第12章 愛の誓い
電車のシートに座り、葉月は単語のカードをめくり、寸暇を惜しむように勉強に励んでいる。
「がんばってるじゃん、葉月・・・」
サチコが声をかけると、笑顔で答えた。
「うん、やっと志望の学校決めたから・・・」
「へえー、どこにしたの?」
「リハビリとか福祉の養成学校を受けようと思うの。
M市にあるから近いし・・・」
「それって、もしかして彼の為でしょ?」
「それもあるけど・・・」
図星をつかれ、顔を赤らめて言う葉月だった。
「何か人生に目的っていうか、
人の為に役立てたらいいなーって・・・。
へヘッ、ちょっと照れちゃう・・・」
サチコは葉月の顔をマジマジと見て言った。
「葉月・・・変わったね。
春ぐらい迄はフラフラしてて危なっかしかったのに・・・。
やっぱり彼の影響が大きいのね。
いいなー、私もかっこいい彼氏欲しいなー・・・」
サチコの言葉をくすぐったく感じながら、葉月は今までの事を振り返ってみた。
あれから色々な事があった。
腕をヒロヤ達に痛めつけられてインターハイを欠場した明はくさる事もなく、黙々とリハビリをこなしていった。
葉月も何とか力になりたくて、色々勉強していく内にその学校の存在を知り、自分の生涯の仕事にする決心をしたのであった。
いずれその知識は明の為に役立つし、やりがいのある職業だと思った。
そうする内に、明に意外なところから連絡があった。
TV局であった。
9月に毎年開催される世界陸上に、招待されたのである。
電話でその事を告げられた明は、自分の耳を疑った。
あの憧れのポポロフも参加するのである。
世界記録保持者ポポロフ。
ロシアから亡命したスーパースターだ。
明の夢はポポロフと競い、6mを超えるジャンプをする事であった。
「それが・・・夢なんだ。
初めてTVでポポロフのジャンプを見た時、
鳥肌が立ったんだ・・・。
本当に鳥に見えた気がしたんだ・・・。
僕も鳥になりたい。
バカげてるかもしれないけど跳んでる時、
父さんに会えるような気がするんだ・・・」
明は熱っぽく葉月に話してくれていた。
「6m・・・か。跳びたいな、いつか・・・」
そうやって遠くを見つめる明に、胸が締めつけられる思いがするのだった。
(そういえば、おじさん・・・も。
やさしい笑顔をしてた・・・)
ほぼ腕も治っていた明は、もちろん快諾をしてトレーニングに励んでいった。
葉月も、栄養バランスを考えた弁当やドリンクを差し入れたりして協力した。
世界大会ということで東京の大学に合宿したり、専門のコ-チについたりと中々会えない日も続いたが、明はまめに電話をしてくれた。
その度ごとに二人の愛は育っていくのであった。
いよいよ最後の合宿の直前、葉月はある決心をして明に会った。
その合宿から直接、明は大会に出場するので会えなくなるからである。
「もし良かったら、お昼ご飯作らせてくれない?
食べて欲しいの、私の料理・・・」
明に断る理由はなかった。
土曜日で母は店にでていた。
明は胸をときめかせて、葉月を家に迎えた。
家から持ってきたエプロンをした葉月は、いつもと違った印象を与え、髪の毛をアップにしたうなじから大人びた雰囲気を出していた。
料理は帆立のホワイトソース煮から始まり、きれいに盛り付けられたポテトサラダ。
そして牛肉の中華風炒め物と、トマト風味のパスタであった。
旺盛な食欲で次々と平らげていく明を、うれしそうに葉月は見つめていた。
片づけが終わり、二人で小学校時代のアルバムを明の部屋で見ていると、ふいに手が触れて二人は見つめ合った。
どちらからともなく唇を重ねると、葉月は耳元まで顔を赤くして、明の胸に顔を埋めた。
そして消え入るような声を、懸命にふりしぼった。
「あ、明君・・・抱いて・・・」
明は、葉月の髪を撫でていた手を一瞬止めた。
「わ、私・・・何も、してあげられないもの。
だから・・・せめて・・・」
葉月は最後まで言えず、顔を押しつけるようにして涙をこぼしている。
「ハーちゃん・・・」
※※※※※※※※※※※※※※※
少し斜めになってきた日差しが、明の部屋のベットを照らしている。
ずっと止まっていた風が一瞬カーテンを巻き上げ、葉月の白い肌にレースの模様の影を落とした。
二人は、愛の余韻に浸りながら抱き合っている。
「大丈夫・・・?」
囁くように、明が葉月を心配して聞いた。
「ううん・・・うれしかった。
少し・・・だけ、痛かったけど・・・」
真っ黒に日焼けした明の太い腕に、白い指を這わせて葉月がつぶやいた。
「ねえ・・・」
葉月が、上目使いに明を見て言った。
「なに・・・?」
葉月の艶のある黒髪を撫でながら明が答えた。
葉月は明を見つめながら、指を明の唇に這わせて恥ずかしそうに聞いた。
「お嫁さんに・・・してくれる?」
明は、クスッと笑うと葉月の潤んだ瞳を見つめて答えた。
「ああ・・・お嫁さんにしたげる」
葉月は、いたずらっぽい目で笑うと言った。
「じゃあ・・・誓いのキス・・・して」
又、いたずらな風が舞って、二人をレースで包んでしまった。
レース越しにゆっくり重なったシルエットは、幸せそうに息づいている。
二人は・・・幸せであった。
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