第294話 魔王と報酬
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クラン拠点でのパーティーの翌日。
今日はドラウプニル商会本店を任せている総支配人のヒルダと俺の専属秘書のシャルロットを連れて、アルヴァアインの市内南東部にあるドラウプニル商会専用多目的区画〈ミッドガルド〉に来ていた。
以前に視察に来てから四ヶ月が経っているので、ミッドガルド内の様子も結構変わっている。
特に今いる農業区画は季節ごとの旬の農作物を育てているため、その変化が顕著に現れていた。
魔法や
そのため、農業区画の殆どの農地は季節に左右されるので、ミッドガルド内では此処が最も変化が著しい。
「こ、この度は叙爵おめでとうございます、公爵様」
「ありがとう、アグル農業区画長。永代公爵になりはしたが、公的な場というわけではないからそんなに畏る必要はないぞ」
「しょ、承知しました」
解散させた者達の中には、先日中小国家群にある小国の都市で購入した奴隷達もいる。
この農業区画にいる彼らの殆どは、商会やクランで活躍してもらうために購入したメインの奴隷達ではなく、そのオマケで購入したメインの奴隷達の家族や捨て値で売られていた奴隷達だ。
一家纏めて奴隷落ちしたり、怪我で肉体の一部が欠損していたりなどの事情を持つ奴隷達まで購入したのは、他の奴隷達からの心証を良くする目的以外にも掘り出し物を隠すためだ。
彼らの中にいた数名と超々希少種族であるアビスエルフのメルセデスのみを購入したら奴隷商館側もその価値に気付く可能性があるが、こうやって纏めて購入すれば気付かれることはない。
その結果、特に必要ではない者達まで購入することになったが、ドラウプニル商会は常に人材不足であるため彼らにはそれぞれに適した場所で働いてもらっていた。
最低でも自分達を購入代金分の資金を稼いで主人である俺に支払えば、奴隷の身分から解放することを約束しており、その資金を稼ぐために一家総出で働いている者達も珍しくない。
そういう者達の大半は専門職のような特別な技能を持っていないため、ここの農業区画に派遣していた。
当然のことだが、奴隷身分ではない商会の者達と比較すると給与は少ないが、労働内容と衣食住に差はつけていないので文句はないようだ。
まぁ、この世界の常識からしたら奴隷の待遇としては破格すぎるので文句が出るわけがないのだが。
「ふむ。今のところ生育状態に問題はないが、一部の農作物が虫に喰われているのか」
アグルから手渡されたレポートを読みながら、実際の農作物を見て回り各種スキルでも状態を調べていく。
この世界に関わらず前世も含めて詳しい農業の知識は俺にはないが、虫害による被害は今のうちに対策が必要とレポートには書かれていた。
そういうことなら最近学んだ技を使うとしよう。
「ーー〈守農避虫〉」
体内に取り込んである星気を使って農業用の仙技を発動させる。
〈守農避虫〉はその名の通り、農作物を守り害虫を近寄らせない効果がある仙技だ。
これはファロン龍煌国にて丹薬の材料に使われる希少植物を育てる際に使われている仙技であり、発動するには複数の属性の星気と仙法スキルが必要になる。
俺は【根源星霊仙戯】によって属性に関わらず使用できるが、龍煌国では発動難易度の割りには需要が高いため使える者は職に困らないとか。
農作物とは言うが、正確には対象が植物なら何でも害虫から守るそうだ。
害虫か益虫かの区別についてだが、植物を食べる食害を判断基準に設定されている。
病気については別の仙技があるが、食害以外は現状の対策だけで問題ないので使う必要はないだろう。
農業区画全体に〈守農避虫〉を掛け終わるとアグルに向き直る。
「取り敢えず、これで暫くは虫による食害は大丈夫なはずだが、念のため観察は続けてくれ」
「ありがとうございます、公爵様!」
とはいえ、〈守農避虫〉の効果はずっと続くわけではない。
効果が切れる頃にまた掛け直しに来る必要がある。
霊地内や霊地の近くだったら、発動中の術と霊地を星気の経路で繋げることで、霊地がある限り半永久的に術の効果を保ち続けることが可能だ。
だが、〈星域干渉権限〉にて帝国内に作り出す予定の霊地候補地の内、アルヴァアインから最も近いメルタ伯爵領でも、術と繋げられるほど近くにあるわけではない。
〈星域干渉権限〉の力を制限して五つ目の霊地をアルヴァアインに作る手もあるが、そんなことをしたら全ての霊地が中途半端な出来になってしまう。
しかし、虫害の対策という理由以外にもアルヴァアインの近郊、もしくはアルヴァアイン自体を霊地化する利は大きいので、本気で検討してもいいかもしれない。
