第7話 底辺にしてカス

山吹やまぶき蘭花らんかさん」


「そう山吹やまぶき蘭花らんか


「ここの家主にして頂点」


「そんで家主様より先に居座ったおまえらは何なん」


「「先輩と後輩」」


「んいやその隔たりで入室を促すわけにはいかんやろ」


 アホ二人丸と天空を壁にして姿を隠す山吹さんが痙攣のように体を震わせる。

 彼女からすれば完全初見のわしが突然玄関開けてる訳やし軽くホラー

 逆にわしからすれば二人がこの空間にいるのが前提のように感じ取るわけじゃからソコを解決したいところではある。


 でもその前にこいつらから納得の解を貰わにゃならん


「なんなんこう……関わった以上ははっきりしたい。 どういう関係なん」


「先輩と後輩」


「以上以下なし」


「おまえらでは話が進まんいうことは分かった……山吹さん」


「!?」


 余計に隠れてしもうた。


わりいな千堂。 こいつスニッカーズないと陰キャになるんだ」


発動条件トリガー取るに足らなすぎるじゃろ」


 食ったらドア越しに会話できるくらいにはなるんじゃろうか


「……で…………です」


「ん?」


「せんぱ、いとこうはい、です」


「マジでそれだけの関係で部屋に入れとんか!?」


 ろれつが回っとらんから上手く聞き取るには集中が必要なほどにか細い声で山吹さんは顔まで火照らせてちょこちょこ目を合わせてくれてはすぐに視線を外してアホ・ウォールに隠れる。 このまま会話が進まん場合はそのちゃちな鳥かごに閉じこめられていた屈辱を思い出して貰うことになる。


「あっ、わたし、ご飯!」


「ご飯?」


「炊事なんで!」


 スカートの裾を張らせるように握りしめて買い物袋と共に山吹さんは一番重要なポジションに位置するというのに戦線を離脱した。


 おかげで取り残されたわしは翻訳と会話の整理に加え不必要なツッコミを添えながらこの二人のフルコースを味わうはめになるんか……


「すまん、千堂かくかくしかじかなんだ。 詳しくはまーちゃんのいないときにするから、今回は大目に見てくれ」


「はいわかりましたてならんのよ。 そりゃあな、丸。 あんまり他人の事情には入りたくはないんよ、でも状況だけ見たらおまえら二人が山吹さんをいじめて根城にしてるようにしか見えんのよ」


「なっ……んだと千堂、私たちがまーちゃんボコってぱしらせて写生のヌーデにしてもて遊んでるっていいたいのかよ」


「胸クソ系展開やめえや、天空あまそらはどうやねん」


「いじめてないしボコってないしヌードでデッサンもしてないよ。 飯は作らせてるけど」


「あれ、おまえらのために作っとんのかい」


 ぱしりやんけ


「それは違うぞっ ちゃんとお金払ってるし、まーちゃんが好きでつくってるんだぞ! 」


「三人前しか作ってないんですけど、いいですか?」


「わたしソバ食って腹、限界」


「お前ほんっまクソやなっ!」


 山吹さん、こいつらに向かって話すときは普通なんやな、これを人見知りというんやろうなあ。 そんで丸はほんまクソや


「あー!! 私だって好きで蕎麦食ったわけじゃないし! 千堂が私をコンビニに導かなかったらナー! おかわりシナカタノニナー!!」


「人のせいにすんなや! 引きずり回すぞ!? 天空動画撮んなっ!!」


 丸はファイティングポーズ取って顎しゃくらせとるし天空は外野担当のために帽子かぶってタオル首にかけて「3・3・4! 3・3・4!」 阪神関係ないやろ


「文……頼みがある……この決闘デュエル俺への助言はしないでほしい……オレ自分の力で勝ちたいんだ……文!」


「いや城ノ内!! どこまでも城ノ内!!」


「……おう!」


「天空、お前それ絶対ネタわかってないやろ」


「隙あり」


「危な!」


 なんと丸はすかさずと手刀突きを放ち反射的に避けることはできたが──代わりに綺麗なカウンターがいい感じに入った──あいつのやたらスレンダーな腕は見事に引力で一度、回避した咆哮とは逆へなびいた髪ををからませた。


「いだだだ、痛いんじゃアホ!」


「うぐぅおお痛ぇ……お前の血は何色だあ!?」


「緑」


「赤や! 天空てきとう言うなや!」


 カメラ回してた天空飽きとるやないか


「くらえ必殺ジャイアントブォッッッッ!!!!!!」


 なんか尺長そうやったから普通にしばきました。 ハイ。


 そして無駄に加速を付けて吹き飛ぶ丸はそのまま人様の畳んだ布団に突進。 開けられたままの押し入れ下段に潜り込むときに頭を地味にぶつけてたのをバレないように誤魔化しながらヤムチャのポーズで一人「痛てぇ……」と傷を舐めとったことをわしは忘れない。


