第284話 血の系譜
◆◇◆◇◆◇
各地で動かしている分身体越しに得た情報を頭の片隅で処理しつつ、ファロン龍煌国で活動中の本体は〈
本選三回戦の試合の相手は、雪のように白い毛髪が特徴的な天狐人族の目の細い美女だ。
名前はシュエラ・レイロン。
シュエラは〈天喰王〉リンファが、超越者として〈天喰王〉の称号を得る前に産んだ二人の娘の内の一方の血を引いている。
幾つもの世代を重ねている上に超越者になる前のリンファの血ではあるが、彼女との遺伝子的な繋がりが分かるほどには容姿が似ていた。
白い毛髪と糸目であることと、常識的な範囲内での美女という点がリンファとの外見上の差異だろう。
ちなみに、リンファは超越者になって以降は一度も子供ができていない。
これは超越者ならではの肉体的な事情が原因だ。
超越者側が男なら問題ないが、リンファのように超越者側が女の場合は相手の男の種が異物扱いされてしまい、胎に根付かずに負けてしまうらしい。
過去に女性の超越者が妊娠したのも、〈天弓王〉ジークベルトと今は亡き〈境界王〉の女性という超越者同士の組み合わせの一例だけだ。
それだけ超越者が生物としての格が異なることを表しているが、リンファのように子供が欲しい女性の超越者にとっては迷惑な体質だろうな。
『シュエラ選手の符術による猛攻をジン選手は危なげなく回避しています! 錬丹術の名匠にして符術の達人でもあるシュエラ選手が相手でもジン選手は余裕のある表情だ!』
「くっ! その余裕がいつまで続くか見ものですね! ーー〈獣符・黒狼〉」
司会者の言葉を受けてシュエラの攻撃の密度が更に増した。
シュエラが身に付けている布地の薄い手袋型
その状態で懐から取り出した、似たような紋様や文字が描かれた長方形の紙ーー〈仙符〉、或いは単に〈符〉とだけ呼ばれるアイテムーーに触れると、手袋型魔導具を経由して仙符に星気と魔力が流れ込んでいくのが見えた。
星気と魔力が注がれたことで活性化し、手袋型魔導具と同じように光り輝く符が同時に複数枚放たれる。
すると、その仙符を核に魔力と星気で構成された黒い狼タイプの魔獣達が具現化し襲い掛かってきた。
試合開始時から続けられている、仙符によって生み出された様々なタイプの具現化魔獣の群れによる攻撃を慌てることなく回避していく。
【無鳴仙歩】で具現化魔獣達の認識を狂わせた上で、購入した秘伝書に載っていた光系仙技〈光舞〉で高速移動しているので攻撃が当たることはない。
「〈豪雷符〉ッ!」
具現化魔獣による攻撃だけでは無理だと判断したのか、シュエラが上空に追加の符を投げて雷術を発動させてきた。
仙符を使えば術者の仙法スキルの属性の有無に関わらず、予め符に刻まれた仙技に似た術を発動することができる。
雷系の仙符である雷符により放たれてきた落雷に対して、後ろ腰から黒き短剣〈
仙符にも星気が使われているため【吸星仙術】で星気を抜き取れば無効化できるだろうが、武闘大会本選では試合毎に戦法を変えるつもりなので【吸星仙法】による無効化は行わない。
まぁ、相手次第ではこの縛りは解除するつもりだが……。
元より【雷光吸収】の耐性スキルによって効かない雷撃を斬った直後、発動中の〈光舞〉によって輝いている足に【穿風闘脚】の攻撃性の風を纏わせてから周囲へと鋭く足を振るう。
〈光舞〉で敏捷性が強化された蹴撃により指向性が与えられた風が、巨大な不可視の刃となって具現化魔獣達を両断した。
巨大風刃は具現化魔獣達を屠っただけに止まらず、そのままシュエラの元にまで迫っていく。
「〈風壊符〉〈金剛符〉っ!」
シュエラが取り出した二つの符の一つから緑色の波動が放たれると、巨大風刃の大きさが半減した。
巨大ではなくなった風刃も、残る一つの符により発動した半透明の金色の障壁によって防がれていた。
このまま攻めれば容易く勝利できるが、せっかくの符術の使い手だ。
極東で独自に発展した星気関連の技術を実戦で学べる機会を逃すのは勿体無い。
もう少し符の種類や使い方を間近で見学させてもらうとしよう。
[ユニークスキル【
[対象人物を認識しています]
[ユニークスキル【取得と探求の統魔権】が対象スキルに干渉しています]
[対象人物は
[スキル【符術の心得】を取得しました]
◆◇◆◇◆◇
