3-b
詳しい日付など覚えていないが、とにかく春だった。
今日の通学路は人生でも一番新鮮なものだ。等間隔に植えられた桜の木はどうしても華美すぎるきらいがあるが、それでもやっぱり綺麗だった。前を歩く光が、天気が良いことを全身を使ってこれでもかってくらいに喜んでいる。ぴかぴかに見える制服のスカートが、負けないくらい賑やかに踊っていた。
「こうも桜が咲いてるとさ、こういかにも春!感があるよね。圧がすごいほんと圧が」
「なにそれ……まあわかるけど」
まあ綺麗だからいいけどね、と光は付け足す。本当にね。
「短いものだけどね」
「まそういうもんでしょ――人多」
光の言葉に、私は光が向いている先に視線をやった。
ずっと横にあった白い塀が途切れて、そこには校門があった。校門を入った先の広場の中心にはこれまた大きな桜の木が植わっていて、巨大な生徒の波にも微動だにせず立派に空に伸びていた。
「うわ、ほんとに多い」
「この田舎にこんな大勢の新中学生がいるかね」
「実際いるからね……」
「お、あそこ何かやってるのかな」
光が言ったのは生徒玄関前にごった返す人の群れのことだった。あれはおそらく、
「新入生のクラス分け?」
「それだ!」
光が天啓を得たかのように走り出す。私の左手は光にいつの間にか握られていて、スクールバッグに体を叩かれながら私も走る。
光が人をかき分けながら進んでいく。やがて掲示された紙の前まで行くと、目の処理能力の遅さにもどかしく震えるようにしながら、羅列された名前をなぞっていく。
「あけのちゃん!」
光が片手を高く挙げてこちらに向き直る。光は屈託なく笑っていた。答えは知れたようなものだ。どうやら結果は上々だったらしい。
「同じクラスだったよ」
「やったね。何組だった?」
「え……見てない」
「なにそれ」
あはは、と光が笑った。私もそれにつられて笑う。
光が私の目の前まで来て、こちらの両手を取る。もう背の高さが同じくらいだ、なんてことを私は思った。
「とりあえず、三年間よろしくってことで」
「……うん」
春の陽気と欠けのない晴天が、暴力的なまでの心地よさを私に感じさせていた。透き通るような陽光が桜を縫って光に降り注いでいる。軽やかな風が髪を揺らしてガラス細工みたいにきらめいている。
それは本当に美しくて、同じ分だけ喉の奥が苦しくなった。不用意な言葉が私たちをつなぎ止めるものをきっと壊すだろう。分かっている。そして分かっていることは何の慰めにもならない。どうしようもない。
「あけのちゃん?」
光の目が私をのぞき込んでくる。私はそらすように視線を上向けた。
「桜、綺麗だね」
そうだね、と光は言った。
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