「口切った?」


「鉄の味がする」


「人間アピすんな! どつくぞ!」


「もう殴ったじゃんもう殴ったじゃんもう殴ったじゃんキー!! だったらとっておきの冷血殺法みせてやんよ」


「無理だよ菫じゃ。 諦めよ?」


「私を呼んだかね」


「あー、その声わー」


「そう、ロビンマスゥ!」


 正義超人が現れた。 しかし丸、本体にただ紙製のお面を装着させただけなのでささやかな防御力の上昇と視界の悪さを手に入れただけや、釣り合わんやろそれ


 そして奇声を発しながらロビンマスクはキッチンinからのoutでどこからか、まあ冷蔵庫なんじゃけど、袋に入ったパンパンの氷を持参してきた。


「喰らえ必殺アイスロック──あ」


「んぶ」


「あー!!」


 襲い来る激痛。


 咄嗟に顔を押さえ耐えきれずしゃがみ込んでしまう。 氷袋は遠心力を添えて丸の腕をすっぽ抜けてわしの顔面に直撃したことをなんとか理解した。


 なんやこれクッソ痛い、もしこれが冷蔵庫で製氷したもんじゃなくてコンビニのガチガチの……まさに氷石アイス・ロックだったら死んどったぞほんま


 そして申し訳なさそうにやってくる丸。


「あー……ごめんちゃい」 渾身のてへぺろ


「……アイスロックジャイロオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」


 丸は死んだ。


「ふぅ」


 気分は正月元旦の新しいパンツ。 邪悪を討つのは気分がええな


「あっ、ごはんできたんで、そろそろやめてもらえると」


「うわ、美味そ」


 山吹さんがお盆に載せて持ってきたのはチキン南蛮にもりもりの千切りキャベツ、その鶏肉は南蛮酢をよく吸っており、タルタルソースも玉ねぎと卵がゴロゴロしとってそれが白米とセットでかきこみたい欲が抑えきれず唾を飲む。


その香りは胃と鼻腔を刺激し唾液腺は異常なほどの反応を見せる。 これ以上はアカンと視線を外してよだれとか溢してないか確認して安堵。 


あとからやってきた味噌汁もまたとんでもないええ風味をこの狭い六畳間の部屋を満たした。


「大丈夫ですか菫先輩」


「気持ち悪い吐きそう」


「一人前余るね、食べる? 千堂」


「ええんか!」


 あかんガッツいてしもた


「千堂が食べるなら私食べる」


「なんやねんそれ期待させんな」


「食べたいんじゃん千堂」


 しもた


「くぅう……食わん! もともとわしじゃなくて丸と天空に作っとるんじゃけん。 わしはええ」


「食べれますか菫先輩」


「残しちゃうでしょ菫、千堂にあげるよ」


「畳に額こすりつけながら今回の悪行全部償うなら……」


「ブラジルまでぶっ飛ばすぞ」


 そうやってなんか申し訳ないことにお茶まで入れてもろてちゃぶ台を方位する座布団に腰下ろして……あっごっつええこれ、わし洋室暮らしじゃし畳の匂いだ疎林感覚で苦手なんじゃけどええな落ち着いたらなんか一気に雰囲気好きになったかもそしてご飯山盛りデ定食屋さんみたいやな、ええな~こういうの。 スポーツ会計の男子共がね、よくSNSで放課後に定食に行くやつ、座敷にでっかい炊飯器があってそこのご飯おかわりし放題でな、わしやとめったに無理やなーて、綺麗な三角食べせな失礼やってくらいうまそうや


「ほな早速いただきます」


 すでに食べ始めている天空は丸に南蛮食わせてて胃袋によゆうあったんかいてね、山吹さんは味噌汁を飲んどる最中にこっちがお辞儀してしもうたから咄嗟に傾けてた汁椀とセットで頭下げてくれてほんまに律儀というか、はっきりいって丸空コンビが無理矢理居座って飯まで作ってるようにしかみえんからなんかどうなんやろとも……ダメやこれ以上は胃袋がギリギリ限界パワーや、まずは味噌汁から……ごっつええ香り~!! なんやこれ


「あっあかん」


「うお、どしたー千堂」


「……大丈夫ですか」


 仰げば、尊し。


 天井を眺め取った。 本能というか生き様というか、いまわしのこみあげた涙でせっかくのごちそうを汚すわけにはいかんかった。


「泣いてんの?」


「ちょ待って」


 なんとか堪えて、戻ったけど、こんなに暖かいご飯、10年ぶりくらいやった。

 いっつもパンとかおにぎりで自炊にも興味持たんかったし、憧れるだけで外食もせんかった。     


 このご飯を当たり前のように口にするのが当たり前なんかもしれんけど、わしにはもうずっとそれが欠如しとった。


 それをまさか人様の、それも後輩の家を自社用車みたいに平然とはっちゃけるようなやつらのおるこんなところで取り戻すとはおもわなんだ。


 どないしよこれ……二口目いけるか


「あいませんでしたか?」


「いやごめん、ごっつ美味い、美味しい。 はあ……あかん」


 ご飯に手を付けようとしたところで押さえ込んだこみ上げたもんが

 また戻ってきて箸が止まる。 はたからみたら好き嫌いして嫌々食っとるようにみえとるかもしれんのが申し訳なかった。


「うまい……ごっつ」


「……大丈夫か?」


 丸に背中撫でられたところで限界やった。


 ご飯を平らげたところまでは覚えと取るけど、恥ずかしくてうずくまってなんいも見えてない。 暗闇が気がつけば照らされた星空に変わったところで吹き飛んだ過程を脳から引っ張り出そうとしたけど、ほんまのほんまにあいつらに二度と顔を出せんくらいには顔が赤くなるから考えるのをやめた。


 完全にアタマおかしい子とおもわれたやろなあ……後輩ちゃんにはどうやって謝ろうか


 もう涙はでないのにとりあえずずっと空を見てる、スマホがずっと鳴っとって、天空とは連絡先交換しとったし、あれで結構ええところあるし心配して連絡してくれとんかもな。


可能であれば明日、合うまでの猶予で今の自分を払拭したいけどその期間ずっと天空が不安になるんもあれじゃしな、空を見上げたままスマホをスワイプして耳にくっつける。


「あー……きょうは」


「お前今どこにいんの」


「       」


「おいせ──


「ふぅ……」


 白瓦やった


「かーえろ」


 明日は雨が降ってしまえばええのに

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