第282話 魔女達
◆◇◆◇◆◇
リンファとの用事に時間を使い過ぎたため、自分の個室観覧席へと戻る前に室内の様子を【
すると、そこにはリーゼロッテ達以外にも二人の客人の姿が見えた。
二人いる内の一人は知り合いだから分かるが、もう一方の女性が友人に同行する形とはいえ、俺の個室観覧席を訪ねてくるとは思わなかったな。
彼女も知り合いと言えば知り合いな気がするが、その時はお互いに素顔を隠して会っているため知り合いにカウントしないでいいだろう。
先日会ったばかりだが、姿形が異なるし俺が同一人物だとは気付くことはないはずだ。
「ちょうど良いし、布石でも打っとくか」
今後のために少し準備を済ませてから、自室へと向かっていた足を再び動かす。
程なくして自分用の個室観覧席に到着すると、ノックせずに扉を開けて入室する。
室内にいる客人達の姿を視界に入れた瞬間、さも今気付いたかのような演技をしてから彼女達へと挨拶をした。
「おっと、お客さんですか。ようこそ、ムラクモ殿」
「すいません、お邪魔しています。オウさん」
「ジンで構いませんよ。其方の初めてお会いする方もそのようにお呼びください」
「ありがとうございます。初めまして、ジン殿。ここにいるカエデ・ムラクモの友人のマーガレット・クリエイスと申します。カエデがジン殿達と知り合いと聞き、無理を言ってお邪魔させていただきました。以後、お見知り置きを」
「ご丁寧にありがとうございます。ジン・オウと申します。私のような商人が〈レンブレン商業連邦〉の〈五大会主〉のお一人にお目に掛かれるとは光栄です」
「まぁ、レンブレンはファロンから遠く離れていますのに私のことを知っていらっしゃるなんて……五人もいる内の一人でしかないのに、お恥ずかしい限りです」
この大陸の商人で、レンブレン商業連邦という商業メインの連邦国家を支配している五人の内の一人を知らない奴はいないだろう。
人族の上位種の一つ
どういう反応を求めているかは知らないが、俺がやることは変わらない。
「ご謙遜を。大陸の商人でレンブレンの五大会主であり〈
「三人……?」
マーガレットの視線が俺の背後へと向けられる。
その視線を向けられた人物の視界越しに見つめ合いつつ、
「ご紹介が遅れました。彼女の名はフリッカ。種族は違いますが、血を分けた私の実姉にして〈黄金〉の冠位称号を持つ〈魔女〉でございます。私の試合を観戦しに龍煌国へ立ち寄ってくれました」
「
「マーガレット・クリエイスです。ご存知のようですが、商人であり〈創化の魔女〉でもあります。此方こそ、よろしくお願いしますね。まさかファロンにてヴァルプルギスの最後の一人にお会い出来るとは思いませんでしたわ」
「……カ、カエデ・ムラクモです。一応、〈戦嵐の魔女〉の称号を持っています。よろしくお願いしますっ!」
フリッカの言葉に対して〈
フリッカの容姿が他人からしたら絶世の美貌だからか、カエデの頬が若干紅く染まっていた。
その点、マーガレットのほうは内心は別として、流石は大商人と言うべき対応の仕方だった。
これで、
身内ーー〈氷刻の魔女〉であるリーゼロッテや、〈熾剣王〉の名が有名過ぎて冠位魔女だとはあまり知られていない〈炎環の魔女〉のヴィクトリアの二人を経由しても良かったが、自然な形で情報を広めるという点では大商人でもあるマーガレットが最適だろう。
まだ直接面と向かって会ったことのない〈聖拝〉を除けば、これで全ての冠位魔女と面識を持つことができた。
〈幻想〉アイリーン・エドラ・ハルシオン。
〈死毒〉ロゼッタ・ヴィオレ・ウィーペラ。
〈炎環〉ヴィクトリア・ソルド・イングラム。
〈禍空〉メア・フローラリア。
〈震禍〉シア・フローラリア。
〈聖拝〉アトラ・エンハス・サントレア。
〈氷刻〉リーゼロッテ・ユグドラシア。
〈創化〉マーガレット・クリエイス。
〈戦嵐〉カエデ・ムラクモ。
〈黄金〉フリッカ・フェンサリル。
集めた情報通りならば、冠位魔女の名と目覚めた順番はこのようになる。
冠位称号を得たのが遅かったり早かったりと個人差がある上に、冠位称号を得た魔女が死んで空席になったりもしているため、実年齢通りの順番というわけではない。
まぁ、それでも前世の年齢を含めなければ、一番若いのは
ステータス上の年齢は二十三歳だが、この世界に転生して二年も経っていないので、ある意味では一歳児とも言える。
そんな冠位魔女の一人であるリーゼロッテは、認識阻害の効果を持つメガネ型
事前に旧都には他の冠位魔女達がいることは分かっていたため、リーゼロッテにはユニークスキルによる変装だけでなくメガネ型魔導具を装着してもらっていた。
変装してもその美貌は変わらないため、種族と眼や髪の色を変えただけでは今後リーゼロッテとして会った際にバレる可能性がある故の処置だ。
俺達が戻ってくるまではリーゼロッテ達もマーガレット達と普通に話していたようだが、今は会話に参加せずに状況を見守っている。
「フリッカさん、と呼ばせていただいても?」
「構わないわよ。好きに呼んでちょうだい」
「ありがとうございます。これはお答え出来なければお答えならなくて大丈夫ですが、フリッカさんの〈黄金〉の
何となくマーガレットの瞳から商機を見るような商人の雰囲気を感じる。
〈黄金〉という聞くからに金の匂いがする冠位称号だからだろうか?
