4-b

 交互に踏み出されるゴム製の長靴が、畦道に深く積もった雪をかきわけて進んでいく。

「雪すごいねー。今日こんなに降ると思わなかった」

 そうだね、と私はぼんやりと答える。

 大気中を隙間なく埋め尽くすような雪だった。ひとかたまりが大きくて、ふかふかとしている、高さを伴ってずんずんと積もっていく感じのやつだ。どうやら昨夜から降り続いていたらしく、朝にはこうして通学路を真新しく舗装していた。

「既に結構積もってたけど、こりゃスノトレじゃもう無理かな」

「長靴でいいじゃない。楽だし」

「歩きにくくない?」

「そう?」

「あとうちにあるのあんまり可愛くないし」

「楽でいいと思うけどなー」

 雪が積もった道を歩くときは、前の人が通った足跡をぴったりとなぞっていくのが基本だ。丁寧に歩けば長靴でなくとも雪が入ることがないし、雪の抵抗を感じることもない。しかし、今日ほど沢山降ってしまうと、前日までの足跡はちょっとしたくぼみになって消えてしまう。光が履いているのは長靴よりもいくらか短い冬用の運動靴で、まっさらな雪原を開拓していくには心許ない装備だった。

「あけのちゃんもっと足跡大きくしてよー」

「そりゃ無理でしょ」

 私は長靴なので、つま先で雪を持ち上げるような格好で雪原を開拓していき、光はその足跡を雪を崩さぬよう真上から丁寧に踏んでいく。

「うー雪入った」

「止まる?」

「一回入ったらもう何でもいいからいい」

「りょうかーい」

 昨日もこんな風にして歩き、同じように光は靴への雪の侵入を許したのだった。流石に替えの靴下ぐらいは持ってきているのだろう。多分。

「うー足気持ち悪い、冷たい」

「私は普通に寒い」

「寒いより冷たい方がつらい」

「そっちは自業自得でしょ」

「あけのちゃんも耳当てとかすればいいじゃん」

「まあ、それはそう」

 寒いのは苦手だったが、冬は、というか雪は好きだった。積もっていると綺麗なのもそうだが、降りしきっていると遠くが見えなくなって、更に静かになるのが特に良い。今だって、私と光の他には誰も見えず、何も聞こえない。

 あー、と光が言う。

「山、もう真っ白だね」

 私は足下から視線を上向ける。降りしきる雪の奥に見える山は確かに真っ白だった。とはいえ、地上でこれだけの雪が降っているのだから、随分前には白くなり始めていたことだろう。単にこれまで気が向いていなかっただけだ。

「あのときもこれぐらい降ってたかな」

 いつのことを言っているのかはすぐにわかった。

 いや、と私は答える。

「多分ここまでは降ってなかったと思う。いやでも、木の下を歩いていたわけだから、わかんないか。どうだろうね」

 あのときは夜で、今は朝だ。降雪の見え方も多少は変わってくるだろう。

 しかし、こうして改めて思い出してみると、記憶は意外と曖昧なものだ。忘れることはないだろうと、あの時は思ったものだったけれど。

「また登る?」

 ぼんやり歩いていると、出し抜けに光がそんなことを言う。

 ふと立ち止まって、山を見る。あの時登ったであろう場所に目星をつけてみると、記憶にあるよりも随分と小さく見えた。美しい雪化粧のせいか、あるいは分厚いベールのような雪降りのせいだかわからないが、それは侵しがたく神秘的なもののように思われた。

 いや、という声が自然と口から出る。

「雪すごいし無理でしょ」

「だからこそだよ」

「はいはい、じゃあまずは学校に行こうね」

 そう言って、私は再び歩き出した。少しして、後ろをついてくる足音が聞こえ始める。

「でもまた行きたいね」

「いつか、ね」

 私は両手で口元を覆って息を吐いた。そういえば手袋をしていないな、と思う。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る