第281話 天煌貴人



 ◆◇◆◇◆◇



「ーーさて。一応名乗っておくかのう。我が名はリンファ・ロン・フーファン。世界から〈天喰王てんじきおう〉の称号を賜り、冒険者ギルドからは〈天煌貴人てんこうきじん〉の二つ名を贈られておる」



 自分用の個室観覧席へと俺を招いた後、室内にいた使用人達を全員退室させたリンファが名乗りを上げてきた。

 名乗りとともにリンファから放たれてきた覇気は、常人ならば失神するほどの力がある。

 冒険者ならば平均でSランクでどうにか、Aランクでギリギリ耐えられるといったレベルだろうか。

 直感的に手加減していることに気付いたが、同時にリンファがまだ本調子ではないことにも気付いた。

 どうやら数日で全快できる類いのモノではないらしい。



「これはご丁寧に。ご存知の通りジン・オウと申します。しがない商人ですが、以後お見知りおきを」


「ほう……本当の名と姿を明かさぬとは、礼儀がなっておらんのう?」



 此方に向けられている覇気に危険な色が混ざり出したのを感じつつも、焦ることなく肩を竦めてみせた。



「貴人様が私の正体を国に報告しないという確証がありませんからね。以前の盗み聞きの件については、貴人様に仰られた通りに龍煌国に出向き、こうして拝謁したことで口外しないという約束が果たされると信じましょう。ですが、私の正体については別の話です」


「力尽くで聞き出そうか?」


「やってみますか?」



 リンファが発しているのと同じ強さの覇気を放って対抗し、此方の本気度を示す。

 それに対してリンファが手加減を止めて圧力を強めてきたので、此方も覇気を更に強めて拮抗するレベルに調節する。

 例え不調であったとしても、このレベルの覇気を軽く発することができるとは、流石は超越者たるSSランク冒険者というべきか。

 室内にある調度品や家具型魔導具マジックアイテムだけでなく部屋の壁まで壊れそうなタイミングで、リンファの気配が鎮まった。

 俺も同様に鎮めると、呆れ顔のリンファが対面のソファに座るよう無言で促してきた。



「ただの商人である私が貴人様と席を同じくするのはーー」


「喧しいわ。平然とした顔で儂と張り合っておきながら何がただの商人じゃ。いいから座れ」


「ーーでは、お言葉に甘えさせていただきます」



 ふむ。今のやり取りで俺の力を測った感じかな?

 部屋に入ってすぐ気配遮断や認識阻害系の結界を張っていたし、ここまでの応酬は予定通りというわけか。



「儂を前にして初対面でここまで太々しい態度をとる者は久しぶりだのう」


「他のSSランクの方々も含めてですか?」


「彼奴らは例外じゃが、まぁ、最近超越者になった二人は多少気圧されておったかな?」


「そうなんですね」


「まぁ、そこはどうでもよい。話を戻すが、つまりは正体を明かしても儂が口外しない確証があれば、正体を明かすのじゃったな」


「正体を明かすとは言っておりませんが?」


「ほう。良いのかのう? 儂がお主を此処に連れてきたのを使用人達に見られておるというのに。この後、使用人達に箝口令を敷く予定じゃったが、まことの名と姿を伏せる礼儀知らずには、儂も義理を果たす必要は無いとは思わんか?」


「正体はバレずとも、無駄に注目は集めることになりそうですね……」



 使用人達がおしゃべりなのか、意図的に流布させるのかは分からないが、このままだと龍煌国中の目が集まることになるかもしれない。

 この問題については武闘大会が終わったらジン・オウの名と姿は捨てれば済む話だ。

 しかし、このままだとジン・オウは偽りの姿だというぐらいはリンファによって国にバラされそうだな。



「……最高位の魔導契約書ギアス・スクロールで口外を禁じてくださるなら正体を明かしましょう」


「儂は構わぬぞ」



 相手はレベル百オーバーの超越者であるため、帝王権能ロード級ユニークスキルである【救い裁く契約の熾天使メタトロン】の【熾天契約】で生成した魔導契約書の力がどこまで及ぶかは分からないが、ただの口約束だけよりかはマシだろう。

