2-b

 その日は休日で、時刻としては妙に暖かい昼下がりの頃だった。

 私は玄関の扉を開けて、先に光を中に入れてやる。

「おじゃましまーす」

 いらっしゃーい、という母の声がくぐもって響いてきた。それからどたどたという足音がして、リビングから母が出てくる。

「あら光ちゃん、また来たねえ」

「度々すみません」

「いいのよいいのよ」

 光が家に来るとき、母はいつになく明るく振る舞う。

「賑やかで楽しいわ」

 あ、と光が思い出したように言う。

「そういえば、この前もらったお菓子すごくおいしかったです」

「あらそんな、ありがとうねえ」

 光はぺこ、と頭を下げた。

「光さき部屋行ってていいよ、飲み物もってく」

 りょうかーい、と言いながら光は階段を上っていく。私は二人分の麦茶を注いでからそれを追いかけた。肘と体で自室の扉を開ける。

「おまたせー、って何してるの」

 光はベッドの下を覗いたり、本棚をつぶさに調べたりしていた。

「何か変なものとかないかなーって」

「ないよー、このおませさんが」

 あはは、と光は笑う。

 私は部屋の中央にあるローテーブルに麦茶を置いて、勉強机の上のドリルを手に取った。自然とため息が出てくる。

「それにしても算数の宿題多いよね」

「ねえー」

 ベッドの下に潜んでいるはずの何かを捜索していた光が勢い込んで上体を起こす。

「まあ早速やっつけますか」

 光は持ってきたリュックに手を突っ込むと、やがて二の腕が隠れるくらいまで体を入れ込んであれ、あれと言い始めた。光がわざとらしくこちらに向き直る。

「あれ、ない――ありませぬ、殿!」

「えっ、なっ、なにをしておるか、光!」

 束の間の沈黙があって、光はリュックごと倒れ込んで大きく笑った。

「あけのちゃん何か、必死……!」

 かあっと頬が熱くなる。

「し、しかたないでしょ。こういうの、苦手だし……」

 光は涙を拭いながらごめんごめん、と言った。

「まだ笑ってる……」

 あはは、と光はまだ笑う。私はもう宿題を始めることにして、ドリルを開いてとりあえず名前の欄に雨坂あけの、とだけ書く。

「はー本でも読も」

 今度はやる気のない起き上がり方だった。光はそのまままっすぐ本棚に向かうと下にあるものから順に物色し始める。

「宿題はー?」

「家かえってからやるー」

 はあ、と今度は意識してため息をついた。

「私も漫画読も……」

「不真面目だね」

「どの口が」

 妙に暖かい昼下がりだった。各々がベッドやクッションを背に読書にふけっていた。埃が秩序立って流れているような心地よい沈黙があった。それから結構な時間が経ち、光が出し抜けにあー、と言った。

「ねむくなってきた」

「うえ、早くない?」

 むー、と光はうなりながら勝手に私のベッドを浸食していく。そのままごろんと仰向けになると、狸寝入りか知らないがすこやかな寝息を立て始める。

「まあ、いいか……」

 寝息が聞こえてくるベッドを背に、私は読書を続けた。


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