第293話 クラン拠点にて



 ◆◇◆◇◆◇



 アークディア帝国の永代公爵の一人になってから三日後。

 帝都エルデアスから神迷宮都市アルヴァアインへと戻ると、市内にある俺の冒険者クラン〈ヴァルハラ〉のクラン拠点にて、俺が公爵へと叙爵したことを祝うパーティーが開かれた。



「「「クランマスター、この度は永代公爵への叙爵おめでとうございます!!」」」


「ありがとう。皆の言葉を嬉しく思う」



 事前に練習したんだろうな、と思わせるほどに揃った団員達からの祝いの言葉に対して簡潔に感謝の言葉を返す。

 ヴァルハラクランを作ってからは約十ヶ月以上経ち、そしてこのパーティー会場に集まっている団員達が入団してからは大体半年が経っている。

 彼らの鍛練や指導などには間接的に指示したりして関わってはいたが、クランを率いたダンジョンエリアへの遠征などは未だに一度も行なえていない。

 団員達の入団直後には大陸オークションに参加して、その後はアークディア帝国による領土奪還のための戦争へ参戦していたからだ。

 参戦の根回しの一環でエリュシュ神教国に赴いたりもした準備期間も含めれば、戦争だけでも三ヶ月ほどの拘束期間があったことになる。

 戦後の細々としたことでも忙しかったが、つい先日にはファロン龍煌国の地にて限定的に復活した〈悪毒の魔王〉マルベムの討伐に際しての事後処理でも半月も掛かった。

 こうして思い返してみると、この半年は本当に忙しかったな……まぁ、それ以前も変わらず忙しかったのだが。



「この半年は各自の判断にほぼ任せきりになってしまっていたが、漸く情勢も落ち着いたから俺も冒険者業に集中することができるようになった。まぁ、正式な公爵になってしまったことで、今後も度々帝都に呼ばれる可能性があるから断言できないのが悲しいところだ」



 肩を竦めながら戯けたように告げると団員達に軽い笑いが起こる。

 パーティー会場には戦闘員や運搬役ポーターといった全ての団員が集まっているが、他にもクラン拠点の管理を行なっている職員達や団員の家族達の姿もあった。

 冒険者以外の者達もいるならば、昨日決まったことをこのまま此処で発表しておけばちょうどいいな。



「その代わりというわけではないが、俺が公爵になったことによって行政府の方で準備中だったとある計画が一気に進行することになった。この計画における護衛依頼がヴァルハラクラン全体で行なう初めての遠征となる」



 昨日は公爵になったので改めて挨拶するためにアルヴァアインの行政府へと赴いた。

 その際に、叙爵式の後にヴィルヘルムから行政府に届けるように言われた書状を渡したのだが、どうやらその書状が原因で停滞していた計画が動き出したらしい。



「その計画とは巨塔、つまり神造迷宮の広大なダンジョンエリアである〈大迷宮界域〉の第一大階層の中間地点に中継拠点を造り、恒常的に使える安全地帯を開拓するという内容だ。以前よりアルヴァアインにいた者達は聞いたことがあるだろうが、この開拓計画は昨年に一度実行されたが、途中で邪魔が入ったせいで失敗している。そのため今回のは第二次開拓計画にあたる」



 邪魔というのは今は亡き犯罪組織カルマダのことだな。

 あれから随分と経っている気がするが、まだ一年も経っていないので、長命種の感覚からすれば最近のことと言っていいかもしれない。



「ここにいる殆どの者達が入団する前の話ではあるが、今回の第二次開拓計画は、第一次開拓計画中止の際に少し助力した縁で俺達も参加することが元々決まっていた国家事業でもある。アークディア帝国が他国との戦争状態に移行したことで計画は中断していたが、その戦争も勝利に終わった。そして先日、計画に参入している俺が永代公爵になったことにより再び計画が動き出したというわけだな」