今ならエジュダハもいるし、エジュダハから学んだ霊地関連の知識と技術を活かすには、身近な場所に霊地があった方が何かと都合が良いだろう。
例えば、自分で作る丹薬の材料を育てられることとかだな。
そのためには、現状の〈星域干渉権限〉の力だけでは全く足りないので、再び〈魔王〉との〈星戦〉を起こして勝利する必要がある。
魔王を倒すことで得られる財宝以外でも魔王を狙う理由ができたな。
「狙うとしたら蜘蛛か、マミーか、木材か……」
標的候補である〈太母の魔王〉、〈地刑の魔王〉、〈侵星の魔王〉と封印されていない魔王達のことを順番に思い浮かべていく。
大魔王や封印されている魔王に勝手に手を出すのはエリュシュ神教国から禁じられているので、必然的に標的は封印されていない魔王達に限られる。
こっちの魔王達は勝手に倒しても構わないらしい。
封印されていない魔王にはもう一体〈聖邪の魔王〉もいるが、この魔王はエリュシュ神教国も居場所とその正体を把握できていないため除外する。
ただし、俺は【
だが、〈聖邪の魔王〉は人の世に紛れて暮らしているため、迂闊に手を出すことができないという問題があった。
まぁ、他にも気になる点はあるのだが、取り敢えずこの魔王は標的候補から外しておいていいだろう。
「リオン様。今の三つは魔王のことでしょうか?」
農業区画の視察を終えて、次の場所へと馬車で移動している最中。
車内での俺の独り言に対して、向かいの席に座るシャルロットが反応した。
今の言葉だけですぐに魔王を連想するとは、流石はエリュシュ神教国出身の〈聖者〉だ。
「ああ。アルヴァアインに霊地を作るために〈星戦〉で得られる〈星域干渉権限〉が欲しくてな。もし倒すならどの魔王にするかを考えていたんだ」
「〈太母の魔王〉はロンダルヴィアの南方に広がる熱帯雨林、〈地刑の魔王〉は大陸中央部の砂漠地帯、〈侵星の魔王〉は大陸北部に広がる大樹海にそれぞれ生息していますね」
「ああ。〈太母の魔王〉はロンダルヴィアに近いからアークディアの公爵である
「封印が解かれた〈錬剣の魔王〉だけでなく〈悪毒の魔王〉の残滓も含めますと、リオン様は二体の魔王を討伐されています。どちらを選ばれてもリオン様ならば討伐は容易かと思われます」
実績があるが故の信頼とはいえ多少妄信的な気もするが、まぁ、〈勇者〉である俺の〈聖者〉らしい意見と言うべきか?
「シャルロットはどちらでもいい、っと。ヒルダはどうだ?」
「そうですね……二体とも支配領域が遠方ですので、討伐によって得られる土地の利権などを得るのは難しいかと思われます」
「そうだな。砂漠も大樹海もどの国家の領土でもないが、仮に魔王討伐後に土地の権利を主張しても遠方過ぎて持て余すし、環境的に維持管理も難しいだろう」
「はい。リオン様にとっては魔王が支配していた土地を獲得する利は薄いでしょう。ですが、その土地の周辺国家にとっては違います」
「なるほど。売り付けるのか」
「それでも良いのですが、私達には国家中枢への伝手がありませんので交渉には時間が掛かるかと思います」
まぁ、いきなり乗り込んで『魔王倒して土地やるから対価を寄越せ』とか言ってくる勇者はいないよな……。
「ふむ……つまり?」
「周辺国家が空いた土地を狙うのは自然なことです。ですが、その土地の権利が素直に決まることはありません」
「……周辺諸国間で燻っていた火種に燃料を投下して、諸々の代金をいただくわけか」
俺の答えに対してヒルダは微笑を浮かべるのみだった。
怖い女、と思うと同時に、俺の商会を任されているだけはあると頼もしくも感じた。
魔王という障害を排除することで国家間の争いを誘発させ、軍需物資などを供給することで利益を得ることを提案しているようだ。
まぁ、錬魔戦争では似たようなことでかなり儲けたからな。
ドラウプニル商会の総支配人であるヒルダならば詳細な数字も知っているので、こんな案が思い浮かんだのだろう。
「情勢的に大樹海の近くの国々に火を点けるのは難しそうだから、狙うなら砂漠周りか」
「はい。あの一帯は魔王がいても国同士の諍いが絶えませんので、魔王がいなくなれば歯止めが効かなくなる可能性が高いかと。場所的に少し離れていますが、最近だと二人の超越者がそれぞれ率いる国家周辺の情勢が緊迫している状態だと聞いています」
〈ザルツヴァー戦王国〉と〈レギラス王国〉のことか。
〈暴雷王〉と〈機怪王〉が争ってくれれば、殺さずとも漁夫の利で二人のユニークスキルの一部を奪うことも出来そうだ。
他にも、メルセデスの知識にある隠された宝物庫の中でも最も大きな宝物庫は、〈地刑の魔王〉の支配領域の内側にある。
こっそりと忍び込むつもりだったが、そういう意味でもちょうど良いと言えるな。
