第2章 通学電車
JR・S駅のホームのベンチに、葉月とかおるは腰掛けている。
人の列が整然と二列ずつになって、電車が来るのを待っている。
かおるが元気よく、うれしそうにしゃべっている。
「絶対気に入ると思うわ。
カッコイイのよ、アイツ・・・。
親友でしょ、私達。
葉月の彼氏になるんですもの、
変なのは紹介しないわよ。」
葉月は仲間うちでも超オクテの方であった。
元々引っ込み思案の性格だったため、女子校というせいもあるが、可愛い顔立ちに反して異性と付き合った事がなかった。
もっとも小学校の頃近所にいた男の子と幼なじみ同士で供に好き合っており、幼心にお嫁さんになると思い込んでいた時期もあったのだが・・・。
その子は小学校4年生の時転校していったきり、音信が跡絶えている。
幼いゆえ悲しむ事さえわからず、ずっと重い気持ちを引きずったことで、あれが初恋であったと後から知った。
今、彼はどうしているかと思う葉月であった。
時折、あの頃の夢を見る。
思えばあの頃が、自分の人生で一番幸せな時期だったのではなかっただろうか。
まだ17歳なのに、そんな事を思う自分に苦笑いする葉月は、数人の男子校生の集団が目にとまり顔をあげた。
「遅いじゃない・・・」
かおるが不満そうに言ったが、顔は笑っている。
「ワリイ、ワリイ、
寝坊しちゃってさぁ・・・」
そう答えた男は割合背も高く、髪を茶色に染めてロンゲにしている。
白いカッターシャツをズボンの上にだらしなく出して着込み、ダボダボのズボンをずり落としそうになるまで下げている。
裾から見える足は、スニーカーのカカトを踏んで履いている。
タバコとコロンの匂いが、むせ返るようにしてくる。
顔立ちは彫りが深く意外に甘いマスクをしていて、その幼さが不良じみた格好とアンバランスなのか、男達の群れの中でも一際目立っている。
後ろで3人の男子高校生が、やはりだらしない格好で二人を興味深そうにながめてニヤついている。
電車がホームに入ってくると男達は列を無視して割り込み、トイレブースがある車両に入ると、その前のボックスを占領した。
かおると葉月はブースの壁に寄りかかっている。
彼等が入ってくるまで、そのボックスに座っていたサラリーマンが不快そうな顔をして隣の車両に移っていくと、男達は小さく歓声をあげて座り直した。
やがて電車が動き出すと、さっそくその中の一人がトイレの中に入っていく。後からもう一人追いかけるように入った。
「座れよ・・・」
ーリーダー格の男が言った。
森川ヒロヤという名前で工業高校の生徒である。
他の男達も同じ高校である。
かおるが慣れた仕草で隣の空いた席に座り、葉月に勧めたが小さく手を振って断った。
かおるが軽く互いを紹介してやると、ヒロヤは白い歯をこぼして言った。
「へえー、かおるのダチにしては
おとなしいじゃん。
でも、カワイーゼ・・・」
葉月はいきなりそんな事を言われて顔を真っ赤にした。
かおるは、うれしそうに説明した。
「でしょー・・・?
今時、めずらしいぐらいオクテなんだから。
それで、誰か男友達紹介しようと思って。
ヒロヤ・・・どう?」
「エーッ、あぶねーよ。
何人女いるんだよ、お前。
それより俺にしない?
ネエ・・・」
もう一人の男がおどけるように言うと、その頭を軽く叩いてヒロヤが言った。
「バーカ、俺は誰とも付き合ってねーよ」
葉月の方をチラッと見つめ笑った。
葉月は何も言えず、うつ向いたままだ。
満更でもなさそうな葉月の態度を見て、かおるはうれしそうに言った。
「ふふっ・・・
葉月もイヤじゃないみたい・・・。
ネエ、今度デートしたら、二人・・・?」
のぞき込むように言う、かおるにさすがに何と返事していいかヒロヤが戸惑っていると、 トイレのブースの扉が開き男二人が出てきた。
「あー、やっぱ朝の一ぷくはきくなー」
そう言うと、ヒロヤ達と交代するように座る。
ヒロヤ達もブースの中に入っていく。
「あたしも、吸おうかな・・・」
そう言うとかおるも中にはいっていくと、扉を閉めた向こうからくもった声で、
「バカ、セメーじゃねーか。
あとにしろよー・・・」
とか聞こえてくる。
やがて、笑い声とともに静かになった。
葉月は電車に乗ってから、ずっと面食らっていた。
いつもはもっと早く家を出るので、こうした集団とは会った事がなかった。
うわさでは聞いていたが、こうも大胆に電車でタバコを吸っているとは思いもよらなかったのだ。
時間が遅い方なので、大人も相当数乗っているのに誰も注意する人はいなかった。
地方都市特有の風景なのだが、年々エスカレートするようにも思える。
子供が変わっていくのもあるが、大人が注意できなくなっているのだろう。
やがて、ドヤドヤと3人が笑いながら出てきた。
一人がジェルを取り出し、べったりと頭に塗っている。
「おい、かおるー。鏡貸してくれよー。」
かおるは心得ているようにコンパクトを取り出すと渡した。
男は膝の上のカバンにコンパクトを置き、髪をなで回しながら言った。
「やっぱ、このジェルが一番いいぜー」
むせ返るような匂いが、車内に広がっていく。
「どこで買ったんだよ?」
「うちの近くのコンビニ。新製品だぜ」
他の男達は今日買ったばかりの週刊誌のマンガを、取り合いしながら読みふけっている。
かおるはヒロヤとしゃべりながら、しきりに葉月と近づけようとしている。
葉月は、この集団の中で自分だけが浮き上がっているように感じていた。
だが、廻りにいる大人達には同じように不良だと思われている事に、軽い興奮を覚えているのも確かであった。
結局、今度の日曜日にみんなでバイクでツーリングに行く事になった。
ヒロヤのバイクに乗る事になった葉月は、不良であるが、どこか憎めない男の甘い顔立ちを見つめ、胸が少しときめいていた。
かおるは一応の手応えをつかんで安心したのか、他の男達と楽しそうにしゃべっている。
ヒロヤは、かおるのおせっかいに苦笑いしながらも葉月を時折見つめている。
やがて電車がN駅を出た所で、男達が歓声を上げた。
「オイッ、あのチャリすげーぜ・・・。
さっきからずっと電車と一緒に走っているよ」
どれどれとみんな身を乗り出して眺めては声をあげていたが、「ダッセーッ」とか言い捨てると、又マンガ本や話に戻っていった。
葉月は、その自転車を見つめている。
スポーツタイプの自転車に身を乗り出すように、高校生ぐらいの男が懸命にこいでいる。
肩幅は大きく盛り上がっている。
遠目から見ていても、たくましそうに見える。
同じ年頃なのに対照的な男達をながめ、複雑な思いがした。
やがて自転車の男は、さすがに電車のスピードに追いつけずミルミル小さくなっていった。
今日は珍しく雲が切れ、明るい太陽がのぞいていた。
何故かしら心が澄んでいくような気がした、葉月であった。
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