5-a

 雨雲もなく、良く晴れた一日だった。

「なんか私ばっかり買い物して、ちょっと悪い感じがしますね」

「いいよ別に、全然」

 私と光は駅を目指して歩いていた。休日を利用して、電車で少し遠くの街まで買い物に来た、その帰りだった。

「あの服、雨坂さん似合ってましたから、買えば良かったのに」

「そうかな」

「そうですよ」

 そっか、と私は言う。

 光は柔らかいベージュ色のカーディガンを羽織っていた。袖でほとんど隠れた右手には服が入ったショッパーがぶら下がっており、歩くたびに長い影がアスファルトの上で揺れていた。日没もそう遠くないだろう。

「最近は涼しくなってきましたね」

「ね。過ごしやすくていいよ」

 梅雨の気配はもうすっかりなかった。夏にはないからっとした風が、色を変えつつある街路樹の葉を揺らしている。全体的に気候が秋めいてきていた。

「そういえば、オープンしたらしいですよ」

「え、なにが?」

「水族館ですよ。ほら、前にうちに泊まったときに話してたやつです」

 あー、と私は言う。

「そんなの、あったね……」

 水族館は忘れていたが、あの日のことはよく憶えていた。忘れられない、という方が正しい。

 あれ以来、私は、時間が癒やしてきたもののことを考え続けている。

「結構すごいらしいですよ、というか、新しい水族館というだけで良いですよね。いつか行きたいなと思うんですけど」

「うん」

 あの日何かがあったというわけではない。あの後、光がつくったご飯を食べて、適当に動画を見たりゲームをしたりして、用意された布団に横になって、少し適当に話をした。それだけだった。

「なんか、めちゃくちゃクラゲがいるらしいですよ。雨坂さん、クラゲとか好きじゃありませんでした?」

「うん、好きだよ」

 ただ、あの時に聞いた、窓ガラスに跳ね返って届いてきたあの声。私はそれについて考えて、やがて、公園のオブジェを思い出したのだ。あの光の声は、オブジェの穴の中で私がようやく絞り出した声に、よく似ていた。

「でしたらその、明日どうですか?」

「──うん」

 それから私は、時間が癒やしてきたもののことを考え続けて、

「雨坂さん?」

 ふと、思考が中断された。光が立ち止まって、私の服の袖を掴んだためだった。

 えっと、と私は言う。

「ごめんぼーっとしてた。えっと、何がどう、って?」

「水族館ですよ」

 そこまで言って、光は袖を掴んでいた手を離して、落ち着かない様子でショッパーを持つ手を入れ替えた。

「そっか、水族館か」

「で、どうですか。雨坂さんが良かったら、明日」

 私は何となく遠くの方に目をやった。ここから件の水族館は見えない。ただ、地平線に迫る夕日が見えるばかりだ。

 私は目を細めてそれを見つめ、

「そうだね。行こうか」

 ほんとですか、やった、と光は言った。伸びきった人影が大きく揺れる。日没が近い。


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