないほど嫌悪する人間はいなかった。


 ただ真逆に特別仲良くすることもないよね、とは思った。 グループ活動もなんてことない話で盛り上がったり、それで放課後カラオケに誘われてお通夜にしたとかもないし、別に友達以下はいなかった。


 ただわたしのなかで友達の規定ラインが独特で、友達以下はいても友達だと思っている人はいなかった。


 どうして菫とは一緒にいるんだろう。


 思い出すのも億劫だ。 


 別に嫌いじゃないし、菫のこと。


 彼女は友達だ。


「帰ってきたで」


「すっごい不機嫌だ」


 お盆に湯気の立つ焼きそばを載せた菫はわっかりやすいというか反応して欲しいですとっておきのネタ思いついてるんでて顔してる。 私には分かる。


「どしたの」


「もー聞いてよ紅ショウガがすっごい少ないの鰹節が勝ってんのこれじゃあ白旗の白しょうがg──


『83番 うどん 84番 南蛮定食』


「取りに行こ」


「そうじゃな」


「アアアアアアアアアアアア」


 うるさかった。


「天かすいれへんの」


「カロリーおばけじゃん」


 ごく稀にこの学校の食堂ではイカの欠片が天かすに紛れ込んでおり男子諸君は懸命に刻みネギ置き場の天かすコーナー奥地にむかうのであった。


 ようするにめんどい。 平気でどろどろに茹でた状態で提供してくるのに悠長に行列に並んでられるものか、汁を吸った油の塊なんて体に悪すぎる。 気分が優れない状態で体育とか地獄でしょ? そもそも見学人間の私には運動は不釣り合いなのだけれど


「菫なら並ぶけどね」


「あーなんとなく分かる。 あいつドリンクバーでゲテモノ作るタイプじゃろ」


「あれ美味しいのかねえ」


「わからん、聞いてみたら」


「覚えてないけど濁った味がするよ」


「だそうです」


「阿呆にしかワカラン味なんやなあ」


「てかなんで千堂が文と一緒に座ってんのさ。 文の特等席となりは私のなんですけど!?」


「ごっつ美味そうやな」


「まーちゃんのは唐揚げみたいに沢山揚げてたけど食堂ここのは一枚丸々揚げてるんだね」


「あー!! 文が無視するー!! 私としゃべってたのにー!!」


「はいはい焼きそば冷めるよ、菫」


「もう食べたしっ」


「残ってるじゃん」


「残ってないしっ」


 あ、めんどくさいやつだこれ。


 ときどきこうなる、自分はよく告白されるくせになんの因果か地雷を踏んで私が登山部の副部長に告白されたときしょうもないことを何度も聞いてきた。 最後はめんどくさくなって雑に菫をあしらったがそこから一週間くらいこちらから宥めてようやく期限をエスカレーター形式に直していってくれたけど、本当にこの状態の菫は面倒だ。


「……あのね菫」


「何」


「私は特に何にも考えずに生きてることくらい知ってるでしょ、ずっと一緒だったんだから」


「そりゃあ、まあ」


 よしよし


「菫には自分なりのルールがあるのも分かるよ、でもそれじゃあ飽きちゃうじゃん」


「私は飽きないよ!」


 机に手を叩きつけて立ち上がるので食堂にいた生徒は反射的にこっち向いてくる。 この様子だと背中に感じるこの視線も勘違いじゃあないんだろうなあ。


 菫のポリシーは私には分からない、でもそれを別に分からないで済ませてはいけないなんて思っていない。 菫はそれを怠惰と言うのでイラッとしたことがある、だって端から見たらクズ男と依存したどうしようもない女みたいなんだもの


 まあまあ、と着席を促すと素直に座ったけど不満げだ。 咳払いを一回して菫の名前を呼んで話を続ける。 ちゃんと目を見れば私が真剣なことはちゃんと伝わるので

 こちらもこれ以上、油を注がないように注意して伝える。


「私は飽き性だから適度に新鮮でいたいの。 いつもみたいに隣で話すのもいいけど

 こうやって正面から菫を見て話すの私は好きだな」


「文……」


「菫にはいつも笑顔でいて欲しいな」


「~~~~~~~っっつ!!」


 ハイ、オワリ。 何言ってんだわたし、ほんとはずかしい。


「ほらご飯食べよ」


「た・べ・るうううううう!!!! もう冷めてても全然いっちゃう! 喉の滑り悪いけど秒で流す流しちゃう」


「なんでちょっとおねえはいってんだよー」


「えへへtr えへへへへへ~」


「はいはいわかったから千堂くらい静かに食べ……千堂?」


 そういえばツッコミ担当──後で怒られるだろうな──の千堂がなにも言わないのは食事に夢中なのかとみてみるが、箸が全く進んでいない。 千堂とその周りだけ静止しているようだ。


「……が……じゃ」


「はあ」


「ワンモアプリーズ」


 マイクで音声を拾うように菫が向けた箸の先をヘビのようににらみ付けることで菫ですらたじらわせるその形相は私たちの未来を恐ろしく変化させる。


「南蛮が……どえらいまずいんじゃ」


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