 元より皇帝直轄領であるアルヴァアインの代官であるクロウルス伯爵がヴィルヘルムに代わって主導していた計画だが、参入している俺が公爵になったことで国が推し進めている各種事業内での優先順位が上がったらしい。

 クロウルス伯爵曰く、渡した書状にはそんな感じの内容が書かれていたそうで、予算が優先的に回して貰えるそうだ。

 魔王殺しの勇者兼賢者であり、国の正式な貴族にして最上位の公爵でもある俺がいるならば、計画の成功は確実だから早期に終わらせたほうがその分だけ利益も大きくなる、という理由もあるんだとか。

 なんとなく他の意図もある気がするが、クランの仕事としては申し分ない規模なのは間違いない。

 計画の規模と得られる利権の大きさのわりには、簡単な依頼だと個人的には思っているので承諾してきた次第だ。



「大将、最初に護衛依頼と言っていたが、護衛対象は誰なんだ?」



 パーティー会場にある演説台に登壇している俺に見えるように、Sランク冒険者のフェインが手を挙げてから尋ねてきた。

 フェインはクランマスターである俺がアルヴァアインにいない間は、彼がリーダーを務めるドラウプニル商会の迷宮部門の管理だけでなく、ヴァルハラクランの団員達の面倒まで見てくれていた。

 リーゼロッテは基本的に俺について回っているため、実質的にはフェインがサブマスターと言っていいだろう。

 仕方がないことだったとはいえ、入団して間もない団員達、特に低位冒険者達は彼に任せきりになっていた。

 その功労に報いるためには何がいいだろうか……伝説レジェンド級の魔槍でも作ってプレゼントするか。

 フェインが使っているのは風の魔槍だし、同じタイプの魔槍がいいだろう。

 先日、風属性の龍の素材が手に入ったからちょうどいい。



「護衛対象は開拓部隊にいる職人などの非戦闘員達だな。ただ、行政府主導の国家事業なので国の兵士達も同行する。この兵士達は俺達と同様に非戦闘員達の護衛の他にも、開拓した中継拠点の警備も行うことになっているので、出来るだけ彼らも無事に連れて行った方がいいだろう」


「つまり、護衛対象は非戦闘員と兵士達ってことだな」


「そういうことだ。護衛依頼とは言ったが、依頼には中継拠点予定地とその周辺エリア内の魔物の掃討も含まれているから、予定地に着いてからも気を抜くなよ。国からの正式な依頼なのと拘束期間の長さから、依頼を完遂した時のギルドからの評価点については期待していいぞ。勿論、報酬もな」



 俺の言葉を聞いて俄かに沸き立つ団員達が落ち着くのを待ってから話を続ける。



「遠征の詳細については後日改めて告げるが、今のところ出立は来月の初め頃に予定されている。戦闘員と運搬役は全員参加なので各自で体調管理には気をつけておいてくれ」



 ダンジョンエリアの中継拠点の第二次開拓計画についての報告はこんなところかな。



「では最後に、団員達には先日他国に行った際のお土産を渡すので、掌を上に向けた状態で前方に手を差し出してくれ。そう、そのままだ。驚いて落とすなよ?」



 指を鳴らすと、全ての団員の掌の上に丹薬が出現する。

 突然起こった現象に驚いているが、事前に注意したからか誰も落とさなかった。



「それは一部の国でしか作ることができない丹薬と呼ばれる消費アイテムだ。その効能は、簡単に言えば永続的な肉体の強化だな。口内で噛んでから飲み込んでもいいが、物によっては効能が落ちる場合があるそうだから噛まずに飲み込んだ方が確実だろう。単体で飲み込む自信がなければ水とかと一緒に飲んで流し込んでもいいぞ」



 団員達にお土産で配ったのは金級丹薬なので、より高位の丹薬を喰いまくった俺からすれば大した物ではないが、丹薬が初めて故に伝手もない彼らにとっては希少な代物だ。

 団員達が順次服用していき、直後に身体能力が向上したのが理解できたことによる驚きの声が会場のあちこちで上がっていく。

 全員の服用が終わったのを確認してから言葉を続ける。



「丹薬には専用の等級が定められていて、下から順に銅級、銀級、金級、地級、天級、霊級、仙霊級と上がっていく。最後の二つは生産国でも滅多にお目にかかれない等級だから除外すると、今服用した金級丹薬はちょうど真ん中になるな」