 契約事項を記入してからリンファへと手渡す。



「……抜け目ないのう」



 おそらく、俺の正体の口外禁止だけでなく、盗み聞きの件と使用人達への箝口令についても遵守するよう記述してあることを言っているのだろう。

 せっかくの機会なのだから記述しておかないわけがない。

 リンファが魔導契約書にサインした後に、俺も本名でサインを行なった。

 お互いの署名が為されたことにより、魔力粒子と化した魔導契約書が二つに分かれて俺とリンファの体内へと入っていった。



「さて、明かしてもらおうか。まぁ、予想はついておるがな」


「おや、そうなのですね。一応お聞きしても?」


「アークディア帝国の〈勇者〉であり〈賢者〉でもある、Sランク冒険者の〈魔王殺し〉リオン・ノワール・エクスヴェルじゃろ?」


「……正解です」



 ソファに座ったまま変装を解いて本来のリオンとしての姿をリンファの前へと晒す。



「よく分かりましたね。理由をお聞きしても?」


「うむ。理由は色々あるが、やっぱり一番の理由は儂に対して全く気後れする様子がない点じゃな」


「えっ、そこですか?」


「単独で魔王殺しをするような奴ならば、本気を出して威圧していない超越者を畏れたりはせぬじゃろ」


「他にも条件に当て嵌まる者はいると思いますが?」


「まぁ、そうじゃな。だから、後は噂通り多才な戦闘技術と女好きな点なども含めて、総合的に判断したわけじゃ」


「……前者はまだしも後者は否定したいですね」


「儂のような傾国の美貌に慣れておるのも理由の一つよ」



 自分で傾国の美貌とか言っちゃったよ……まぁ、事実なので否定できないが。

 女好きをスルーされたが、自分でも本当に否定できるとは思っていないので、そのまま流して話題を変える。



「ゴホン。では改めまして。リオン・ノワール・エクスヴェルと申します。世界より〈創造〉の冠位を賜った〈勇者〉であり、〈賢魔剣聖〉の二つ名を持つ冒険者です。また、セジウムでは〈権聖賢主〉として黒の魔塔主の座に就いている、アークディア帝国に属する〈賢者〉でもあります。以後、お見知り置きを」


「うむ。よろしくのう。それにしても、まだSランクということは基礎レベルは百未満なのだろう?」


「ええ、そうなりますね」


「それにしては、今の時点でも儂らに匹敵する身体性能のようじゃな。儂の眼を妨げる能力も含めて、色々と規格外なやつだのう……」



 リンファはそう言うと、興味深そうに上から下へと無遠慮に隅々まで此方の身体を凝視してきた。

 目に妖しい色を宿らせた状態でマジマジと見られており、まるで被捕食者になったかのような気分だ。

 食欲のような性欲のような〈獣〉の視線を逸らすのも兼ねて、【強欲王の支配手】の念動力で室内の壊れた調度品などを手元に引き寄せて【復元自在】で修復していく。

 その光景を見て興味を惹かれたリンファが、俺の身体から修復されていく調度品へと視線を移した。



「ほう。そのような力もあるのか」


「この程度のアイテムなら直せますので」


「影の中のゴーレムらしきモノや別種族への変身能力だけでなく、アイテムの修復能力まであるとは、〈創造の勇者〉の称号を持つだけはあるのう」



 低ランクのアイテムしか修復できないかのような物言いをして誤魔化しつつ、話題を目的のものへと移す。



「そういえば、修復で思い出しましたが、何やら体調が悪そうですが、大丈夫なのですか? 何なら有償で治しますよ」



 直すと治すの違いはあるが、俺が治療能力も持つことは伝わるだろう。



「気付いておったか。せっかくの提案じゃが、これは治療して元に戻る類いのダメージではないのだ」


「そうなのですか?」


「霊地の管理と調査で精神力を消耗してのう。簡単に言えば霊体が疲れておるだけじゃから、時間経過で回復させる以外に方法はない」



 霊体、つまり魂か。

 そう言われてから魂を視てみると、リンファの魂が疲れているような気がしないでもない。

 魂というデリケートな領域だし、そっとしておくのが一番だろう。

 魂にも【復元自在】が有効か分からないが、リンファの言う通り自然回復しか方法がないならば、緊急時でもない限り試す必要はないか。

 


「せめて当代の〈星守ほしもり〉が動ければ良かったのだがな」


「確か龍煌国における霊地の管理者のことを星守と呼ぶのでしたか」


「簡単に言えばそうじゃな。奴が今大会に出ることが予め決まっていなければ、とうの昔に星守を引退した儂が動く必要もなかったんじゃがな。ほれ、彼奴が今代の星守じゃ」



 そう言ってリンファが指し示す先にいたのは、先日見た優勝候補の真古龍人族の男性だった。

 エンジュ・シンラという名の三十歳手前ほどの外見をした真古龍人族の男性が手を動かすと、試合の舞台の地面から伸びてきた太い樹の根が相手選手へと襲い掛かっていく。

 それらの根を太刀で斬り払いながら、手に宿した爆炎を放とうとする相手選手だが、周囲にエンジュが展開した結界の効果によって爆炎は消滅させられていた。

 相手選手が何度やっても爆炎ーーたぶん炎系の仙技によって生み出されたモノーーは生み出した先から消滅しており、体内の星気を無駄に消耗していた。

 やがて、舞台上に生えた太い樹の根の陰に隠れて近付いていたエンジュの掌底を受けて相手選手は気絶し、試合は終了した。



「中々強いですね」


「今大会の優勝候補の一人じゃからな。星守とはいえ大会に出場するからには、大会以外のことで消耗させられない決まりだからのう。まぁ、大会にはお主もおるし、他にも次期SSランク候補である〈十公聖〉の一人もおるから優勝は厳しいとは思うが。代わりに消耗した儂は大損よな」


