第283話 後押しと兆し



 ◆◇◆◇◆◇



「ーーさて、どうしたもんかな」


「何を悩んでるんだ?」



 アークディア帝国の帝都エルデアスにある屋敷の自室にて頭を悩ませていると、シャワーを浴びてきたシルヴィアが声を掛けてきた。

 バスローブを緩く着ているせいで僅かに見えるシルヴィアの割れた腹筋に視線を向ける。

 前衛の盾役に相応しい鍛えられた筋肉質な腹部なのに、その上の胸部などは柔らかく大きいままなのは不思議なものだ。



「……どこを見てるんだ」


「シルヴィアの身体」



 俺の発言への抗議なのか、シルヴィアが指で俺の額をビシッと弾いてきた。

 どうせこの後ヤることはヤるのに恥ずかしがるとは、人の心は複雑怪奇とはよく言ったものだ。

 デコピンされた額を摩りながら、自室に併設された小浴場の方に顔を向ける。



「マルギットは?」


「もうすぐ出てくると思うぞ」


「そうか」



 今夜はここ最近実家の用事で色々と忙しかったマルギットとシルヴィアの二人と久しぶりに過ごせるので、二人が揃うまではヤるのは待つとしよう。



「それで? リオンは何を悩んでたんだ?」



 寝室にある自作のミニ冷蔵庫から飲み物を選びながらシルヴィアが再度問い掛けてきた。

 

 

「んー、まぁ、なんだ。先日手に入れた力の効果を試すかどうかで悩んでいてな」


「仙術ってやつか?」


「いや、それとは別だ。端的に言えばユニークスキルだな」


「相変わらず耳を疑うことをしているみたいね」



 シルヴィアからの問いに答えたタイミングで小浴場から上がってきたマルギットが、横合いから会話に入ってきた。

 小浴場から出てきたマルギットの姿は堂々としたもので、下着以外に何も羽織っておらず、自然と彼女の全身へと目が引き寄せられる。

 マルギットの身体も鍛えられた戦士の身体付きであり、女性らしい柔らかい部分も残しつつ引き締まった細身の筋肉質の肉体という点はシルヴィアと同様だ。

 ただ、パッと見は同じ身体付きでも、パワースピードタイプの槍使いのマルギットと、パワータフネスタイプの騎士のシルヴィアとでは戦闘スタイルが違うため、細かい部分で筋肉のつき方が違っていた。

 これは以前、魔人種戦翅族と妖精種エルフ族の身体の違いを知るために、二人の身体を隅々まで見て触れて確かめた時に分かったことだ。

 普段している二人の自主トレに然程違いはないので、もしかすると所持しているジョブスキルなどのスキルの影響もあるのかもしれないな。

 


「耳を疑うこと呼ばわりは酷いな……」


「簡単にユニークスキルを手に入れたなんて言うからよ。シルヴィア、私の分も適当に取って」


「んー、分かった」



 シルヴィアはミニ冷蔵庫内に並ぶ飲料ボトルを見て悩みながら、言われた通り適当に手前にあったボトルをマルギットへと手渡した。

 受け取ったボトルの蓋を開けたマルギットが、ベッドに座っている俺の真横に腰を下ろしてきた。



「どんなユニークスキルの能力で悩んでいたの?」


「簡単に言えば、凡ゆる事象の取得難易度などを下げる効果を持つ能力だな」


「……聞くからに凄そうな能力ね。デメリットは無さそうだけど、何か懸念があるの?」


「能力名が【望外なる越権】というんだが、その〈越権〉というのが不安要素なんだよ……」



 ユニークスキル【取得と探求の統魔権ヴァラク】の内包スキル【望外なる越権】。

 〈望外〉とは『望んでいた以上に良いこと』を意味し、〈越権〉は『その者に許された権限を越えて行うこと』を意味している。

 前者はまだしも、後者の意味こそが一抹の不安要素であり、この権限を越えて行うというのがどの程度の範囲までのことを言っているのかが不明だ。

 能力の詳細を理解出来ていてもなおハッキリとした確証が得られず、場合によってはマイナスの結果を生み出すかもしれないため、この内包スキルの効果だけは手に入れてすぐに非有効化ノンアクティブにしておいた。

 そういった懸念事項を二人に説明した。



「確かに一見すると良さそうなスキルだけど、落とし穴っぽくも見えるスキル名ね……」


「でも、その割にはリオンはそこまで不安そうじゃないな?」


「まぁ、マイナスの結果でも最低限のセーフティは用意出来ているからな。最悪の結果だけは避けられるはずだ」


「最悪の結果って?」


「自分のキャパシティを超えた力を強制的に手に入れた結果、精神崩壊を起こしたり発狂したりすることかな?」


「……起こり得る可能性としては、どの程度だと考えているの?」


「ゼロ」


「「……」」



 呆れ顔のマルギットとシルヴィアの視線に晒されながら、ゼロだと告げた理由について簡単に説明する。



「理由としては、このユニークスキルが上位のユニークスキルの支配下にあるのと、強力な各種幸運系スキルがあるからだな。万が一、それらの安全網を抜けて俺を害する結果を引き寄せたとしても切り札がある。ただし、切り札を使った場合にどれほどのコストが発生するかが分からない。だから、出来れば使いたくなくて今まで悩んでいたわけだ」