「団長、金級とは宝物プレシャス級くらいの扱いでしょうか?」



 実家が商家である団員の一人がそんな質問をしてきた。

 おそらく金額が気になるのだろう。

 その気持ちはよく分かるので、正直に教えてやろう。



「丹薬の種類や製作した者の腕次第で多少変わるが、金級丹薬なら大体は遺物レリック級だな。この丹薬も遺物級だ」


「れ、遺物級ですか……」


「服用すれば永続的に身体能力値が増大する効果と、帝国での希少性などを加味すれば、消費アイテムだが数百万オウロはするかもな」



 たった今軽い気持ちで食べた消費アイテムが、一個数百万オウロもするというのを聞いて、パーティー会場に集まった殆どの者達の動きが止まった。

 やはり、丹薬の正確な価値を明かすのを使用した後にして正解だったな。

 彼らのそんな様子を壇上から眺めつつ、その金級丹薬を俺も服用する。

 身体能力値をランダムで複数個上げる効果しかないので何も通知はないが、筋力値と体力値が僅かに上がった。

 全体からすれば本当に僅かな増大値なので、【情報賢能ミーミル】で詳細に能力値を確認出来なければ気付けなかっただろう。



「さて、話しておく必要のある話も終えたし、お土産も配り終えたから、俺からは以上だ。この後は皆でパーティーを楽しんでくれ」



 思念で合図を出すと、人造精霊の〈拠点精霊シルキー〉達がワラワラと会場に入ってきた。

 念動力を使って自分の周りに料理が載った大皿を浮かべており、パーティー会場内にある大テーブルの上へと配置していく。

 クラン拠点には、こういった雑用に従事させていた〈魔導人形ドールズ〉の〈女性型リーヴスラシル〉もいるのだが、現在は諸事情から拠点内にはいない。

 そのため、ドラウプニルグループの関連施設に配置されているシルキー達も動員しており、中には慣れない給仕で四苦八苦している個体もいる。

 こうして観ると、シルキー達にも微妙に個性が出てきた気がするな。

 

 今回のパーティーの料理はビュッフェ方式なので、団員だけでなくその家族や職員達も楽しんでもらえるだろう。

 これらの料理の一部には俺も調理に参加している。

 俺を祝うパーティーの料理作りに俺も加わるのは我ながらどうかと思ったが、これも【高位料理人ハイコック】の熟練度レベルを上げるためだ。

 職人系ジョブスキルで一つだけ最高位職人グランドに到達していないので、今回のような経験を重ねられる機会を逃すわけにはいかない。

 結構熟練度を上げられたので、もしかしたら今年中にはランクアップできるかもしれないな。



「何か考えごとですか?」



 あとどのくらい作ればランクアップできるか考えていると、先ほどまで壇上の端の方にいたリーゼロッテが声を掛けてきた。

 彼女が近くに来ても気付かないほど深く考え込んでいたようだ。



「まぁ、強くなることについて、ちょっとな」



 職人系ジョブスキルにも能力値への補正は存在する。

 それが最高位のジョブスキルともなれば補正も大きいため、強くなることについてなのは間違いではない。



「既に十分な強さだと思いますが、貪欲に強さを求める姿勢はリオンらしいですね。とはいえ、今はリオンを祝うパーティー中なのですから、此方のほうに意識を向けてください。ほら、行きますよ」



 俺の腕に自分の腕を絡ませてきたリーゼロッテに引っ張られるようにして壇上を降りると、団員達の方へと移動する。

 まぁ、これもある意味では強くなるためか。

 ちょうどいい機会だし、遠征の前に少しでも団員達との交流を深めておくとしよう。





 

 

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