「私は優勝するつもりはありませんよ」


「ん? 何故じゃ?」


「黒龍剣に選ばれたら龍煌国に所属させられるからですよ」


「すれば良いではないか。既にアークディア以外にもセジウムに属しておるのだから、そこにファロンが追加されるだけではないか」


「簡単に言いますね。こっちにも色々と事情があるんですよ」



 確かに二つも三つも変わらないように見えるが、ロンダルヴィア帝国で活動している分身体ランスロットでも〈三帝剣〉という武の象徴とも言える肩書きを持っているのだから、これ以上は負担が大きい。

 それに、ロンダルヴィア帝国とファロン龍煌国は明確な敵対関係にある。

 龍煌国の方でも武の象徴たる〈四煌剣〉の座に就いたら、下手すると自分同士で戦うことになりそうだ。

 そんな面倒なことは御免被る。



「……なるほどのう。ロンダルヴィアの新星たるランスロットもお主じゃったか」



 俺の様子とこれまでの情報からリンファは答えに辿り着いたらしく、納得したように小さく何度も頷く。

 魔導契約書による口封じ効果があるので、肩を竦めて言外にリンファの言葉を認める。



「それは面白、コホン。確かにそんな事情ならば難しいよな。まぁ、ランスロットが紅龍剣の主ならば、ある意味では既にファロンの四煌剣の一人のようなものよな」


「……ロンダルヴィアと龍煌国が友好国になれば、そうなる可能性もあるかもしれませんね」


「そこはラウ坊達次第じゃな。儂は国政には関わらぬから、自分の領地から見守るだけじゃ」


「貴人様の領地は、龍煌国の巨塔がある地でしたか」



 リンファがSSランクになった際に、当時の煌帝から貰った領地には神造迷宮である巨塔がある。

 龍煌国の君主たる煌帝に匹敵する権威とそれ以上の名声を持つリンファに与えられる土地としては、此処以上に最適な場所はないだろう。

 他国による神造迷宮への侵略も防げるため、SSランクに相応しい恩賞という面以外にも国防上の観点からも最適だと言える。



「うむ。ファロン唯一の神迷宮都市じゃな。というより、未だ貴人様と呼ぶとは余所余所しいのう。秘密の契りを結んだ仲ではないか?」



 瞬きの間に対面のソファから真横の席へと移動してきたリンファがくっ付いてくる。

 しなだれかかるリンファの身体の柔らかさと、甘くも妖しい女の香りに魅了されそうだが、普段から誘惑アピールには慣れているので身体が反応することはない。



「龍煌国の煌星たる貴人様に対して馴れ馴れしくなど出来ませんよ」


「……口調は丁寧でも太々しくはあるがな」



 ジト目で見てくるリンファから顔を逸らすとゆっくりと席を立つ。

 いい加減戻らないとリーゼロッテとかが怖いので、自分の個室観覧席へと戻るとしよう。



「さて、待たせている者達がおりますので、そろそろお暇させていただきますね」


「ふむ。確かに少し引き留めすぎたか。では、最後に今後、儂のことをリンファと呼ぶならば退室を許そう」


「……仕方ありませんね、リンファ様」


「様はいらぬぞ?」


「ご冗談を」


「本気なのじゃが?」


「敬称抜きは、私がSSランクに至った時にでも呼ばせていただきます」


「んー、まぁ、そういうことなら良いじゃろう」



 可愛らしい仕草で悩むリンファが、一瞬で扉の前に展開させていた多重結界を消したのを確認すると、再びジン・オウとしての姿へと変化させる。

 扉の前に移動する俺へとリンファが一つのペンダントを放り投げてきたので片手で受け取った。

 リンファと同じ色合いの金色のペンダントには、龍を背にした狐の意匠が描かれており、誰が下賜したかは龍煌国の者ならば一目で分かるだろう。



「今後はこの部屋だけでなく、国内の儂の屋敷を好きに訪ねてきて良いぞ。それを見せれば通れるからのう」


「……ありがとうございます」

 


 この国の絶対者であるリンファと会うことが出来る証は、ただ持っているだけでも色々と使えそうだ。

 だが、無警戒に屋敷を訪ねたら性的に喰われそうな予感がするので、本当に用がある時以外での使用は控えた方がいいだろう。



「それでは失礼します」


「せめて準決勝までは頑張るのだぞ」


「微力を尽くしましょう」

 


 準決勝までなら黒龍剣の選定に引っ掛からないという意味だろうか?

 リンファからの激励の言葉をそう解釈してから、その場を後にした。




 

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