 切り札というのは、神器〈星統べる王の聖剣エクスカリバー〉の第七能力である【願い望む星の杯アヴァロン】の願いを叶える力のことだ。

 この力を使えば、どのような形であれマイナスの結果を無かったことに出来るだろう。

 エクスカリバー自体に自我があるので、仮に俺が発動出来ない状態に陥っても予め許可を出しておけば自動で発動してくれる。

 ただし、その際に消費した魔力や後遺症の回復にどれほどかかるか分からないため、なかなか踏ん切りが付かないでいた。



「それでも【望外なる越権】を使いたい気持ちがあるから悩んでいるんでしょう?」


「ああ」


「それなら使えばいいじゃない。最悪の結果が起こる可能性はゼロなんだから」


「うぅむ……」


「自分がこれまで鍛えてきた力を信じるんだ。リオンなら大丈夫だって」


「……そうかな?」


「ああ。朝まで一緒についていてあげるから大丈夫だぞ」


「そんなに不安なら常に多めにキャパシティを空けておいたら?」


「……それが無難かな」


「念のためそうした方がいいわよ」


「うんうん」


「……そうするか」



 今のところ融合案は無かったが、【望外なる越権】の効果を確かめる意味でも有効化アクティブにしてから【混源融合】を使ってみるとしよう。

 その効果をアクティブ状態にした瞬間、脳裏に久しぶりの通知が浮かんできた。



[一定条件が達成されました]

[ユニークスキル【強欲神皇マモン】の【拝金蒐戯マモニズム】が発動します]

[対価を支払うことで新たなスキルを獲得可能です]

[【魔導戦杖の戦乙女ゲンドゥル】【天空飛翔】【天瞬歩法】【親愛なる好感】【魔導生物学】【飛翔の心得】【疾走の心得】【軽業の心得】【調教の心得】【使役の心得】【解体の心得】【運搬の心得】【運搬】【調教】【暗記】【値切り】【相場】【価格交渉】【慰撫】【百戦錬磨の交渉術】【生存戦略サバイバル】【悪辣器用な手癖】【教育指導】【暗殺補正】【飛行補正】【技巧の指先】【星気制御】【武器入れ替え】【天翼の理】【不可知なる神の兜アイドネウス】【亜空の君主】と大量の魔力を対価として支払い、ユニークスキル【万能と守護の伝令使ヘルメス】を得ることができます]

[新たなスキルを獲得しますか?]



 タイミング的にも【望外なる越権】で取得難易度が緩和されたことが原因だろう。

 取り敢えず回答は一旦保留にして、感覚的に同じように取得難易度が下がったことで融合可能になったスキルを先に融合することにした。



[スキルを融合します]

[【光星天仙法】+【闇星天仙法】=【双極星天仙法】]

[【光煌の君主】+【鉄血の君主】+【竜ノ死宝】+【竜ノ命宝】+【寄生】+【宿主操従】+【製命転輪】+【生命の支配者】=【煌血の大君主】]



 ふむ。この二つだけが偶々なのかもしれないが、融合後の二つのスキルがそれぞれ内包する二つの属性の力がより極まっている気がする。

 これも【望外なる越権】の『取得難易度の緩和』効果の一部なのかな?

 検証できる類いの内容ではないので答えが出せないのを少し残念に思いつつ、保留していた回答に同意を示した。



[同意が確認されました]

[対価を支払い新たなスキルを獲得します]

[ユニークスキル【万能と守護の伝令使】を獲得しました]



 これまでにない量のスキルが消費されたことにより、キャパシティにもかなりの空きができた。

 代わりに取得した【万能と守護の伝令使】が占めるキャパシティは、対価に使ったスキルの総量よりも小さいが、その力の質と密度は比較ならないほどに大きい。

 有する内包スキルも非常に強力なモノばかりであり、対価として消費した大量のスキルが惜しくないほどの性能だ。


 流石は神域権能ディヴァイン級寄りの帝王権能ロード級ユニークスキルなだけはあることに満足すると、決断の後押しをしてくれた二人を抱き寄せた。

 感謝の意を行動で示すため、朝まで全力で頑張るとしよう。



 ◆◇◆◇◆◇



 帝都にいる分身体にはベッドの上で頑張ってもらうとして、手に入れた【万能と守護の伝令使】や【煌血の大君主】のテストには別の分身体を使うことにした。

 そうだな……外地探索収集用の分身体であるオティヌスが、テストをするにはちょうど良さそうだ。

 残る【双極星天仙法】のテストはファロン龍煌国の旧都にいる変装中の本体ジン・オウで行うとしよう。


 本体がいる旧都は座標的に既に日が昇っており、この後に行われる武闘大会本選の三回戦で使う予定なので、今から本体の方で確認しておけばちょうど良いウォーミングアップにもなる。