武闘大会本選の三回戦に勝利した翌日。
本日は本選の四回戦が執り行われる。
本選トーナメント開始時に六十四人いた選手も残りは八人。
ここまで試合が進んでいれば、各々の強さというのは大体把握できる。
準決勝にて勝敗に関わらず棄権する予定の俺を抜きにすれば、優勝候補は二人にまで絞られた。
一人は俺と準決勝で当たると思われるベラム・フィスター。
種族は戦人族。アラフォーぐらいの外見の褐色白髪の偉丈夫で、Sランク冒険者〈仙闘氣聖〉であり、十人の次期SSランク候補〈十公聖〉の一人だ。
十公聖であるため基礎レベルは九十九に到達しており、所持しているジョブスキルには【
普段は〈さすらいの闘聖〉とも呼ばれるほどに国を問わず各地を放浪しており、そんなベラムが龍煌国の武闘大会に出場したのは、今回の大会には例年よりも多くの強者が出場するかららしい。
傍若無人な性格という噂なので、仮に黒龍剣に選ばれても無視して龍煌国を出ていくだろう。
もう一人の優勝候補は本選の一日目に見かけたエンジュ・シンラ。
種族は真古龍人族。二十代後半ほどの見た目の長い黒髪の寡黙な男で、Sランク冒険者〈天仙龍守〉であり、今代における霊地の管理者達の代表たる〈星守〉だ。
代々霊地を管理している一族であるシンラ家の当主なだけあって、星気の扱いに関しては今大会の出場選手の中ではダントツと言っても過言ではない。
俺が武闘大会で一番使っているユニークスキル【取得と探求の統魔権】の本来の持ち主でもあり、その力と本人の努力や才能もあってか、【
そして、これだけの力を持っていながらも、本選では【植物魔法】の上位互換である【樹界魔法】による魔法しか使っていない。
魔法使い系の基礎職は第三位階である【
昨日の三回戦でエンジュと戦った〈戦嵐の魔女〉のカエデは多少善戦していたが、それでも数歩動かせた程度だった。
個人的にはレベル九十九の
その組み合わせを叶えるには、準決勝で当たる予定のベラムの試合に負ける必要があるが……まぁ、そこは実際にベラムと戦ってから決めるとしよう。
『それでは四回戦、第一試合開始してください!』
さて、迎えた四回戦だが、二回戦の時と同様に相手は龍煌国の皇族だ。
対戦相手は第二皇女シェンリン・イェン・ロウ。
老若男女問わず肉体に恵まれた者が多い竜/龍人種の中でも、竜/龍の力が強い古竜/龍人族は特に精強な肉体を持つ傾向にある。
目の前のシェンリンも同様で、スタイル抜群の武人タイプの真古龍人族の美女だが、身長は二メートルに達していた。
ファロンドレス調の防具に覆われていない太股などの素肌からは女性的な魅力が感じられるが、身の丈以上の大太刀を軽々と片手で保持していることからも尋常ではない
「ーー〈龍体装起〉」
怜悧な容姿にあったクールな声質で紡がれた言葉の通り、龍人系の〈秘血特性〉が発動されたことでシェンリンの肉体の龍の力が増大する。
両腕と両足、胴体の表面に煌帝である父親譲りの
二回戦の相手だった第四皇子のリィウは古龍人族だったが、シェンリンは上位種の真古龍人族だ。
情報によれば上位種か否かの違いは秘血特性にも現れるそうなので、シェンリンの龍鱗はリィウの龍鱗以上の防御力があると思われる。
開幕から龍体装起を使ってきたことに少し驚きつつ、両手それぞれに黒き短剣〈
「往くぞッ!」
そんな声掛けと共に滑るような独特の歩法で瞬く間に距離を詰めてきたシェンリンが、下から斬り上げるようにして大太刀型魔導具を振るってくる。
大太刀の間合いを見切って後退すると、シェンリンは強引に腕を伸ばして距離感をズラしてきた。
このような無理な動きも肉体が強靭だからこそ出来ることだな。
ギリギリで避けていたことで大太刀の刃が俺の身体へと届こうとする。
今からでも俺の
「ふんッ!」
「おっと」
接触した切っ先に引っ掛けるようにして、ヴィータごと俺の身体を強引に掬い上げてきた。
跳ね上げられた勢いに乗って自分から地面を蹴ることで距離を取る。
シェンリンが追撃を仕掛けてくるの対して、此方も双剣を触媒にして斬撃状の【黒天撃】を飛ばす。
二つの黒い斬撃が、龍の力を帯びた闘気である龍気を纏わせた大太刀で斬り捨てられたことに驚く。
単純な破壊特化の【黒天撃】が破れるならば、非生物特化の【白天撃】はどうだろうか?
