第十四章 待ち合わせ

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左手の時計をチラリと見た葉月は単語カードをカバンにしまい、立ち上がった。

上目使いに追うサチコは羨ましそうに言った。


「又、今日も待ち合わせ?」

「ウン・・・。」


少し、はにかみながら葉月は答えた。


「じゃあ、あとでね・・・」

列車がN駅に止まると、葉月は軽い足取りで階段を昇っていった。


10月になって、やっと朝の空気がヒンヤリとしてきた。

駅の前のロータリーで両手でカバンを持ち、小首を傾げて空を眺めていると、男の声がした。


「よー、ネーちゃん。乗らねーかぁ・・・?」


ハンドルにもたれるようにして、男が白い歯をこぼして見つめている。

葉月は目を合わすと、含むような笑いを浮かべて近づいた。


「あーら、だっさい車・・・」


二人はくすっと笑うと、葉月は明の自転車の荷台に足を揃えて座った。

カバンをリュックのように肩にかつぎ、両手を明の腰に回してピタッと身体を寄せている。


「とばすぜ・・・?」

明がおどけて言うと「いけーっ」と声をあげて葉月が答えた。


自転車は大通りを滑るように走っていく。

冷たくはなったが、心地よい風に髪をなびかせて葉月が言った。


「でも、惜しかったよね。

 あの時、ほんのちょっとバーがとまっていてくれたら・・・」


「そんな・・・6mでもすごい事さ。

 それにそのあとアッサリ、

 ポポロフは6m18cm跳んだんだもんな・・・。

 やっぱ、スゲーよ・・・」


「でもさー、どうしてポポロフにアメリカに来いって

 誘われたのにW大に行くのよー・・・。

 チャンスじゃない・・・?」


「俺、英語苦手だもん・・・。

 それに、W大だと授業料タダでいいって言ってくれたし・・・」

 

葉月は明の腰に回した手の力を強めると、大きな声を出した。


「何よー・・・?

 素直に私と離れたくないって言いなさいよー・・・」


明は葉月のぬくもりを背中に感じながら、聞こえない振りをして言った。


「やっぱり・・・今の方がいいよ。

 その、ソックス・・・」


「えー、何ぃ・・・?

 よく聞こえないよー・・・」


明はもう何も言わず、自転車をこいでいく。

今、会ったばかりの美しい天使の姿を空にうつしていた。


明の天使は少しだけ健康そうに頬を丸くし、尖ったアゴの中の可愛い唇から白い歯をこぼしていた。

両手で持ったカバンから伸びる長い足には、白く眩しい程の輝きで短いソックスが見えていた。


ルーズソックスではない・・・。

少女らしい、ソックスであった。



 (ルーズソックスは、もうはかない)完

            

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