「さて、こっちでテストするとは言っても、今は市中だから使いどころが限られているんだが……此処でも【万能と守護の伝令使】のテストぐらいはできるか」



 現在、オティヌスは大陸中央部のとある小国に来ていた。

 こんな遠い小国にやって来たのは、国内にある遺跡や迷宮の探索と、近隣にある二つの国家についての情報などを集めるためだ。


 調査対象である二つの国家の名は〈ザルツヴァー戦王国〉と〈レギラス王国〉。

 前者は少し前に超越者の〈暴雷王〉が国家元首である王の座に就いており、後者も同じく超越者の〈機怪王〉が現国王の一人娘と婚姻し、次期国王の座に就く予定の国となっている。

 最新のSSランク冒険者である超越者の二人が、タイミングに差はあれど共にそれぞれが属する国の玉座に就くことは、国際的にもかなり話題になっていた。

 その直後のリオンによる魔王討伐達成の話題によって下火になったが、両国の仲の悪さーー正確には二人の超越者の仲の悪さーーに起因する戦争の兆しにより、両国は再び注目を集めつつある。



「同ランクの冒険者が動くならば大義名分ができるとはいえ、SSランク同士の争いにまで発展したら実質的に幾つかの国が滅びそうだな」



 そんなことを考えつつ、ユニークスキルの一部になった際に微妙に名称が変わった【不可知ノ神兜アイドネウス】を使い、万人に認識されないように存在を消したまま街中を歩いていく。

 両国の情報集めも大事だが、それ以外のことも重要なのでユニークスキルのテストも兼ねてとある商館へと向かう。

 元々向かうつもりだったのでオティヌスの行動予定に変更はない。



「……こっちでテストしていくか」



 商館へ移動する途中で今いる大通りから別の大通りへとショートカットするために裏路地へと入る。

 道中にいた犯罪組織の構成員達に近づくと、通り抜けざまに【万能と守護の伝令使】の内包スキル【万能ノ技神戯トリックスター】の力を使って相手の所持品を強奪した。

 冒険者崩れの構成員達は自分達の武器や所持品が奪われたことにも気付かずに談笑している。

 通りを歩く若い女性をターゲットに動き出そうとしたので、所持品を奪うついでに設置してきたオリジナル仙技〈風設刃〉を発動させ、全ての構成員達の首を斬り落とした。



「大したスキルが手に入らないな。まぁ、いいけどさ」



 回収した悪しき魂を消費してキャパシティを増やしながら、裏路地を歩き回りを行なっていく。

 最終的に三十余のゴミを掃除したが、最後まで誰も所持品を奪われたことに気付くことはなかった。

 倒れ伏した死体は全て【戦利品蒐集ハンティング・コレクター】で回収しているので証拠は残らない。

 彼らの組織の拠点は、他のスキルなどで集めた情報などを集約・蓄積・精査し答えを導き出す内包スキル【至高ノ三賢智トリスメギストス】によって発見済みだ。

 内包スキル【黄金ノ神足タラリア】を使えば簡単に侵入できるだろうし、気が向いたら後で潰しておこう。



「ここが一番大きな奴隷商か」



 【不可知ノ神兜】の不可知化を解除して市内屈指の規模の建物を見上げる。

 朝の通りを行き交う人混みに紛れるようにして姿を現したので、周囲の者達はいきなり姿を現した俺に驚く様子はなかった。

 こういった小器用さも【万能ノ技神戯】による力だ。

 正面の奴隷商館の入り口に立つ門番達も同様で、俺が近付いてきてから初めて存在に気付いていた。



「……此処はカーミラス奴隷商です。お客様でしょうか?」



 屈強な肉体の男性門番の一人が少し迷うようにして尋ねてきた。

 まぁ、オティヌスの普段のフード付きローブ姿だけでも怪しいところに、ユニークスキル化して追加された【不可知ノ神兜】の頭部装備具現化能力を使って目元を隠すタイプの仮面を装着しているのだから、怪しさは更に増しているだろう。

 帝王権能級ユニークスキルの認識阻害効果を持っている具現化仮面アイドネウスは中々に便利だ。



「ええ。客ですよ。大量の戦闘奴隷が入荷したと聞きましてね。少し見させてもらっても?」


「かしこまりました。どうぞ、お入りください」



 門番が横に退いて開けた門を通って商館内へと入っていく。

 ザルツヴァー戦王国とレギラス王国による戦争の兆し以外にも、少し離れた場所には魔王の支配領域が存在しており、この地域での戦闘能力を持つ戦闘奴隷の需要は大きい。

 国内の幻造迷宮の探索にも使えるため、周辺国家との位置関係的にもこの小国には多くの戦闘奴隷が集まっていた。

 つまり、此処には各地から多くの人材が集まっているとも言える。


 ここの奴隷商館は一番規模が大きいだけあって、戦闘奴隷のみならず他の奴隷達も集められているため選んだ次第だ。

 残る最後の内包スキル【権威ノ守護杖ケリュケイオン】による商業・話術など様々な分野への強化能力に期待しつつ、クランや商会などの各方面で使えそうな人材を確保していくとしよう。




 

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