「うーん、色々あるんだけど、そうね……こういうのも出来るわよ」
開いた掌の上に黄金色の魔力粒子が集まると、中心部の紫水晶以外の花弁などは黄金で構成された花のような装身具を生み出した。
掌の上に次々と咲き誇っていく黄金宝花を、変装中のリーゼロッテ達の髪に一輪ずつ飾っていく。
自らが冠する力に慣熟した冠位魔女は、その名を冠する固有魔法を行使せずとも、固有魔法の下位互換のような同属性事象を発生させることが可能だ。
リーゼロッテの感情が荒ぶった時などに起きる冷気の猛威もコレに含まれる。
冠位魔女としては新参であっても、その力の掌握は済んでいることを示すと、最後に全てが虹色に輝く宝石で構成されたコサージュを自分のドレスに装着した。
「それは、もしかして虹聖水晶でしょうか?」
「そうよ。この前訪れた国で見かけて綺麗だったのよね。まぁ、こんな風に〈黄金〉の魔法では金銭価値の高い物質を生み出したりすることもできるわ。創造系という、この点だけ見ればマーガレットと同じタイプになるのかしら」
「私のことをよくご存知のようですね……」
「だって貴女のエピソードって有名じゃない? 色々とね」
マーガレットが今の地位に就くまでの話を一言で言うならば、追放系悪役令嬢の固有魔法による成り上がりストーリー、って感じだろうか?
その明かされているエピソードの中には彼女の〈創化〉の魔法についての話もあるため、少しでも情報に明るい者ならば知っていて当然だ。
「……本当にお恥ずかしい限りです」
半分ぐらいは
「コホン。残念ながら私の魔法は虹聖水晶ほど高価な物は生み出せないので、少し羨ましいですね」
「私の〈戦嵐〉は戦闘特化なので、マーガレットやフリッカさんの力が羨ましいです」
カエデの〈戦嵐〉は、名前の通り〈風〉と〈戦〉に冠する力を有していると聞く。
マーガレットの〈創化〉は、集めた情報からすると〈創造〉と〈変化〉を冠するらしいので、確かに二人の力はタイプが全く違う。
ただ、魔女本人の性質から外れた力は目覚めないはずなので、カエデには戦闘に特化した風の力が向いているのは間違いない。
俺の〈黄金〉のように、〈黄金〉と〈欲望〉を冠する力に比べたら二人のは分かりやすいし使いやすそうだ。
「カエデと知り合いというジン殿の活躍を見て会いに来たのですが、予想外の縁に恵まれてしまいました」
「姉ほどのインパクトがなく申し訳ないですね」
「ファロンの武闘大会本選の二回戦を容易く突破なされる方がそのようなことを仰られたら、他の方々は立つ瀬がないでしょうね」
言われてみればマーガレットの言う通りだ。
まぁ、俺も本気で言っているわけではないし、彼女も謙遜だと分かっているので肩を竦めて軽く流す。
「インパクトと言えば、数日前に私達の長兄がマーガレットのところからアイテムを購入した際の金額の方が衝撃的よね」
「私のところからですか?」
何のことか分からないでいるマーガレットに近付くと、周りには聞こえないように小声で話す。
「何処で買ったかは言わなかったけど、三十五億オウロほどを一括で支払ったって聞いたわよ?」
「……」
フリッカの顔が至近距離まで近付いたことで仄かに頬を赤らめていたマーガレットが、取引金額を聞いて一瞬で真顔になった。
幾ら存在を秘匿された非合法魔導具店とはいえ、三十五億オウロほどの大金を一度で支払う客は滅多にいないはずだ。
誰がフリッカ達の長兄なのかに気付いたらしいマーガレットが真剣な目を向けてきた。
まぁ、衝撃から抜けたせいで再び紅潮しているけど。
「フリッカさん達の長兄が、ですか」
「ええ。兄弟の中で一番上の兄が言ってたの。ちなみに私は長女ね」
「そうですか。他に何か聞いていますか?」
「うーん。ああ、そういえば、いつかちゃんと素顔でお会い出来たら幸いです、って言ってたわね」
「フリッカさん達のお兄さんも商人なのですか?」
「一応ね。客観的に見たら大商人と言われるぐらいには稼いでるわよ。そして、私や
変装中で任意で力を制限していたり、分身体で強制的に力を制限されていたりしているので、
俺が嘘をついていないことが伝わったようで、数秒ほど真剣な表情で熟考していたマーガレットが一つのカードを手渡してきた。
「……私もフリッカさん達のお兄さんには興味があって改めてお会いしたいと思っていました。申し訳ありませんが、こちらのカードをお兄さんにお渡ししていただけますか?」
「これは?」
「私の商会で扱っている特別な会員証です。簡単に言えば紹介状みたいなものですね。レンブレンにある本店でこのカードを提示していただけたら私に連絡がいくようになっています。魔力を通したら本人登録ができますので、お兄さんにお渡ししたら魔力を通すようお伝えください」
「ふーん、よく出来ているのね。そういうことなら今度会った時にでも渡しておくわ」
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」
リオンとしてもいずれ会うために話を振ったが、ラッキーなことに紹介状をもらった。
特別な会員証というだけあって会員名を表記するスペースもなく、おそらく紹介状としての機能ぐらいしかないのだろう。
自然な形……ではないが、これでレンブレン商業連邦の支配者の一人にして冠位魔女であるマーガレットと、
予定通りに話を進めることができたのに安心すると、本選試合を観戦しつつ魔女同士の親睦を深めていった。
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