2-a

 待ち合わせはいつもの場所だった。放課後、私が真っ直ぐ通学路を帰ることは日に日に少なくなっている。

 近頃は春らしく天気がころころと変わっていて、今日はまずまずという感じだった。空の半分を埋める雲には夕日の明かりがいくらか残っており、深い藍と橙が遠くの空で入り交じっていた。

 住宅街の角を曲がると、綴光の横顔が遠目に見えた。二つの高校のちょうど間ぐらい、公園の前の自販機が待ち合わせの場所となっていた。

 足音でも聞こえたのか、光はぱっとこちらを向いて駆け寄ってくる。

「こんばんは。雨坂さん」

「こんばんはー」

「今日は少し遅かったですね」

「ちょっと図書委員の当番があってさ、連絡しなかった?」

「まあやることもなかったので、待ってました」

 そう言って、光はいつも通り私の家の方へ向かって歩き出した。

「じゃあ、今日もお願いしますね」

「いや、それなんだけどさ……」

 私は光を追いかけるようにして歩きながら、言う。

「今日は何か、気分じゃないかも」

 えー、そんな、と光は言って、少し俯いた。前髪が夕日の残滓を阻んで、目元に影が落ちる。

 それからしばらく二人とも黙って歩いていた。光は一向にこちらを見ない。

 このぎこちなさは、「お願い」をされるときに久しぶりに会って以来のものだった。私が話すことを断るのも、これが初めてのことだった。特になにか理由があったわけではない。少し疲れてしまっただけだった。

「なんかさ」

 私が出し抜けに言うと、光は少し怖がるような様子でこちらを見た。

「どうなの、気持ちとしては」

「何がですか?」

「いやその、昔の自分のことを聞いてさ」

 光は考え込むように顔を俯けた。

「何というか、よくわからない、です」

 数秒の沈黙があった。二人の足音がその空白を埋めるように響いている。

「やっぱり実感みたいなものはまるでなくて、でも」

 それから光はやや語気を強めて、言った。

「聞いていて楽しいというか、自分事ではないんですけど、その、いいなと思うんです」

 いい、か、と思う。

「これだけ想って話してくれる人がいることが羨ましいというか、上手く言えないけど、色んな話があって、それが人に話されて、それってすごくいいなと思うんです。これはその、ただの私の気持ちなんですけど……」

 だから、と光は続けた。

「話してほしいです。私が聞きたいです。雨坂さんの……綴光の話を」

「そっか……」

 もう随分歩いていた。私たちを囲んでいた住宅はいつの間にか田んぼに変わっていた。この分ならもう少しで私の家に着くだろう。私はそこで昔の綴光の話をして、光は遅くなりすぎないうちに帰る。ここ最近はずっとそうしていた。

 まあ、と私は言う。

「それでも、今日は気分じゃないんだけどね」

 えええ、というこれまで聞いたことのないような光の声が聞こえた。

「え、もうでも着いちゃいますよ」

「なんかさ、食べたいものとかある?」

 光は意図を汲みかねているようだった。

「ご飯でも食べに行かない?」

 私は光に向き直った。私のつくった影が光をすっぽりと覆っている。光はスクールバッグを持つ手に力を込めて、

「行きたいです。行きましょう」

 私たちはちょうど差し掛かった三叉路で普段とは違う道へ進んだ。この中途半端な田舎の、繁華街に続く方だ。

 日はとっくに落ちきっていた。種類も知らない虫の鳴き声があたりに響いている。

「で何食べたい?」

「なんでも、です」

「一番困るやつ……」

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