「……龍煌国の時のように魔王討伐の報酬を国や個人から得られるだろうか?」
まぁ、復活した〈悪毒の魔王〉マルベムは本物ではなかったが、それでも国を滅ぼせるほどの力を持っていた。
エンジュによる反乱鎮圧込みとはいえ、マルベム討伐を果たしたことで龍煌国から個人的に数々の報酬を得た。
龍煌国に報酬として要求し、獲得したのは大きく分けて以下の六つになる。
一つ目は、大昔、〈勇者〉ではないリンファと龍煌国軍が、本物の〈悪毒の魔王〉マルベムが展開した固有侵食領域〈魔王迷宮:毒威の沼地〉内にてマルベムを倒したときに
二つ目は、討伐したマルベムの死骸の素材を半分。
三つ目は、国が保管している黒龍剣を除いた紅龍剣、白龍剣、蒼龍剣、金龍剣それぞれに使われている龍の素材の一部。
四つ目は、皇族秘蔵、または皇族にのみ許されている最上級の丹薬を数種類。
五つ目は、龍煌国内で丹薬と丹薬の素材を購入できる最上位の許可証。
六つ目は、数億オウロ分の迷宮硬貨とファロン硬貨。
更に、リンファ個人からも本物のマルベムの魔王の宝櫃から彼女が得たアイテムの一つを貰っている。
ちなみに〈魔王の宝鍵〉と〈魔王の宝櫃〉の違いだが、〈勇者〉が〈魔王〉を倒すと、倒した場所が魔王迷宮内でなくとも星戦報酬として必ず物質化するのが〈魔王の宝鍵〉。
そして、〈勇者〉以外が魔王迷宮内で〈魔王〉を倒した場合にのみ、魔王の宝鍵の代わりに物質化するのが〈魔王の宝櫃〉だ。
この二つには他にも、宝鍵で開いた異空間にて高位のアイテムを任意で選択し、その後で巨大な宝箱が現れる魔王の宝鍵と、巨大な宝箱のみが出現し、中に何が入ってるかはランダムな魔王の宝櫃という違いもある。
そんな魔王の宝櫃の中にあったアイテムの内、龍煌国からは下衣である〈
両方とも
本物の魔王である〈地刑の魔王〉による脅威を知っている砂漠地帯の国の者ならば、身銭を切ってでも魔王を倒して欲しいと願う者もいるかもしれない。
龍煌国ほどではないだろうが、そういう者からの報酬には期待できる。
「過去、〈地刑の魔王〉に滅ぼされた国は多いそうなので、逃げ延びた王族などから報酬を得られるかもしれませんね。ただ、その場合は国土の奪還なども要請される可能性はあります」
「あり得る話だな。相手によっては色々と面倒なことになりそうだ……」
魔王討伐の
ま、一応情報だけは集めておくか。
「商会の力を使って、あの辺りで〈地刑の魔王〉討伐のために報酬を支払いそうな者や勢力の情報を集めてくれ。いなくても別に構わないからな」
「かしこまりました。ところで、実際に魔王討伐を行う際は、帝国にはどのように説明するのでしょうか?」
「そのままアルヴァアインに霊地を作るためと伝えるつもりだ。余った分の〈星域干渉権限〉の力の使い道を自由にしていいと言えば意見は通るはずだ」
以前の会議の際の霊地の選定に不満がある貴族もいたからな。
その辺りはヴィルヘルム達に上手く使ってもらえばいい。
ついでに、事前に話を通す際に〈
「実際に魔王と戦う時は、シャルロットにはまた〈聖者〉の力による
「お任せください。微力ながらお力添えさせていただきます」
対〈地刑の魔王〉の方針はこれでいいとして、他の魔王はどうしようかな。
〈聖邪の魔王〉は放置する方針に変わりないが、〈侵星の魔王〉と〈太母の魔王〉には手を出したい気持ちがある。
植物系の〈侵星の魔王〉は魔王の宝鍵を得るぐらいしかメリットがないが、魔蟲系の〈太母の魔王〉の存在はロンダルヴィア関連で色々使えそうなんだよな。
でも、
そうなると自動的に〈星戦〉が起こってしまい、勝利後にドロップするのは魔王の宝鍵だ。
魔王の宝櫃でないため、自然とランスロットが〈勇者〉だと明るみになってしまうだろう。
いや、魔王の宝鍵の存在を上手く誤魔化せればイケるか?
魔王の宝櫃は以前の魔王の宝鍵使用後に出現した巨大宝箱で代用できるかもしれない。
巨大宝箱と魔王の宝櫃の見た目と中身の違いの詳細については、今度リンファに会った時にでも聞いてみるか。
何を要求されるか分からないが、〈勇者〉であることを隠しながら魔王を倒すためには必要なことだ。
その結果次第ではロンダルヴィアの方でも魔王討伐に動くことになるだろう。
アナスタシア派主導で魔王討伐に動けるようにするためにも、これまで以上に派閥の力を上げないといけないな。
あとは……俺自身の使える手札を増やすためにも、各地の魔権系ユニークスキルを【
それぞれの所有者がユニークスキルを成長させるまで放置するつもりだったが、こっちも方針を変えるとしよう。
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