〈光舞〉の高速移動に幻惑効果が追加された上位版の〈残影光舞〉に加えて【瞬雷閃脚】も発動させることでシェンリンの速さを完全に上回ると、彼女の周りを走り回りながら【黒天撃】と【白天撃】による斬撃波を無数に繰り出していく。
「くっ、排除しろーー【
シェンリンの
横薙ぎに振り抜かれた大太刀ーー紅鱗刀ラーヴェロウズから紅い斬撃が放たれ、【黒天撃】と【白天撃】を削り取っていく。
おそらくは【黒天撃】と【白天撃】の二つと同じ性質を兼ね備えていると思われる紅い斬撃によって道が斬り拓かれた。
斬撃による包囲網が崩れた箇所から抜け出したシェンリンは、スキルや龍気、そして仙技による身体能力強化を行なってから再度肉迫してくる。
今度は退かずに黒と白のオーラを纏った双剣で、シェンリンの紅のオーラを纏う大太刀と剣を交わす。
刃とオーラのぶつかり合いによる余波に耐えられず、試合の舞台と周囲の結界が徐々に破壊されていく。
俺とシェンリンの身体にも剣戟の余波が及んでいたが、俺は黒竜剣モルスの【付死纒鱗】で余波を殺しており、それすらも突破してきても余波は減衰しているため雷精白天衣ビャクライの【磁雷装甲】で受け流すことができる。
シェンリンは龍体装起で纏った龍鱗と防具の耐久性のおかげでノーダメージだ。
短剣と大太刀という間合いの差があるが、俺が懐に踏み込んで来れないようにシェンリンは巧みに大太刀を操っていた。
一朝一夕では身に付かない、それこそ数十年や百年以上にも及ぶ修練の重みを感じる練度だ。
「素晴らしい剣術ですね」
「涼しい顔で、言われても嬉しく、ないなッ」
「それは失礼しました」
武器の等級と性能はほぼ互角。
能力の等級は武器由来の能力である向こうの紅いオーラの方が出力は上だが、俺の所持スキルである黒と白のオーラを同時に使えばどうにか釣り合う程度だろう。
剣術に関しては修練の練度はシェンリンが上だが、剣技の質と実戦経験は俺の方が上なので、最終的には俺の方が勝つ。
身体性能は、使用スキルを制限している俺と龍体装起中のシェンリンが大体同じぐらいだ。
武器、能力、剣術、身体性能を合わせると、総合的には俺の方に天秤が傾くってところか。
このまま続けても俺の勝ちは揺るがないが、わざわざ長引かせる理由も趣味もないため、幾つもある手札を一つ切って試合を終わらせるとしよう。
「ーー〈
「何だとッ!?」
目の前のシェンリンの異母弟であるリィウからコピーした【
龍人種のための前提スキルであるためか、竜人種の〈竜体装起〉の発現には使えなかった。
だが、【取得と探求の統魔権】の【望外なる越権】による『取得難易度緩和』と、【煌血の大君主】の【煌血ノ祝福】による『血と光に関わる凡ゆる能力と因子の超強化』のおかげで【龍血覚醒】が新たなスキルへと置き換わり、〈秘血特性〉を使用することが出来るようになった。
[特殊条件〈血の支配者〉〈秘血の覚醒者〉などを達成しました]
[スキル【秘血覚醒】を習得しました]
【龍血覚醒】の上位互換とも言えるこの【秘血覚醒】があれば、これ一つで秘血特性を持つ凡ゆる種族の秘血能力の発現へと至ることが可能だ。
真竜人族である今の
まぁ、頭部は結構人間寄りだが、人型の竜と表現してもおかしくはあるまい。
全身十割、つまり頭部まで〈竜体装起〉が及ぶということは、頭部由来の〈竜眼〉と〈
紫色の竜眼で見据えた先で驚愕の表情を浮かべているシェンリンの変化率は、頭部まで及んでいないため七割ほどだろう。
突如として互いの身に宿す竜/龍の力の均衡が逆転したことで、容易く大太刀を跳ね上げることができた。
そうしてガードの空いたシェンリンの胴体へと、一瞬の
「ガァッ!!」
口内から放たれた黄金色の極細いブレスがシェンリンの胸部を貫通していった。
まるで狙ったかのように彼女の異母弟と同じ倒し方になってしまったが、勝利は勝利なので別に構わないだろう。
変に邪推されないことを祈るのみだ。
〈竜体装起〉で顔の輪郭に沿って生えた黒い竜鱗越しに頬を指先の竜爪で掻きつつ、蘇生中のシェンリンからスキルをコピーした。
[ユニークスキル【取得と探求の統魔権】の【取得要求】を発動します]
[対象人物を認識しています]
[ユニークスキル【取得と探求の統魔権】が対象スキルに干渉しています]
[対象人物は抵抗に失敗しました]
[ジョブスキル【氣聖】を取得しました]
司会者による俺の勝利宣言を聞きながら、【
蘇生によって身体は復元されてもアイテムは元通りにならないため、シェンリンの胸元は素肌が丸見えになっている。
女傑とはいえ大衆に晒されるのは良くないと考えた故の対応だ。
ただ、蘇生完了直後にチラッとシェンリンの魅惑の双丘が見えてしまったので、彼女にバレないうちに観客に手を振りながら足早に舞台を後にした。
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