第4章 アクセサリーの店

「ねえ、ねえ、葉月。

 今日、帰りにお店よってかない?


 アクセサリーのかわいいのが

 置いてあるとこ、見つけたのよ」


昼食のパンを小さくちぎって食べていた葉月に、クラスメイトのサチコが話しかけた。


「へえー、行く行く。

 どこにできたの・・・?」


サチコは得意気に言った。


「へっへー・・・。

 駅のさー、マツキヨの裏通りに

 チョコッとあるの。

 まだ誰も知らないんだ・・・。


 すごいのよ、今流行りのシースルーとか、

 すっごくセンスいいの・・・。


 なのに、他で売っているのの半額ぐらいなの。

 チョー、感動もんよぉ・・・」


「わー、いいなー。私、夏物の可愛いの欲しかったの・・・。行こ行こー・・・・。」


サチコは小さな弁当箱の蓋を閉めると、決心するような声で言った。


「アンタ・・・この頃かおる達と

 付き合ってるでしょ・・・?


 この間も二日続けて学校休んだりして。

 大きなお世話かもしれないけど、

 あの子はやめた方がいいよ・・・。


 葉月に合わないよ。

 はしっこいもの・・・。

 サボルんなら、

 私が付き合ってやるからさあ・・・」


サチコに言われて、残りのパンを袋の中で持て余しながら小さく微笑んで葉月は言った。


「ありがと・・・。

 でも、かおるの事は悪く言わないで。

 昔からの友達だし・・・」


「そうね、ごめん・・。

 もう言わない」

 

サチコは弁当箱の包みの口をキュッと絞ると、元気よく立ち上がった。


「私、ちょっと売店に行ってくるわ」


一人残った葉月は、ため息をついた。

サチコとは高校に入ってから、ずっと仲良くしている。


時折、葉月が落ち込んでいたりしていると寄ってきて、何か話をしてくれたりする。


前までは、かおるとも一緒のクラスで仲も良かったのだが、かおるが不良達と付き合い始めた二年生あたりから、別行動をとるようになった。


葉月は二人の友達の間に挟まるような形で付き合っていたが、かおるの強引な態度についつい引き込まれていくのだった。


サチコもそれを少しおもしろくないとは思っていたが、それにしても最近の葉月の行動にはハラハラさせられるのだった。


放課後二人は一緒に帰り、そのアクセサリーの店に行った。

そこは、思ったよりも狭かった。


ただ、雑誌に載っている流行りの物から、この店のオリジナルなのか、おしゃれでかわいいアクセサリーがぎっしりとそれでいて整然と並んでいた。


葉月は店に入った途端、心臓の鼓動が早くなり瞳も輝いていった。


「わー、かわいいっ。

 チョー、きれーじゃん?」


サチコは、満足気に葉月の反応を楽しんでる。 


「でしょー、

 裏通りだから解かりにくいんだけど、

 どっからか噂が広がるのね・・・。


 今日なんか、

 けっこうお客さんが来ているわ・・・」


数組の女子校生らしき女の子達が同じく、うれしそうにアクセサリーを選んでいる。


「わー・・・。

 このネックレス、シースルーじゃん。

 この間TVでやってたよ・・・」


「このダイヤのピアスもかわいいでしょ?

 イミテーションだけど本物みたい」


二人は時の経つのも忘れて、アクセサリーをとっては身につけたり互いに見比べたりしている。


小一時間も見ていたのだろうか、二人はそれぞれ気にいったアクセサリーを持ってレジへ行った。


女の子達の気持ちをわかっているのか、ここの女主人は何時間ネバッていても文句も言わず、ニコニコと眺めている。


売れているせいもあるのだろうが、そういう居心地の良さも手伝って口込みで、周辺の女子校生達に急速に広まっているらしかった。

 

サチコはテディーベアの銀のネックレスとビーズの指輪を3ケ、そしてそれとお揃いのブレスレットも1つ買った。


葉月はサーフボードのアクセサリーが気に入って、カバン用のキーホルダーとイヤリング、それと3連のイミテーションダイヤのシースルーネックレスを買った。


どれもこれも何百円という値段で、高い物で千円するかどうかだった。


レジを打っている女主人は愛想も良くニコやかに微笑むと、透き通るような声で値段を告げる。


背は割りと高い方でたぶん四十歳以上なのであろうが、エプロン越しに見えるプロポーションはモデル並みで、女の葉月でさえため息が出る程である。


大きな瞳を伏し目がちにレジを打っていたのだが、ふと葉月の方を見ると、何か言いたそうにしている。


葉月も、何か懐かしいような気持ちが込み上げて不思議に思っていた。


「ネエ、もしかしてハーちゃん・・・?」

懐かしい呼び名に、改めて女性をよく見た。


「あっ、明君の・・・お母さんですか?」

パッと顔を明るくして葉月が叫ぶように言うと、女主人もうれしそうに言った。


「やっぱり・・・。

 まあー、きれいになって。

 うれしいわ、お母さんも元気?」


「ええ、元気です。

 わあー、懐かしい・・・。

 明君は元気ですか・・・。

 いつこっちへ?」


「今年の3月よ。

 ずっと実家にいたから・・・」


女主人はそう言うと、目を伏せてレジのボタンを指でなぞっている。


(そうか、ご主人・・・亡くなっていたんだ)


葉月は、その事を思い出すと少し気まずい想いをいだいた。


「あれからすごく勉強して、

 やっと自分の店が持てるようになったの。

 よく、あなたやお母さんに

 新作みてもらったものね・・・」


「うん、あの時小さかったけど、

 いつも楽しみにしていたの・・・。

 なんか大人になったみたいで、

 すごくうれしかったの覚えてる・・・」


「ハーちゃんは一番いい先生だったわ。

 あなたがいいって言うの、

 よく売れたもの・・・」


二人はもっと話していたかったが、数組の女子校生の客が入って来たり、レジに並んでいるのを見ると葉月は残念そうに言った。


「あっ、じゃあ今日は帰ります。

 又ちょくちょく来ますね・・・」


「きっとよ。

 今度来たらサービスするわ・・・」

 

女主人は笑顔で手を振っている。

店を出て駅に向かう二人は、興奮気味に話していた。


「すごいじゃない葉月。

 知り合いなんだ・・・?」


「うん、小学校まで近所にいらしたの。

 ご主人が亡くなって

 越していったんだけど・・・。


 すごい美人でしょ?

 私憧れていたの・・。


 さっきも言ってたけど、

 よく新作のアクセサリー持ってきては

 プレゼントしてくれたの・・・。


 あっ・・・私だって、

 お小遣いで買ってたのよ。


 でも1個買うと2個おまけして

 くれたりして・・・」


「わー、いいなー・・・。

 じゃあ、今度又いこうよ。

 私も、おまけしてくれるかな?」


「やーねー、サチコったら・・・」


二人は、うれしそうに笑っている。


駅の階段を昇りながら、葉月は赤くなった顔をサチコに悟られぬようにうつむいた。


(明君・・・も、一緒なのかな?)


葉月と明は家が近所で、母親同士が仲が良かったせいもあって、よく一緒に遊んでいた。


小学校もずっと同じクラスだった。

明はおとなしいのだが身体は大きく、いつも二学年上に間違えられていた。


普通好きな女の子には、意地悪したりするのだが性格が素直なのか、逆に葉月がいじめられたりしていると、よくかばってくれていた。

幼心にも明の事が好きで、一度だけキスした事を覚えている。


「明君・・・私の事、好き?」

幼い葉月の問いに、元気良く明は言った。


「うん。大好き」

「じゃ、お嫁さんにしてくれる?」


上目使いに葉月が言うと、ニッコリ笑って明が答える。


「うん。お嫁さんにしたげる」


葉月はうれしそうに微笑むと、かわいい瞳を閉じて小さな唇を差し出した。


「じゃあー、誓いのキスして・・・」


いつかテレビで観たシーンを再現するつもりである。

明はおずおずと近づくと、そっとかわいい唇にふれた。


幼い影のシルエットが、アスファルトの道路に重なっている。

葉月は満足そうに微笑むと、明の手をとり歩きだした。


「これで、私は明君のお嫁さんよ」


家までの帰り道、二人は唄を口ずさみながら帰っていった。


きれいな夕焼けであった。


「葉月ったら、もう・・・・。

 聞いてるのー?」


サチコの言葉に我に返り、顔を上げた。


「もう、何ボーとしているのよ。

 ネエ、葉月のアクセサリーも見せてよ」


二人は電車のシートに並んで座っていた。

高校生の帰宅時間なのか、電車の中は制服で埋まっていた。


誰か、向こうのブースの方で手を振って近づいて来る。


かおるであった。


「葉月じゃん・・・。

 ちょうど良かった。

 あっちにヒロヤ達もいるのよ。

 おいでよ・・・」


サチコは露骨にイヤな顔をした。

葉月はチラッとサチコの方を見ると、かおるに言った。


「ごめん・・・。

 今日は、いいわ・・・」

 

かおるもサチコの方を見て明るく言った。


「まっ、いいーか。

 じゃあ、明日電話するから、

 大丈夫よね・・・?」


葉月は少しためらっていたが、言った。


「うん、いいわ・・・。

 じゃあ、明日・・・」


かおるは満足そうにうなずくと、勝ち誇ったようにサチコの方を見ると戻っていった。


サチコは怒ったような顔で葉月に言った。 

  

「なあーに、明日って・・・?」


「な、何でもないの。

 ただ、一緒に帰るだけ・・・」


「えーっ、明日もあの店行かないのー?」 

 

「ダメよー。

 そんな・・・すぐ行くのって恥ずかしいわ。

 来週の月曜にしよーよ・・・。

 それより、見てこのネックレス、

 キレイでしょう・・・?」


葉月の無邪気な笑顔にはぐらかされたのか、サチコも自分のアクセサリーを出したりして楽しく話し出した。


向こうのブースでは、かおるが人越しにじっとこちらを見つめている。

やがて電車が次の駅に着き、人がドヤドヤと入ってきて車内は埋まってしまった。


電車の振動と人混みの喧騒の中、葉月とサチコは尽きることなくアクセサリーの話をするのだった。

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